2. だれかたすけて

「れーおー! 会いたかったよおおおお!」


 今日も暑いな、エアコン効いて無いのかな。


「事件に巻き込まれたって聞いて心配したんだからね」


 夕飯何にしようかな。

 ちなみに休日の昼食も俺が作ることになっていて、寮生たちは毎日食べに来ている。


「玲央もお姉ちゃんに会いたかったでしょう?」


 たまには普段行かないような店で外食するのも良いけれど、それだと彼女たちも着いて来そうなのが問題だ。


「返事しろって言ってんだろ」

「いだだだ!」


 抱き締めからの鯖折り頂きました。

 現実逃避の邪魔すんなよ!


「帰れ」

「ちょっと見ない間にまた言葉遣いが悪くなってるわね。これは教育的指導が必要かな?」

「どのような用事でいらっしゃったのでしょうか」

「玲央に会いに来たに決まってるでしょ。それで、玲央もお姉ちゃんに会いたかったでしょ」

「…………」

「あ い た か っ た で し ょ ?」

「会いたくなかった!」

「はっはっはっ、このツンデレさんめ」


 暴力を覚悟して勇気を出して否定したのにあっさり躱しやがった。

 心の底から会いたくなかったんだよ!


「とりあえず話の続きは俺の部屋の中で」

「いきなり二人っきりになりたいだなんて大胆ね。そんなに私が欲しかったのかしら」


 胸を強調して誤解を招くようなこと言うな!


「違えよ! 色々とバレても良いのかよ!」

「あはは、やっぱり玲央は優しいね。なんだかんだ言って私の事を心配してくれるんだから」


 だから優しくねーよ!

 家族の恥を外様に知られたくないだけだ!


「大丈夫よ。ここの子達とは素で接することに決めたから」

「は?」


 コイツ何言ってるんだ。

 暑さで頭がおかしくなってしまったのではないだろうか。


 素を見せたらドン引きされるに決まってるだろ。

 クソ姉貴は人気モデルなのに恥を晒してしまって良いのか?




「だって三人とも玲央にラブラブだから、お姉ちゃんの私にも優しくしてくれるでしょ」




 敢えて誰も口にしなかったこと言っちゃったああああ!

 なんて空気の読めなさだよ。


「さっき少しだけ部屋の外で中の様子を伺ってたのよ」


 そもそもどうやって寮の中に入って来たんだよ。

 氷見の事件以降、入り口はオートロックになって鍵が無いと入って来れない筈なんだが。


「びっくりしちゃったわ。まさかこんなにも早くハーレムを作ってたなんて」

「人聞きの悪い事言うなよ!」

「あらそう。でもどうせ玲央が彼女達に何かしてこうなったんでしょ。あんた困っている人がいたら見過ごせない性格だからね」

「う゛っ……」


 確かに俺がやらかしたと言えばそうなんだが、だからといってここで言う必要も無いだろうが。


 ほら、彼女達だって困ってるだろ。


 禅優寺なんかヤバイくらい顔が真っ赤になって倒れそうだ。


 氷見はいつの間にか上着を着て薄着を隠しているが、普段からそうしてくれよな。

 不安げな感じでクソ姉貴を見ているから、気持ちを暴露されたことによる羞恥よりも困惑の方が上回っている感じか。

 こいつはむしろ暴露されても喜びそうだからこの反応は分からんでもない。


 栗林はいつの間にかヘアピン取り外して目元を隠して……おい、なんでまたヘアピン取り出して顔見せてるんだよ。

 その醜悪な笑みは何だ!


