3. リア充遊戯

「ねぇねぇ、レオっちも一緒に遊ぼうよ~」

「いえいえ、私のことなど気にせずに三人で遊んでください」

「レオっちとも一緒に遊びたいの!」


 ビーチチェアに寝そべる俺を禅優寺が揺すって起こそうとする。

 上から覗き込む形になるので、俺の位置からだと張りの良い胸が間近で垂れて眼福、というのが普通の感想なのだろう。

 わざと俺にアピールしているように思えて姉貴の姿が重なり頭痛がするのはマジで病気なんだろうな。


「そうよ、玲央も遊ぶのよ」

「春日さんばかりずるいですぅ」

「栗林さんの言葉の意味だけ分からないのですが」


 何故この流れでずるいになる。


「私だってぐだぐだしたいですぅ」

「すれば良いじゃないですか。隣の椅子空いてますよ」

「そんなの勿体ないですぅ」


 動きたくないでござると折角の南国貸し切り白浜を堪能したい気持ちがせめぎ合ってギリギリ後者が勝ったってところかな。

 負けた方を俺が堪能しているからなんとなくずるいと思ってしまったのだろう。

 迷惑な話だ。


「春日さんがその気ならダイブするですぅ」

「借り物の椅子が壊れるから止めて下さい」

「嫌ですぅ」

「チッ」

「この人女子相手に舌打ちしたですぅ!」


 南国白浜でテンションが上がっているのだろうか、栗林がいつも以上にウザ絡みして来るな。


「今日は春日さんに絡みまくるですぅ、ガルルルですぅ」


 違うな、これはでぶぅの仕返しだわ。


「はぁ、分かりましたよ。それならビーチフラッグでもやりましょうか」

「そんな疲れるの嫌ですぅ!」

「私に勝ったら何でも言う事を聞いて差し上げますよ?」

「…………」


 普段ぐうたらしているから万に一つも勝ち目はない筈だが、こいつは『何でも』に食いつき無茶な勝負を受け入れるに違いない。

 ほらな、ニヤニヤしてやがる。


「うさぴょん待って!」

「やるですぅ!」

「あちゃー!」


 フィーーーーッシュ!


