5. 春日玲央の見た目品評コーナー
「なん……だと……」
その日、俺が見たものはあまりにも信じられない光景だった。
「あら、玲央じゃない。買い物の帰りかしら」
丁寧な言葉遣いだが、氷見では無い。
外面モードの姉貴だ。
そしてその姉貴がある人物と会話をしていた。
「春日さん、こんにちは」
「こ、こんにちは……」
「最近どうですか?」
「特に何も無いですが」
「そうですか。何かあったら遠慮なく連絡してくださいね」
「ありがとうございます」
彼女は寮の隣の交番に勤務する婦警さん。
「ご迷惑をおかけしてしまい申し訳ございません。弟をどうかよろしくお願い致します」
「もちろんです」
姉貴は婦警さんを味方に引き入れようとしているのだ!
姉貴の問題行動を婦警さん達は知っているはずなのに仲良く談笑してやがる。
優しいお姉さん的な仮面を被った外面と人気モデルという地位を利用して誑かしたんだ。
くそぅ、俺の唯一の味方までも汚染する気なのか。
「それで先程のお話ですが」
「はい、気にせずに行ってらっしゃいませ」
「ありがとうございます。助かります」
「あれ、姉貴また仕事で出かけるの?」
沖縄での撮影から帰って来たばかりだから、しばらくはまた俺を弄って過ごすのかと思っていた。
やったね。
「半分仕事、半分は遊びってところかしら」
「ふ~ん、そうなんだ」
そのまま二度と戻って来なくて良いよ。
「何を人事みたいに言ってるのよ、玲央も行くのよ」
「は?」
いやいやいや、待て待て待て。
「そんな話何も聞いて」
「さあ、旅行の準備をしましょう。それじゃあ私達は寮に戻りますね」
「え、ちょっ、待てって。おい!」
「ごきげんよう~」
引き摺るな!
「ふふ、仲が良いんですね」
婦警さん!?
あなたの目は節穴ですか!?
どこをどう見たらそんなあり得ない光景に見えるんですか!
「で、どういうことなのさ」
寮に戻ったら早速問い詰めた。
「どうもこうもって、言った通りよ。玲央
「勝手に決めないでくれよ……」
「いつものことじゃない」
「自分で言うな!」
自覚あるから猶更たちが悪いんだよ。
「夏休みで暇してるんだから良いでしょ」
「そりゃあ暇だが、行きたくねーよ」
「玲央の希望は聞いてないわ」
「くっそ、くっそ」
旅行そのものは良い。
家族旅行だって良いさ。
こいつが居なければな。
だってこいつの面倒をするだけの旅になるじゃねーか。
疲れるだけで何も楽しめないだろうが。
「なら寮父の仕事はどうするのさ。代理候補の人はお姉……ちゃんが断っちゃったんだろ」
「大丈夫よ。寮には誰も残らないから仕事する必要も無いわ」
「は?」
オラ、嫌な予感がしてきたゾ。
「ほら、私がここに来るときに話してたじゃない。寮のイベントよ、イ・ベ・ン・ト」
「……皆はこの話を?」
「もちろん知ってるわよ。保護者も了解済」
「ぐうっ……あいつらぁ……」
俺の味方をしてくれるんじゃなかったのかよ。
「今ごろ旅行に向けた買い物をしてるんじゃないかしら」
今日は三人で出かけているがそういうことだったのか。
「玲央も準備しないと」
「準備ったって、いつからなのかも何処に行くかも知らないのに」
「明日から二泊三日で行先は秘密よ」
「明日うううう!?」
こいつギリギリまで隠してやがったのか。
なお、行かないという選択肢は無い。
行きたくは無いがどんな手段を使ってでも連れて行こうとするので、下手に抵抗するよりも素直に従った方が被害が少ないからだ。
「しかも行き先が秘密とか何でだよ! 何を準備すれば良いか分からねーだろうが!」
「あはは、着替えとコン〇ームだけあれば十分よ」
「何でだよ!」
「あら、生が良いの? 高一で妊娠は流石にお姉ちゃん的にもまずいと思うわ」
ダメだ、まともな会話にならねぇ。
本気でそういう目的で拉致しようとしているのか?