 まともに困ってるのは禅優寺だけじゃないか。


「うんうん、青春って良いわね」

「マジで何しに来たのさ!」

「きゃ~あなたが兎ちゃんね。か~わい~」

「もっと撫でるですぅ」


 俺の話を無視して栗林に絡みに行きやがった。


 二人の周りにどす黒い怠惰オーラが渦巻いているのが目に見えて分かる。

 最低最悪の組み合わせだ。


「ね、ねぇレオっち」

「あ、はい。何でしょうか」


 まだ真っ赤な禅優寺が話しかけて来た。


「あの人がレオっちのお姉さんなんだよね」


 おや、そっちの話か。

 どうやら暴露されたことはひとまずスルーして欲しいようだな。


「誠に残念ながらそうです」

「でもあの人って」

「誠に残念ながら禅優寺さんの想像通りです」

「マジで……え、でも前に学校で……え?」


 ああそうか。

 禅優寺は気付いてしまったのか。


「ちょっと玲央、あの人ってまさか」

「氷見さんもお気づきになられてしまいましたか」


 マジで大丈夫なのか。

 これまで頑なに隠して来たのに。


「嘘でしょ……まさか玲央のお姉さんがあの『レオナ』だなんて」


 レオナ。

 それはクソ姉貴のモデルとしての名前である。


 若い女性に絶大な人気を誇るカリスマモデル『レオナ』。

 怠惰ではしたなく弟の嫌がらせをすることが大好きな人格破綻者『春日玲』。


 この二人は同一人物である。


 俺は以前教室で姉の失態を叫んだことがあり、禅優寺もその話を耳に入れていたはずだ。

 それゆえレオナと俺の姉が同一人物であることに気付き衝撃を受けているのだろう。

 まさかあの『レオナ』がそんな人物だったなんて、ってやつだな。


「兎ちゃんとは仲良くなれる気がするわ」

「私もですぅ」


 栗林はファッションに興味が薄いからか気付いて無さそうだな。

 というか仲良くなるな、マジで離れろ!


「貴方が都江美ちゃんね」


 今度はこっちに来たか。

 寮生に挨拶するつもりだったのかな。


 非常に腹立たしくはあるが、そもそも寮父の話は姉貴が言い出したことだ。

 時間が出来たから挨拶がてら様子を見に来たと言うのも変な話では無い。

 本来は事前に俺に連絡するものなんだがな、チクショウ!


「申し訳ありません! 私のせいで春日さんを危険な目に逢わせてしまいました」


 まぁ気にしてるよな。

 責められて喜んでいるのも、内心では俺に対して申し訳ない気持ちがあるからなのだろう。


 そうだよな。

 お願いそうだと言って。

 正気で露出魔になっているわけではないと信じさせて!


「話は聞いているわ。あなたはな~んにも悪くないから気にしない事。むしろもっとスマートに助けなさいって玲央を叱ってやれば良いのよ」


 おいコラ。

 俺自身もそう思わなくはなかったが、そこまではっきり言うのは流石に酷くね?


「そんなこと出来ません!」

「ふふ、そうね。あなたは叱られる方が好きそうだものね」

「はい!」


 そこ、元気良く返事しないの。


「でも玲央はどちらかと言うとMだから相性が悪いのよね」

「大丈夫です。十分良くしてもらってますから」


 待て待て。

 ツッコミが追いつかないぞ。


 誰がMだ。

 良くしてもらってるってどういうニュアンスで言ってやがる。


「それなら良かった。遠慮すること無いから全力でやりなさい」

「はい!」


 唆すなああああ!


