4. そうだ、旅に出よう
春日玲央、高校一年生。
ガチ泣きして交番に駆け込む。
マイヒストリーに絶対に載せたくないこの小さな事件により、俺に降りかかった問題はひとまず沈静化するに至った。
深夜の交番に居たのは会ったことの無い婦警さんだった。
この交番に婦警さんが多いのは隣に女子寮があるから配慮してくれたのだろうか。
その婦警さんは最初俺の話が信じられない様子だったが、俺があまりにもガチ泣きしているため信じざるを得なかったようだ。
まぁ傍から見たら美少女達に迫られる美味しい状況にしか見えないから信じられないのは仕方ないけどな。
うらやまけしからんと思う気も分からなくはないが、というか俺だって第三者だったら爆発しろと思うだろうが、冷静に考えたら苦手な異性に襲われるなど恐怖でしかないのだ。
婦警さんはその冷静さを持ち合わせてくれていたようで、寮生たちを姉貴ごと叱ってくれたのだ。
姉貴には効果が無いだろうが、寮生たちは真っ青になって叱られていたので、この先姉貴に唆されたとしてもここまで暴走することは無くなるだろう。
マジで助かった。
ガチ泣きを見られたのは少し恥ずかしかったけれど、あの婦警さんには感謝だ。
俺を見る目が怪しかった気もするが、きっと気のせいだろう。
『何この子可愛い』なんて小さく呟いていた気がするが、恩人がそんなこと言うわけ無いだろう。
これから困ったことがあったら交番だな。
む、何故か背筋がゾクゾクしたな。
「「「ごめんなさい (ですぅ)」」」
翌日、姉貴がモデルの仕事で出かけた後、三人は俺に頭を下げて来た。
「やりすぎたですぅ」
「あそこまで嫌がられるとは思ってなかったのよ。本当にごめんなさい」
「ごめんなさい……」
こいつらが謝って来るなんて珍しいな。
いつもは俺を振り回すだけ振り回した上に自分の意見を強引に押し通そうとしてくるのに。
「はぁ……これからは自重してくださいね」
「「「え?」」」
何故そこで疑問顔になる。
俺が許さないとでも思ったのだろうか。
気分的には全然許していないが、それだと寮父の仕事が滞るから怒り心頭モードにはならないだけだぞ。
「レオっち、てっきり帰っちゃうのかと思った」
ああ、なるほど。
俺が寮父を辞めるのかと思っていたのか。
「帰りたいですが、帰れないですので」
姉貴がいる以上、俺を素直に家に帰すことは絶対に無いだろう。
父さんが探してくれていた代わりの寮母さん候補に勝手にお断りの連絡をしちまったらしいしな。
マジ害悪。
「もうしばらくは寮父を続けますが、あまり心労をかけさせないで頂けると嬉しいです」
言っても無駄だろうがな。
「嫌ですぅ」
「おいコラ」
分かってはいたが、まさか断言するとは。
「だってお布団干して欲しいですぅ」
「そ、そうね。虫の良い話だとは分かっているのだけれど、お願い出来ないかしら」
「お掃除もして欲しいな~」
デスヨネー
「自分でやるという発想は無いのでしょうか」
「めんど……春日さんがやってくれるから最高に気持ち良いんですぅ」
「おいコラ」
面倒なだけだろうが。
布団干すなんて別にテクニックは……なくは無いが、誰がやってもそんなには変わらないだろ、多分。
「お願い、レオっち! お義姉さんの無茶には付き合わないからさ!」
「…………本当ですか?」
「もちろんよ。むしろ玲央が困っていたら助けてあげるわ」
禅優寺の発音が気になるが、もし本当に姉貴の絡みから助けてくれるのならもっと尽くしてやっても良いぞ。
だがなぁ……
「姉の誘いを断るだけで構いません」
「何でですかぁ?」
「私を助けようとしてもドツボにハマるのが目に見えてますから」
あの姉貴を彼女たちが止められるとは思えない。
結局彼女たちも姉貴の毒牙にかかって酷い目に遭うのがオチだ。
「大丈夫大丈夫。あたしたちに任せてよ」
姉貴の恐ろしさがまだ分かっていないのか。
それとも自分が被害者にならなければ分からないのか。
「六十一回」
「「「え?」」」
「私が姉によって全裸にさせられた回数です」
「「「…………」」」
この回数には中学生になり男として力がついてからの回数も含まれる。
むしろそっちの方が多かったりする。
