3. 寮の隣に交番があって助かった

 クソ姉貴が寮に住み出したことによる最大の問題は何か。


 それは寮でも姉貴の面倒を見なければならないこと、ではない。


 何故ならば姉貴はモデルの仕事で外出する時間の方が多いからだ。

 しかも泊りがけの仕事も少なくはなく、一日中居ないことも多い。

 さらに言えば、今の姉貴の仕事の拠点は海外であるため、直に帰るだろう。


 つまり姉貴の面倒を見るという点に関してであれば、僅かな期間の我慢で何とかなるのだ。


 ゆえに問題はそこではない。

 問題は姉貴が寮生たちを焚きつけることだ。


 これまで俺に対する想いをバレバレでありながら寮生たちは決して口にはしなかった。

 俺からはっきりとお断りの返事を貰うのが嫌だったからだろう。

 だが姉貴のせいでその想いが表に出てしまった以上、もう隠す必要もなくなり俺のお断りをぶち壊して堕とすべく今まで以上に積極的になるに違いない。


 そしてその積極的な行動をあの姉貴がただ見ているだけなわけがない。


 はぁ、ヤバイなぁ。


 そう思いながらコミュニケーションルームのソファーで横になっていた。

 部屋を追い出された俺は寮生たちの部屋になど押しかけられるわけもなく、こうしてソファーで寝ることを選択した。


 だがここで寝るのは決して安全ではない。


「もう寝たかしら」

「レオっちの寝顔……」

「可愛いですぅ」


 ほらな、やってきたよ。

 普段は部屋に内鍵かけて寝ているのだが、コミュニケーションルームは常時解放がルールなのでこうして見つかってしまう。


「さぁみんな、脱がすわよ」

「止めい!」

「「「きゃあっ!」」」


 姉貴だけ驚いてねーってことは俺が起きていたって気付いてたな。


「あら、そのまま寝ていれば気持ち良くしてもらえたのに。ヘタレね」

「うっせ。寝込みを襲うとか犯罪だぞ」

「玲央だから問題無いわ」

「なんでだよ!」

「むしろ玲央が彼女達を襲わないから私がこうして一肌脱いであげてるんじゃないの。なんて言ってたらなんか脱ぎたくなってきたわね」

「脱ぐな!」


 油断せずに警戒していたから助かったわ。

 普段はビールの飲み過ぎで見るに堪えない寝落ちするのに、今日に限って普通に寝ていたから絶対に何かあると思ったわ。


 しかし姉貴がアレとは言え、唆された寮生たちも寮生たちだ。

 夏だからか全員薄手のパジャマだし、深夜に男が寝ているところに来て良い格好じゃないぞ。


「禅優寺さん達も、姉の言う事をまともに聞いたらダメですよ」

「お・ね・え・ちゃ・ん、でしょ」

「いつもそれが通じると思うなよ!? 他人に説明する時に呼び方を変えるのは当然だろ」

「すぐに他人じゃなくなるのに?」

「いつまでも他人です!」


 ああもう話が進まねぇ!


「ほらほら、みなさん部屋に戻って下さい」

「春日さんは本当にヘタレですぅ。ほらほら、好きにして良いんですよぅ」


 栗林が大きな胸を両手で持ち上げてアピールしてきやがった。


「女子が良いって言ってるんだからやっちゃいましょうよぅ。据え膳どうぞですぅ」


 栗林がエロ系の話で直接攻めて来るなんて珍しいな。

 これも姉貴の差し金か。


 平気で体を差し出して来る印象はあったが、マジでそうだったとは。


「姉が手でスマホを構えているのを知ってて言ってますよね」


 仮に手を出したりなんかしたら証拠を撮られて脅されて一生言いなりになる未来しか見えん。

 実際クソ姉貴からはそんな扱いになってるしな。


「撮らなければ良いってことですかぁ? 良いんですよぉ、柔らかいんですよぉ、ほれほれぇ」

「く、来るな! どうしてそんなことが出来るんだよ!」

「春日さんが好きだからですぅ」

「うっ……」

「そして甘やかしてくれそうだからですぅ。後は絶対に優しく気持ち良くしてくれるからですぅ」

「後半が本音だろ!」

「そんなこと無いですぅ。ただ私が気持ち良くなりたい時に手伝ってくれれば良いだけですぅ」


 こ、こいつ、俺をオ〇ニーグッズだと思ってやがる。

 クレイジーにもほどがあんだろ!


「そうそう、玲央ならきっと極上の体験を味わわせてくれるわよ」

「ごくりですぅ」

「おいコラ、だから唆すな。後押しするな。いいからもうお前ら帰れよ!」


 栗林と違って氷見と禅優寺は顔を真っ赤にして何も言えないでいる。

 まともな反応をしているようで少しだけ安心したぜ。

 まぁここに来ている時点でまともじゃないんだけどな!