「それはそうとあなた肌がとても綺麗ね。顔立ちも良いし、男子が放って置かないのではないかしら」

「はい! だから早く玲央に汚してもらいたいと思ってます」


 汚すとか言うな。

 ヤバイ会話になりつつあるから割って入って止めるぞ。


「姉貴」

「お・ね・え・ちゃ・ん、でしょ?」

「ぎゃああああ!お姉……ちゃん。禅優寺さんにも挨拶しないのか?」


 アイアンクローが痛かったが何とか話を逸らすことには成功した。


「そうね。あなたは栄理ちゃんだったかしら」

「は、はい!」


 禅優寺のやつ緊張しているな。

 ファッションには人一倍拘りがありそうだから、憧れの人だったりするのかもな。


「緊張しなくても良いのよ。それとも玲央の前の方が緊張するかしら」

「ふぇ!?」

「恋するって良いわねぇ」


 こいつ禅優寺がその手の話題に極端に反応するの分かっていてわざと煽ってやがるな。


 このままやられっぱなしなのも癪だから少しだけやり返してやる。


「お姉……ちゃんに恋なんて分からないでしょ。彼氏居たこと無いんだから」

「あら知らないの。彼氏なら居るわよ」

「嘘だ。見栄張ってるだけだろ」

「嫉妬してるのかしら」

「まさか」


 ここで動揺したら相手の思うツボだ。

 冷静に嘲笑してやる。


 姉貴に彼氏なんか出来るわけが無いんだ。

 仮に居たとしてもすぐに本性に気付いて別れることになるだろうさ。


「というか玲央には言ったこと無かったんだっけか。お父さんもお母さんも知ってるわよ」

「え?」

「ほら、この人よ」


 姉貴はスマホを取り出して写真を見せて来た。

 優しくて真面目そうな男性が映っていた。


「あのさ、お姉……ちゃん。こんな人が良さそうな男性を騙したらダメだよ」

「酷い事言うわね。彼は私の素も知ってるわよ」

「は? 知ってる?」

「彼の家にお泊りしたこともあるからね。玲央程じゃないけれど家事が得意なのよ」

「という妄想でしょ」


 あるいは俺みたいに弱みを握って脅したとか。

 こんな人格破綻者にまともな彼氏が出来るわけが無いのだから。

 それとも世の中には見た目さえよければ中身を気にしない人が多いのだろうか。


「そんなに信じられないなら処女膜が無くなってるのを見せてあげようか?」

「ぶふぅ!」

「昔は毎日のように見ていたじゃない」

「息を吸うように嘘を言うな!」


 実姉の処女膜を毎日見ていたとか、どう考えてもヤバイ奴じゃないか。

 人前でそんなこと言わないでくれ。


「あはは、そういうことなんだ」

「ぜ、禅優寺さん?」


 ここ笑う所か?

 ドン引きなら分かるが。


「ごめんごめん、レオっちが言ってたことの意味が分かってさ」

「へぇ、どんなことを言ってたのかとても興味があるわ」

「禅優寺さん、夕食は君の好きなメニューにしようか」


 姉の本性を学校でばらしてしまったなんて知られたらどんな折檻をされるか分かったもんじゃない。

 それが回避出来るなら禅優寺にすり寄った方がマシだ。


「あらそんなんじゃダメよ。栄理ちゃん、こういうチャンスが来たら積極的に攻めるのよ。例えば一緒に寝ようとかね」

「ね、ね、ね!?」

「玲央はヘタレだから強く強くよ」

「もう良い加減帰ってくれ!」


 これ以上こいつを自由にさせてはならない。

 もう致命的な状況になっている気がするが、こいつは最悪な状況を更に悪化させる悪の限界突破をしでかす女だからな。


「帰らないわよ。だって私しばらくここに住むから」

「は?」


 聞き間違いだよな。

 きっとそうに違いない。


「玲央の部屋に住むから、いつもみたいによろしくね」

「はぁああああ!?」


 待て待て待て待て。


「俺の部屋に住むってどういうことだよ。寮母やるなら俺は実家に帰るぞ」

「何言ってるの、私が出来るわけないじゃない」


 そんなの良く知ってるわ。


「ここは学生寮だから学生以外は住めないぞ」

「だから玲央の部屋に住むんじゃない。そこは学生じゃなくても良いでしょ」

「ぐっ……いや、俺の部屋は一人暮らし用だから二人はきついぞ」

「あはは、玲央は別の場所で暮らせば良いのよ」

「なんでだよ!」


 意味が分からねーよ!


「そうだ、せっかくだからみんなの部屋に住めば良いじゃない」

「おい止めろ」

「住み込み執事。夜のお世話もします、な~んてね。えっちぃことしてても良いけど私の世話を忘れないでよね。でも下の世話は彼氏にお願いするからダメよ。それとも久しぶりに世話したい?」

「止めろって言ってるだろうがああああ!」


 いきなりやってきて部屋を追い出した上に寮父も続けて自分の面倒も見ろと。

 ふざけんな!


「か~す~が~さ~ん」

「ひいっ」


 この声は栗林。


「うえるか~む」

「絶対嫌だああああ!」


 だれかたすけて!

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