だがこいつの場合は普通にふざけているだけの可能性の方が高い。
いや待てよ。
一つ重要なキーワードがあったはずだ。
「そういえば仕事が半分とかって言ってたよな」
「ええ、そうね。沖縄に行った時に、どうせならみんなと一緒に来たかったな~って感じて思いついたのよ」
「一緒って、仕事の邪魔になるだろ」
「気にすること無いわ。玲央達は仕事の間に好きに遊んで来れば良いのよ」
なるほど、その間は姉貴の面倒を見る必要が無い訳か。
その代わりに寮生たちの面倒を見させられそうだが、そっちの方は強引に逃げ出してやる。
「ああでも一つだけ心配があるわ」
「え?」
「あの子たちがスタッフに気に入られそうなのよね」
確かに見た目だけなら美少女だからな。
スカウトされてもおかしくはない話だ。
「玲央から見てあの子たちってどう見える?」
「どうって、だらしなくて怠惰で」
「そういうのじゃなくて、見た目の話よ見た目の」
中身の話をさせろよ。
つーかこいつ、だらしなくて怠惰ってところを否定しなかったな。
「この際だから玲央の評価を詳しく聞きたいわね。もちろん見た目の話よ」
「詳しくって言ったって、一般的な評価と大して変わらないと思うぞ」
「それで良いわ。ほら、まずは兎ちゃんから」
栗林の見た目の特徴は大きく二つある。
一つは目を髪で隠している場合とそうでない場合とのギャップ。
もう一つはロリ巨乳体型だ。
「髪を避けている時はかなり可愛いタイプの美少女かな。あの顔で無邪気に微笑まれたら無意識で頭を撫でたくなる感じがしそう。ただ前髪を避けた部分のボリュームが多くて髪のバランスが少し悪いから、隠さないで前髪をしっかりカットした方が似合っていると思う」
「へぇ、ちゃんと見ているじゃない。体型についてはどうかしら」
「それは流石に本人が居ないところで話をするのは失礼だろ」
「律儀ねぇ。悪い話じゃなきゃ良いと思うわよ」
「悪くは無いが」
「なら良いじゃない。ほらほら、言っちゃいなさいよ。それとも強引に聞き出される方が好みかしら」
「ぐっ……そ、そうだな。勿体ない、かな」
「勿体ない?」
「立派な良いものを持ってるのに、雑に扱っているからすぐにダメになりそう」
「良く分かってるじゃない。そうなのよね。勿体ないわよね」
栗林は確かに胸が大きいが、面倒だからとブラをしなかったり、サイズが適切でないブラをしていたりと扱いが雑であり、このままだと早いうちに奇形になってしまうだろう。
背の低さとのアンバランスさが程良く、プロポーションが良く見えるので勿体なく感じるのだ。
なお、これは別に俺が常日頃から女性の体型について考えているから分かる事では無く、姉貴からモデル関連の話を散々聞かされて、時には意見を言わされ続けて来たから知識として得られてしまったものである。
「じゃあ都江美ちゃんは?」
氷見の最大の特徴はあの肌だが、それを抜きにしてもかなりの美少女だ。
「あの滑らかな肌は全ての女性の憧れだろうな。それに顔立ちも美少女、というよりも美人と言って差し支えないレベルだと思う。目つきがキツめのように見えて実は良く見るとそれほどでも無くて、むしろきりっとした目元が怖さよりも格好良さを演出している。つーか何気に肌だけじゃなくて髪もサラサラだよな。あれも手入れ無しなのかな」
「そうらしいわよ」
「マジでか。天然ヤベェな」
「それで体型の方は?」
「姉貴とは違う意味でモデル体型かな」
「もっと具体的に」
「ぐっ……分かってるくせに言わせようとしやがって。スレンダーってことだよ。お姉……ちゃんのモデル仲間にも似たような体型の人が居ただろ」
