2. 美少女が水着に着替えたら

「あぢぃ……」


 まだ朝の九時だと言うのに太陽から灼熱光線が全力で降り注いで来てやがる。

 すでに汗だくな俺は宿にあった海水浴セットを準備しながら、今朝の会話を思い出した。


『な、なな、にゃんにもしてないよ!』

『しくしく、俺は一生を奴隷で終える運命なんだ……』

『私がご主人様ですぅ』

『うさぴょんは黙ってて! 本当に何もしてないから安心して!』

『ならなんでそんなに顔を赤くして焦っているのですか』

『それは、その……着替えを見ちゃったから』

『…………』

『だ、大丈夫だよ。肝心なところは見てないから! その、下着が見えちゃって恥ずかしいだけなの』

『…………』

『本当だよ!? ねぇ、えみりん』

『そ、そうね。逞しかったわ』

『ぶわっ』

『泣かないで! 見えたのは上半身だけだったから、本当だよ! お義姉さんが全部脱がそうとするのを必死で止めたんだから』

『必死で……止めた……?』

『そうそう、ほんっとうに大変だったんだから!』

『それは……その……ありがとうございます』

『(うう、代わりに脱がされて抱き着かされたなんて言えないよぅ……)』


 禅優寺が必死にフォローしようとしていたのと、栗林が俺を脅そうとしなかったことからひとまず彼女の話を信じることにした。

 そうしなければ俺の心は再起不能だっただろう。


「あのクソ姉貴、まさか薬を使ってくるとは」


 姉貴が出かけるまでの間に激しく問い詰めたが、俺が最近疲れているから眠らせてあげたかっただのと白々しい事を言い放った。

 仮にそうだとしても疲れている原因はお前なんだがな。


「よし、気持ちを切り替えよう」


 いつまでもあんなカスのことばかり考えていても心が澱むだけだ。

 これからしばらくは奴の居ない至福の一時。

 寮生たちの面倒を見るという役割はあるが、程よくいなして南国を楽しんでメンタルを回復させねば。


 海水浴セットの設置を終えて気持ちを切り替えていたら、背中から声がかけられた。


「あ、あの、レオっち……」


 最初に来たのは禅優寺か。


 寮生たちは家で水着に着替えてからやってくることになっているので、振り返ったら水着姿の禅優寺が居るはずだ。


 お願いだから姉貴にヌーディストビーチだなんて言われて唆されてませんように!


「!?」

「!?」


 良かった、ちゃんと水着を着てくれていた。

 しかし何で禅優寺も驚いてるんだ?


「わ、わ、は、はは、裸っ……」

「ああ、上に何か羽織りましょうか」

「う、ううん、そのままで! そのままで良いよ!」

「はぁ」

「(うう、昨日あそこに胸を押し付けっ……考えるなー!)」


 水着を見られたことによる照れ臭さ以外で照れてないだろうか。

 気にはなるが、今は彼女の水着を褒める方が重要だ。

 どんな相手であれ、普通に水着を見せて来たなら褒めるのが男としてのマナーだからな。


「ど、どう、かな」

「とても似合っていますよ。でも少し驚きました」

「驚いた?」

「ええ、もっと着飾るかと思っていたので」


 禅優寺の水着はシンプルなブルーのビキニタイプ。

 フリルやワンポイントがついていることもなく、面積が小さすぎるということもなく、極々ノーマルなタイプのものだ。

 おしゃれ大好きな彼女であればもっとコテコテしたものを選ぶかと思っていたので予想外だった。


「その方がレオっちの好みだった?」

「そんなことは無いですよ。むしろ健康的でとても好ましく思えます」


 手足が程よく引き締まっているからか、エロさではなく快活さが目立つのが良い感じだ。


「やった」


 笑顔で小さくガッツポーズする姿に普通ならぐっとくるのだろうなぁ。


「だからと言って抱き着かないでください」

「え~」

「せっかく健康的って褒めたのに……」


 下心の無さが魅力的に思えたのに結局それかい。

 どうしても好感度を上げたくないのだろうか。


「ほらほら、次が来るのでパラソルの下で休んでいてください」

「は~い」


 こっちにやってくる二人目の人影が見えたので禅優寺を引き剥がした。


「うわ、玲央がまた裸で……」

「またって言うな。思い出すな」


 こっちも俺の水着姿を見て真っ赤になって硬直してやがる。

 というか、禅優寺も氷見も自分のを見せてきたり押し付けて来るくせに、男の水着姿を見るだけで照れるとかおかしくね?


「しかし氷見さんも驚きですね」

「ど、どういうこと?」

「いえ、てっきり禅優寺さんと同じ露出が多めのビキニタイプかと思っていたので。ですが氷見さんの場合はそれよりも今の方が断然良いと思います。とてもお似合いですよ」

「お似合い……ふふ」


 おお、珍しく気持ち悪く無い笑みだ。


 氷見もまたビキニタイプではあるのだが、上から薄いピンク色の可愛らしいラッシュガードを着ていて肌の大部分が隠れている。

 彼女の場合は肌がかなり白いので、露出の多いビキニにすると不健康そうに見えてしまう。

 下着を見せたがる彼女の事だから際どく攻めて来るかと思ったのに、予想外に自分の体質にあったものを着ていてこれまた驚いたのだ。


「じゃあ敢えて脱ごうかしら」

「おいコラ止めろ」

「うひぃ」


 やっぱりこいつもいつも通りだったか。


「さて、全員揃ったな」

「もうレオっち、それは無いよ」

「それを私に向けてやりなさいよ」


 ビーチチェアに寝転んでいる二人がブーブー文句を言うが仕方ないだろう。

 だって最後は栗林だぞ。

 絶対にまともな水着を着ているはずが……


「お待たせですぅ」


 はず……が……


「春日さんどうしたですかぁ?」


 ば、ばかな。

 普通の水着だと!?