「くっくっくっ、そうですか。ならやりましょうか。栗林さんが負けたら帰ったら夏休みが終わるまでレオーネ桜梅特別講習ですからね」

「ぎゃああああ!」


 さぁ~て、どこかに手頃な旗でも無いかなぁ。


「レオっち嬉しそう」

「はぁはぁ、私にもやってよ」

「もう、こういうんじゃないの! これじゃあいつもと一緒じゃない!」


 手頃な旗ゲット。

 海水浴セットに入っていたからスタッフのみなさんもやっていたのかもな。


 よ~し、やるべやるべ。


「ここでうつ伏せになって先にあの旗をとった方が勝ちです。それじゃあ禅優寺さん合図お願いします」

「なんでそんなに離れるですかぁ!」

「ハンデですよハンデ」


 栗林の隣に寝そべるなんて危険なことするわけがないだろうが。

 こいつは走力では俺に敵わないから、間違いなくスタート直後に俺に襲い掛かろうとして来るはずだ。

 それでも振り切る自信はあるが、念には念を入れた。


「これじゃ勝てないですぅ!」

「ほら、禅優寺さんスタートの合図を早く」

「え、ええと、良いのかな。よ~い、ドン!」


 勝負の内容に特筆すべきことは無かった。

 栗林があまりにも遅いから、俺は何も邪魔されること無く余裕で勝利した。


「ふっふっふっ、これで特別講習が決定ですね」

「いやああああ! 氷見さん、助けてですぅ!」

「でも兎は少し痛い目を見た方が良い気もするわ」

「痛い目を合わされたいのは氷見さんですぅ!」

「そうだったわ! 玲央、勝負よ! 私が勝ったら兎の特別講習は無し、当然言う事も聞いてもらうわ!」

「分かりました。それでは私が勝ったら自室の掃除は自分でやってくださいね」

「ぴえん」


 何がぴえんだ。

 そもそも俺が手伝っていることが異常なんだよ。


「勝てば良いのよ。勝てば」

「そうですね」

「あら、さっきみたいに離れないの?」

「栗林さんよりかは速そうですから」


 その代わりにパワーは無さそうなのでスタート直後に組みつかれても容易に振りほどけるだろう。


「禅優寺さん、合図お願いします」

「う、うん。よ~い、ドン!」


 ダメだこりゃ。

 栗林よりはマシだけど、圧倒的に筋肉量が足りなくて遅すぎる。


 今回も完勝っと。


 さて、問題は次だ。


「当然、禅優寺さんもやるんですよね?」

「もちろん!」


 禅優寺は体のバランスが良く、手足が程よく締まっているため体を動かし慣れているように見える。

 油断したら負けかねない。


「レオっちなんで疲れてないの?」

「やっぱり狙ってましたか。抜け目ないですね」


 三本目ということで俺が疲れるのを待っていたのだろう。

 やっぱり禅優寺のやり方は姉貴に近い腹黒い感じがするな。


「家事って本気でやると結構体力使うんですよ。毎日普通に生活している上で家事も頑張っているので、帰宅部の中では体が鍛えられている方だと思いますよ」

「(そんなこと言われたら玲央君の体を見ちゃうじゃん!)」

「禅優寺さん?」

「う、ううん。私だって運動は得意なんだから負けないよ!」


 ここで負けたら彼女たちのペットに成り下がってしまうから本気を出さないとな。

 尤も、勝てるだろうという見込みがあるから勝負を挑んだのだが。

 ぐうたらしている寮生になど負けるはずが無い。


 そう思っていたが、俺が甘かった。


「それじゃあ氷見さん、スタートの合図をお願いします」

「ええ、分かったわ。よ~い、ドン!」

「!?」

「!?」


 やべぇ、俺と同じスピードだと!?


 まずいまずいまずいまずい。

 負けだけは絶対にダメだ。


 ぬおおおおおおおお!


 両者同時に旗に向かって飛び、それを手にしたのは……


「うわああああ!」

「きゃああああ!」


 禅優寺と盛大にぶつかってしまい、白浜の上を一緒になって転がってしまった。


「うう……いってぇえ……」

「あたたた……え!?」


 なんか柔らかい感触するなと思ったら、禅優寺が俺に覆いかぶさっていた。


「あ、その、ええと」


 顔を真っ赤にしてあたふたする禅優寺に向けて俺は告げる。


「禅優寺さん、どいてもらえませんか?」

「も、もう、脈が無いにも程が………………も~らい!」

「え!?」


 俺が禅優寺のことを気にしていたら、禅優寺は俺が手にしていた旗を奪い取った。

 油断はしていたが、そりゃあないだろう。


「いやいや、私の勝ちでしょう。何勝手に奪い取って勝ったフリをしているんですか」

「だってまだレオっち勝利宣言してないでしょ」

「そんなルールありませんよ。最初に手にした私の勝ちに決まっているでしょう」

「違うもん。あたしが今持ってるからあたしの勝ちだもん」

「だもんって……子供ですか」

「おねが~い、せめて引き分けにして~」

「こらくっつくな、離れろ。ああもう、分かったから引き分けで良いから離れろって」


 なんてな。

 とある理由で最初から勝負をうやむやにするか、あるいは勝負をどんどん追加するつもりだったので俺にとって都合が良い展開なのさ。


「レオっちありがとう! でも、その、それ以外にご褒美もくれないかな」

「ご褒美ですか?」

「だってほら、男子のレオっちと良い勝負だったんだよ」

「まぁ、そうですね。確かに驚きました」

「だから勝ちとは言わなくても、ご褒美が欲しいな」

「何か欲しいものでもあるのですか?」


 より一層だらしなくなるお願いだったら断固拒否だぞ。


「…………普通に話して欲しいの」

「は?」

「だから、寮父さんモードじゃなくて、同級生モードになって欲しいの! 今だけで良いから!」


 話し方が硬いままなのは、寮生と寮父という関係をはっきりさせるためのもので、俺からは距離を決して縮めないという意志表明でもある。

 ここで口調を砕けさせて俺が絆されたなどと勘違いされたくは無いが、まぁ今だけなら別に良いか。


「ダメ……かな?」

「はぁ……分かったよ。これで良いか?」

「レオっち!」

「おい馬鹿! だから抱き着くなって!」


 こいつ本気で抱き着いて来やがった。

 姉貴の陰を想起して虚無になっている俺じゃ無かったら襲われても文句は言えんぞ。


「禅優寺さんばかりずるいですぅ!」

「私も混ぜて!」

「こっちきたら目つぶしするぞ」

「酷いですぅ!」

「はぁはぁ」


 マジでやるからな。

 すでに両手で大量に砂を握ってるからな。


「禅優寺もそろそろ離れろ。次の勝負をするぞ」

「次?」


 そうだ。

 勝負はビーチフラッグで終わりでは無い。


「次のに勝ったら言う事を聞いてくれるんですかぁ?」

「勝ったらな」

「やったですぅ」

「あはは……それで何の勝負をするの?」

「ビーチバレーだ」

「また疲れるやつですぅ」

「うへへ、ボールをぶつけて貰えるわ」


 ああいいぜ、全力でぶつけてやるから全力で受け止めろよな。

 氷見だけじゃない、全員全力でぶつかってこい。


 それこそが俺の狙いなのだから。

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