姉貴はボリューミーなふんわりお姉さんタイプのモデルだから、スレンダーで格好良い系の服装はあまり似合わない。
「そうね、スレンダー体型は玲央的にはどうなの?」
「どうって……嫌いでは無いけど、氷見の場合は難しいな」
「どういうこと?」
「出会った当初はガリガリとまでは言わないが、見ている方が心配するくらいに細かったんだ」
「あらそうなの?」
「ああ、ただ男目線だとそう感じるだけで女性目線だと痩せているあの姿の方が良かったと思う人もいるだろうし、その辺りが難しいなって」
「玲央的にはどうなの?」
「そりゃあ今の方が健康的で良いと思うぞ。それに今のままでも十分にほっそりしてるしな」
「ふ~ん、そっかそっか」
氷見は家庭環境がアレだったから、ご飯を沢山食べられなかったのかもしれないんだよな。
そう考えると餌付けしたくなってしまうし、野獣のように食べる姿も微笑ましく……ねぇな。
やっぱり普通に食べてくれ。
「最後は栄理ちゃんね」
禅優寺は自力で美少女であろうとする努力家のバランス型だな。
「大人っぽい、かな」
「あらそう?」
「お姉……ちゃんから見たら違うかもしれないが、同世代から見たらそうだよ。髪や肌の手入れやお化粧を常に欠かさず誰の前でも美しくあろうとするのはすげぇと思うぞ。ファッションについてかなり勉強してるんじゃないかな。流行を取り入れつつも自分に合ったコーディネイトがちゃんと出来ている。しかも寮の中でもだ。そのしっかりと自分を作れているところが大人っぽく感じるんだよ。まぁでもそのコーデが無くても美少女なんだろうなって雰囲気もあるけどな」
「(大人でも自分に合ったコーデが出来ている人なんてあんまりいないんだけどね~)」
「?」
「なるほどねぇ。それじゃあ体型は?」
「体型はバランス型かな。つーか、なんであんなに食べてるのにバランスが良いんだよ。後、さっきの話と被るが服装が似合っていて綺麗だからやらしい意味じゃなくて全身を見てしまいそうになるな」
「なるほどねぇ。私の教育がちゃんと身についていて良かったわ」
あっぶねぇ。
適当な評価をしたらボコされるとこだったわ。
というか、なんで俺はこんな恥ずかしい事を言ってるんだ。
多分姉貴に聞かれたら素直に答えないと危ないと本能が察してたんだろうなぁ……
「じゃあ最後に、誰が一番好みなのかしら」
「は?」
「玲央の好みよ。三者三様なんだから、誰が一番好きかってあるでしょ」
「いや、それは……」
「見た目の話なんだから直感で答えれば良いのよ。ほらほらぁ」
中身を考えなければ三人ともタイプの違うかなりの美少女だ。
そりゃあ俺だって普通に男子だから、美少女を見るのは目の保養にはなるさ。
最近はそう思えないくらいに中身にげんなりしていたが……
だがまぁそうだな。
敢えて挙げるとすれば……
ガタッ
「!?」
「あちゃ~」
い、いい、今の音は、まさかあああああああ!
「た、ただいまですぅ……」
「あははは」
「ぷしゅう」
聞かれてたああああああああ!
クソ姉貴いいいいいいいい!
どうりで根掘り葉掘り聞いてくるはずだ。
彼女たちがコミュニケーションルームの入り口近くに居るのに気付いてたんだろ。
「みんな良かったね。見た目は合格みたいだよ」
「おいコラ」
「それで玲央は誰が一番好みなの?」
「この状況で言えるわけないだろ!?」
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