「はぁ……ちょっと外の空気吸ってきます」

「あら逃げるの? ほんとヘタレね」

「うっせ。明日も朝から仕事なんだろ。そろそろ寝なさい」


 姉貴がいる以上、俺が動かないとこいつらはどれだけ言っても解散しないだろう。

 騒いで眠気が覚めてしまったということもあるので、少し散歩して気分を落ち着かせることにした。


 着替えをガン見されそうで嫌なので風呂場に移動してジャージに着替え、寮の周りを少しだけ散歩する。


「マジでこの先どうすりゃ良いんだよ」


 俺からの寮生たちへの気持ちは相変わらず最底辺のままだ。

 むしろ姉貴が来たことで更に姉貴色に染まりつつあるからより苦手になっている。


「俺の貞操が……つーか、本来それを不安に思うのはあいつらのはずなのに」


 危険なのは俺の方だなんて笑えない話だ。


「さっきの栗林のは……本気なんだろうな」


 もちろん姉貴の悪ふざけに乗ってはしゃいでいるだけという可能性もある。

 だがあいつはその悪ふざけの延長線上で本気で体を差し出してきそうな予感があるんだよな。

 クソ姉貴だって俺と血が繋がって無ければ、いや、もしかしたら血が繋がっていても俺をオ〇ニーグッズとして扱おうとしてもおかしくは無いのだ。


 さっきの栗林の目は姉貴と同じ危険な色を湛えていた。


「俺の女子に対するイメージが壊れて行く。いやまぁ誰もが清純とは思ってなかったけどさ」


 いや、それはまともな・・・・女子に対して失礼というものだ。

 例えば憧れの生徒会長なんかは、お淑やかで適度な恥じらいを持つイメージ通りの女性のはずだ。

 たまたま寮生たちがおかしいだけなのだ。

 そう信じさせて!


「……帰るか」


 帰りたくない。

 でもどれだけ嫌でも明日になればまた寮父の仕事が待っている。


「はぁ~~~~~~~~!」


 クソデカ溜息しかでねぇや。




「そうだ、シャワーでも浴びてこよう」


 蒸し暑い夏の夜。

 散歩したことで少し汗が滲んでいる。


 ジャージに着替えた時に着替えを脱衣所に置いて来たので、寮に戻った俺はそのまま風呂場へと直行した。


 皆は流石に寝たのかな。


 コミュニケーションルームからは光が漏れておらず誰も居ないように見えた。

 夜も更けて遅い時間なので流石に諦めて部屋に戻ったのだろうな。


 と思わせつつ、風呂場に居るんだろ。

 油断しないぞ。


 風呂場の入り口には未使用の札がかけられているが、こんなの信用出来ない。

 俺が風呂に入ることを予想した姉貴が待ち伏せを仕掛けているに違いない。

 俺は音を立てないようにこっそりと中に入って確認した。


「外れか。つーか、なんでこんな心配までしなきゃならないんだ」


 先程も思ったが、本来気にしなければならないのは彼女たちのはずなのにな。

 俺は入口の鍵を閉めて風呂場に入り、シャワーを浴びながらここ最近のことを思い出す。


『やっぱり開かないですぅ』

『玲央ったら鍵なんかかけなくても良いのに。私達が信用できないのかしら』

『あ、あはは』

『この手の鍵ならお姉ちゃんが開けられるわよ。任せなさい』

『開けるんじゃねー!』


 俺が風呂に入っていると問題児たちが中に入って来ようとしたことがあったな。

 もちろんトラブルはそれだけじゃなかった。

 

『れ~お~いっしょにふろはいるぞ~』

『だ~放せ! つーか泥酔した状態で風呂に入るなって言ってるだろ!』

『ぱーじ!』

『脱ぐな脱ぐな、もうちょい休んでろ』

『ごきゅうけいしたいの?』

『黙って野球でも見てろよ!』

『みんなもいっしょにぬご~』

『こらああああ! 寮生たちに手を出すな!』

『れおだってみたいくせに~』

『頼むから黙っててくれよ。つーか、お前ら見てないで部屋に戻れ!』

『みんなでいっしょにお~ふ~ろ~ら~ん~こ~』

『マジで黙れええええええええ!』


 酔ったクソ姉貴が俺と寮生たちと一緒に風呂に入りたがろうとすることもあったな。


「はぁ~~~~~~~~!」


 クソデカ溜息しかでねぇや、その二。


 姉貴はどうしてこうも『既成事実』を作りたがるのだろうか。

 普通に恋愛アドバイスをして若者が甘酸っぱい青春を謳歌しているのをニヤニヤ見ていれば良いのに。

 聞いたところでそっちの方が面白いから、としか言わないのは分かっているけどさ。


 問題は寮生たちだよ。

 俺が言えたことじゃないが、姉貴の言う事を素直に聞くなよな。

 姉貴が勧めてくることは俺の好みとは真逆だってもう分かっているはずなのに。


 むしろ姉貴と真逆になれば俺からの好感度は間違いなく上がるんだぞ。

 反面教師にすれば良いんだ。

 俺が気になるなら頑張ってくれよ。


 別に頑張って貰って彼女たちとどうこうなりたいってわけじゃ無い。

 このまま押し切られて誰かの召使で一生を終えるなんて虚しすぎるから嫌なんだよ!


 いかんいかん。

 これ以上考えても鬱な気分になるだけだ。

 シャワーがこんな不快な気持ちも洗い流してくれれば良いのに。


「ふわぁあ」


 シャワーを浴び終えて少しの間脱衣所で休んでいたら眠気がやってきた。

 これならぐっすり眠れそうだけれど、寝ている間に姉貴たちが何かしないか心配だ。


「は……はは……」


 寝ている間だなんて、俺は何を馬鹿なことを考えていたのだろうか。


「よ、よろよろ~」

「よろしくお願いします」

「ふひひぃ」


 コミュニケーションルームに戻った俺が見たものは、部屋の隅に寄せられたテーブルとソファー、そして敷かれた四組のオフトゥンだった。

 もちろんそのうちの三つは埋まっていて、空いている一つは彼女達に囲まれるように敷かれていた。


「マジで勘弁してくれよ……」


 自室は姉貴に占拠され、コミュニケーションルームの寝る場所も撤去された。

 逃げ道を完全に封鎖された俺は仕方なく空いているオフトゥンに向かい、彼女たちの野獣のような目で舐めまわされながら震えて眠ることに……なるわけないだろうが!


「うわああああああああん!助けてええええええええ!」


 良かった、今日はパトロール中では無かった。

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