6. このままではダメだ

「あらら、逃げちゃった」

「お姉……ちゃんのせいだぞ」

「玲央がデリカシー無さすぎるからよ」

「言わせたんだろうが!」


 寮生たちは顔を真っ赤にして部屋に戻って行った。

 なんとあの栗林までもだ。


 美少女とか可愛いとかは言われ慣れているだろうけれど、体型についても言及しちまったからな。

 姉貴がしつこく体型について聞いて来たのはこのためだったのかよ。


「そんなことより玲央、あんた本当に彼女たちに興味が無いの?」

「…………」

「確認しなくても本当に部屋に帰ったわよ」

「…………」

「盗聴器とか探しても見つからないわよ」

「仕掛けてないって言えよ!」


 何も信じられない。

 だが心にも無い事を答えたら折檻が待っている。


 くそぅ、くそぅ、くそぅ、くそぅ。


「はっきり言って、無い」

「え、マジで」


 そうなのだ。


 ツンデレだのなんだのと言われているから第三者からは『どうせ内心では少しは興味あるだろ』と思われているかもしれないが、本当に無いのである。

 もちろん彼女たちは美少女であり、しかもプロポーションも良いため、思わずセンシティブなところに目線が行ってしまうことは無くはない。

 だがそれは男のさがというものであり、彼女たちとどうこうなりたいという気分など微塵も湧いてこないのだ。


「玲央は昔っからお姉ちゃん一筋だったからね。いい加減に姉離れしなさいよ」

「むしろ弟離れしろよ」


 それに一筋と言っても恨み一筋ってところだしな。


「何言ってるのよ。弟は姉に従うって決まってるのよ」

「横暴だ!」


 早く自立してぇ。

 こいつから逃げて幸せに生きるんだ。


「まぁそれはそれとして、まるっきり興味が無いわけじゃないんでしょう」

「無いな」

「でもほら、彼女たちから抱いて欲しいって真剣にお願いされたら?」

「無いな」

「あんた病気よ」


 そんなこと分かってるさ。

 きっとこれは心の病気ってやつなんだろう。


 いくら嫌いだからってあんな美少女に迫られたら体が反応するのが自然なはずだ。

 俺だって彼女たちの好感度を稼いでしまった後に、もしそういう場面になってしまったらどうしようかと妄想したことがある。


 だが、どれだけ妄想しても勃たなかったのだ。


 いくらなんでもその反応は極端ではないかと思って、頑張って彼女たちのことを好意的に捉えようと考えながら妄想したこともある。


 だが、どれだけ好意的に妄想しようと努力しても勃たなかったのだ。


 どうしても彼女たちが姉貴の姿と重なってしまい、恐怖で萎えてしまうのだ。


 なお、試しに憧れの生徒会長で妄想してみたところ、彼女が姉貴レベルで強引に迫って来た姿を妄想したら元気が無くなった。

 ただ彼女の場合は普通なら……げふんげふん、これ以上は下品すぎるから止めておこう。


 つまりは彼女たちや強引に迫られるシーンに限って俺は興奮しないという体質になってしまっていたのだ。


「こうなったのもお姉……ちゃんのせいだからな」

「そっかそっか、お姉ちゃんが好き過ぎちゃって他の子じゃ満足できなくなっちゃったのね」

「こいつ……」


 何を言っても自分に都合良く解釈すると分かっていたがな。


「それなら今度の旅行はリハビリに丁度良いかもね」

「は?」

「だってほら、特別な環境は男女の距離を縮めるって言うじゃない」

「無いな」


 彼女たちと一緒に旅行したからと言って、何かが変わるとは思えない。

 仮に以前のように夜這いのようなことをされたとしても、好感度が更に下がるだけのこと。


 だって俺が苦手なのは、彼女たちの姿に姉貴の怠惰で横暴でだらしない姿が重なってしまうからなのだ。

 そこが変わらないと俺の好感度は一生上がらないだろう。


「もう、少しは歩み寄りなさいよ。あんたのことを好きだってアプローチしてくれる女の子を蔑ろにしちゃダメよ」

「アプローチしなくても生活態度を見直すだけで良いって何度も言ってるんだけどなぁ」

「あんたのことを好きだってアプローチしてくれる女の子を蔑ろにしちゃダメよ」

「おいコラ」


 だから今のままでアプローチしても逆効果だって言ってるだろ。


「あのね、あの子たちが今更生活態度を変えられるわけないじゃない」

「は?」

「だって玲央が面倒見てるんでしょ」

「…………!」


 そんな馬鹿な。

 まさか俺のせいだったって言うのか!?