『れおのからだつきがおとこらしくなってきたわね~ ちょっとみせてよ~』
ああ、思い出すだけで白目になってしまう。
「そして悲しい事に今でも私は姉に負けるでしょう。皆さんも姉に近づくと同じ目に遭いますから自室に籠っていること推奨です」
「でもそれなら春日さんに見てもらえるですぅ」
「そんな色気の無いシチュエーションで本当に良いのですか?」
改めて分かったことだが、性的なことに寛容なのは栗林だけだな。
真っ赤になって黙り込んでしまう禅優寺は元より、下着を見せつけてくる氷見もどうやら苦手らしい。
下着に関しても同じ感覚だと良かったんだけどな。
「姉の対応は慣れてますので、気にしないで手出ししないで頂けるのが一番です」
姉貴相手だと助けることも出来ないからな。
「でもレオっち、お義姉さんがあたしたちを素直に部屋に帰らせるかな」
「…………」
確かにあの女ならどんな手を使ってでも寮生たちに絡むに違いない。
「難しいですね」
どうあがいても寮生たちが犠牲になるのは免れない。
いっそのこと婦警さんにお願いして常駐してもらおうかとも思ったが、流石にそんな個人的なことに付き合ってはもらえないか。
「だ、大丈夫だよ。あたしたちが我慢すれば良いだけだからさ」
「そうです。頑張ります」
「春日さんに揉まれても嬉しいから安心してくださいですぅ」
「は?」
おい栗林、今なんて言った。
「耳がおかしくなったのでしょうか。栗林さん、今何を言いましたか」
「なんでも無いよレオっち、気にしないで~」
「何で誤魔化すですかぁ? 春日さんに生で揉まれるんですよねぇ?」
「栗林さんダメです。それは秘密にしないと」
「おいコラ」
まさかこいつら。
まさかあああああああ!
「見たんですか?」
「と・に・か・く。あたしたちはお義姉さんに負けないから安心して。レオっちが恥ずかしい目に遭ってもちゃんと目を逸らすからさ」
「見たんですね?」
「私達が恥ずかしい目に遭っても我慢して玲央を守りますから、信じて下さい」
「見たんだろ?」
「春日さんが玲さんの胸を揉んでいる動画を見せて貰ったですぅ」
「あんのくそアマああああああああ!」
トップシークレットをよりにもよってこいつらに見せやがって。
栗林なんか絶対にそれを使って脅して来るぞ。
最悪だああああああああ!
「そ、その、元気出してレオっち。アレが無理矢理だったって分かってるから」
「そうですよ。玲央の顔が嫌がってましたから」
「でもあの動画が拡散されたらおしまいですよねぇ」
「チクショオオオオオオオオ!」
終わった。
俺の人生が終わった。
俺は姉貴や寮生たちに弄ばれて一生を終えるんだ。
これまで必死に耐えて来たのに、こんなのあんまりだ。
「もう、うさぴょん悪ふざけしすぎ」
「そうですよ、玲央が壊れてしまったらどうするの」
「ごめんなさいですぅ」
そうだ、旅に出よう。
誰も知り合いの居ない田舎にでも隠れ住んで、静かな余生を満喫するんだ。
あは、あははは。
「まずい。レオっちが壊れかけてる!」
「戻って来て私を詰って!」
「こんな時のための最終手段があるですぅ」
旅の準備でもするか。
いや、着の身着のままで良いかな。
「玲さん、一週間は帰らないそうですよぉ」
「!?」
今、なんて言った。
「モデルのお仕事で一週間沖縄だそうですぅ」
「なんで知って……」
「『玲央には内緒にしておいてね』って言われてたですぅ」
「あんのくそアマああああああああ!」
俺を安心させないためにわざと秘密にしてやがったな。
「だから安心して私達を甘やかすですぅ」
「やっぱり旅に出よう」
「行かないで!」
「玲央待って!」
「放せ! 俺はポツンと人里離れた一軒家で慎ましく暮らすんだ!」
「あれって老人だけじゃなくて幸せな家族も出てきますよねぇ。だから私達も一緒で良いですよねぇ。閉じられた世界で爛れた生活ですぅ」
「ぬおおおおおおおお! 放せええええええええ!」
その日、俺が落ち着いたのは日が暮れてからだった。
昼間にやりたかった家事が出来なかったよ、チクショウ。
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