「何か仕掛けが?」

「酷いですぅ! 春日さんに喜んでもらうために頑張って選んだですぅ!」


 お前が言うとどうしても信じられねーんだよ。


「そうですか。失礼しました。とてもよくお似合いですよ。いや、本当に信じられないくらいに」

「やったですぅ」


 栗林はフリル多めの可愛い系ワンピースタイプの水着だ。

 こいつもエロ系で攻めてくるかと思っていたので、露出が少なめの水着を選ぶとは驚きだ。


 驚いてばっかりだな、俺。


 いや待てよ。

 こいつの場合は禅優寺や氷見と違ってやっぱり裏がありそうだぞ。


「…………」

「…………」

「…………」

「そんなに見られたら恥ずかしいですぅ」


 栗林はそう言って胸を隠すが、俺が気になっているのはそこではない。

 こいつの水着はゆったりタイプのもので、大きな胸以外の体型がかなり隠れている。


 着心地が楽から選んだのか?

 いや違うな。

 こいつの剥き出しになっている手足の様子を見ればこの水着を選んだ理由は一目瞭然だ。


「はぁ……」

「人の水着見て溜息とか酷いですぅ」

「だって……いや、何でも無いです」

「気になるですぅ!」


 流石にいくら栗林相手とは言え面と向かって言うのはなあ。


「レオっち、言っちゃえ」

「そうそう、言っちゃって」

「良いのでしょうか?」

「あたしたちが言うよりも効果あるはずだから」

「特別に許可するわ」


 なるほどな。

 つまりは禅優寺と氷見は前々から分かっていて栗林に注意していたけれど、聞く耳を持ってくれないということか。


 良いだろう。

 是非とも言って欲しいと要望があったのなら言ってやろうではないか。


「露出が少ないのは何故でぶか?」

「ぎゃああああ!」


 そうなのだ。

 栗林が体型が隠れる水着を選んだ理由。

 それはご自慢のぜい肉を隠したかったからなのだ。


 お肉がついてしまうのも当然だろう。

 だってこいつの夏休みの生活態度がマジで酷いから。


 昼過ぎに起きて遅めのお昼を食べ、そのままソファーでゴロゴロしながらお菓子を食べてスマホゲームを夜まで続ける。

 夕食を食べたらこれまたみんなと駄弁りながらお菓子をもぐもぐ、部屋に戻ってからもゴロゴロしているに違いない。


 いくら若いとはいえそんな生活を続けていたらでぶぅになってしまうのも当然の流れだ。


「自業自得でぶぅ」

「乙女に向かって酷いですぅ!」

「はっきり言わないと分かってくれないじゃないですか」


 でぶぅと言っても露骨に太っているというわけではなく、二の腕やふくらはぎの辺りが少しぷにぷにプルプルしていると言った程度だ。

 隠しているお腹も少しだけぷっくりしているのだろう。


 男性視点で魅力が皆無になるほど酷いという訳では無いが、このまま症状が進行すればアウトゾーンにまで突入してしまうのは間違いない。


「春日さんのご飯が美味しいのが悪いんですぅ」

「それなら食事の提供を止めますか?」

「鬼! 悪魔ですぅ!」

「どうしろと」


 栗林のだけヘルシーメニューにしてやろうかな。


「もう、だからこのままじゃ愛想つかれちゃうって言ったでしょう」

「贅肉は敵よ」


 いや、氷見はもう少し贅肉をつけような。

 まだまだ細すぎて折れそうで怖いわ。


「さーて、全員揃った事ですしまずは……」

「レオっち日焼け止めオイル塗って!」

「却下」


 あまりにもテンプレすぎるネタだから、これは姉貴の差し金じゃなくて自分たちで考えたな。


「乙女の肌が焼けるのを放置する気?」

「自分達でやってください」

「乙女の肌に触れるチャンスを放棄する気?」

「放棄します」

「ぶーぶー」


 こいつらの場合は何をしでかすか分からないから触れるわけ無いだろうが。

 それに俺が日焼け止めを彼女たちに塗らない理由はもう一つある。


「どうせすでに塗ってあるのでしょう」

「え?」

「禅優寺さんが肌を痛める危険を犯すとは思えませんし」

「ぐぬぬ……」


 乙女の肌を人一倍大切にする禅優寺さんが、この灼熱光線の真下に何ら対策なしに出て来るとは思えない。

 自分だけではなく氷見の綺麗な肌が傷つくことも嫌がるはずだ。


 一瞬で肌が焼けそうになる陽射しであり、俺に塗ってもらうまで我慢する余裕など無い。

 絶対にすでに日焼け止めを塗っている。


「男の子なんだから分かっていても塗るですぅ。ぬるぬるですぅ」

「いやでぶぅ」

「うわああああん」


 安心しろ栗林。

 いくら相手がお前とは言え、俺はこんな酷い煽りをずっと続けるような男ではない。


 ちゃんと煽られる原因の排除に付き合ってあげるからな。

 くっくっくっ

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