「美味しいご飯、ふかふかのベッド、チリ一つない部屋、着心地の良い服。一度味わったら手放せないわよ」


 確かに俺が逆の立場だったらそう思うかもしれない。

 しかも好きな人がそれをやってくれるというのは、気恥ずかしいと同時に嬉しいのではないだろうか。 


「玲央が優しくしちゃったからこうなっちゃったのよ。だから責任取って受け入れなさい」

「…………」


 ああ、そうか。

 全ては俺のせいだったのか。


 手を差し伸べてしまったから、必要以上に好感度を稼いでしまったから、彼女たちが自堕落な生活に浸かってしまったのだ。


「なわけねーだろうが! あいつらは最初から強引にやらせようとしてたわ!」

「チッ」


 あの手この手を使って俺に部屋の掃除やベッドメイクを押し付けようとしてたからな。

 最近では遠慮も羞恥心も無くなったのか下着すら洗ってもらおうとしている。

 厳密には少し照れているから羞恥心はギリ残っているが、実行している時点でアウト。


 しかも朝起こすのはそれらの家事とは別で自分で頑張れる話だ。

 だって俺、優しく起こしてねーし。


 彼女たちが怠惰になったのは俺だけが原因ではないはずだ。

 それに元から怠惰であり甘えているだけな可能性が高いやつもいる。


「細かい事を気にする男は嫌われるわよ」

「全く細かくない。むしろ一番重要なところだ」

「少しぐらい強引にされたくらいで文句を言うなんて心が狭いわよ」

「普通ならそうだろうな」

「玲央は普通よ普通」

「そうであったらどれだけ良かったか……」


 てめぇのせいで強引な態度が極端に苦手になっちまったんだよ。


「あのねぇ、嫌だ嫌だばっかりじゃ世の中通用しないわよ」

「全ての元凶が何を言うか」

「このままじゃ既成事実を作られて嫌なまま付き合うことになるわよ」

「怖いこと言うなよ。というか、その事実を率先して作ろうとしているのは誰かなぁ!?」

「だってその方が面白いじゃない」

「それが本音だろ!?」


 彼女たちを受け入れるように姉貴が俺を説得する流れになっていたが、結局のところ面白いから場をかき回しているだけなのだろう。

 マジ害悪。


 と思ったが、姉貴はもっと醜悪なことを考えていた。


「それに玲央があの子たちを受け入れればもっと素直になるでしょうしね。まぁ今のままの玲央も可愛いけど」


 なん……だと……


 つまりなんだ。

 こいつは自分と似ているところがある彼女たちを俺に受け入れさせることで、俺の姉貴への抵抗感を和らげてより従順にしようと考えてやがるのか。


「お姉……ちゃんの思い通りにはならないからな」

「ふふふふ」


 こうなったら彼女たちとの関係を本気で考えなければダメだ。

 姉貴はもうすぐ海外に戻るだろうが、こうしてちょくちょく戻ってきたり、あるいは遠隔で攻撃して来る可能性もある。

 少なくとも彼女たちと連絡先の交換くらいはしているはずだから、相談と称して余計なことを吹き込むだろう。


 現状維持は間違いなく事態を悪化させるだけであり、何かしら行動しなければ俺の未来はゲームオーバー。


 すぐに思いついた雑なものだが、行動指針は大きく分けて二つ。


 一つは完全に拒絶すること。

 心を鬼にして寮父を辞めるのが一番効果的な方法だが、それだと学校で彼女たちの怒りの攻撃を喰らう可能性が高い。

 例えば俺が女子寮の寮父をやっていて風呂を覗かれそうだったとでも言い降らせば俺の学校生活は終焉を迎える。

 だがその状況と何もしないままの悲惨な未来を比べたら、高校生活だけが終わる方がマシとも言える。

 これだけの犠牲を払ってでも行動しなければならない状況に追い込まれていたのだ。


 もう一つは彼女たちを変えること。

 彼女たちが適度な恥じらいを持ち、適度に自立するだけで俺は普通の女子として見ることが出来るだろう。

 そうすれば恋愛対象として考えられて、もし俺の好みの相手だと分かれば美少女彼女と同居生活という誰もが羨む学生生活を送ることが出来るだろう。

 だがこちらにももちろん問題がある。

 俺がどれだけ努力しても彼女たちが変わらない可能性があるのと、仮に複数人が変わってしまったらハーレムモノになってしまうこと。

 刀傷沙汰とかごめんだぜ。

 それに女子寮の中での恋愛というインモラルな状況なのも世間的には大問題だろう。

 俺がこれまで彼女たちを放置していたのはこれが理由でもあった。

 だがもうそんなことは言ってられない状況なのだ。


「旅行、楽しみだね」

「くっ……」


 何はともあれ、まずはこの旅行を乗り越えなければならない。

 姉貴が延々と日本にいるとは考えにくく、恐らくはこの旅行の後くらいに海外に戻るはずだ。

 つまりはこの旅行を乗り越えればひとまずは一息つけるということ。


 そして同時に、俺は自分のなすべき道を決めなければならないのだ。


 このクソ姉貴を処分出来れば一番楽なんだがなぁ。

 粗大ごみセンターでも引き取ってくれそうに無いんだよ。

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