粗大ごみで引き取ってくれませんかね

1. 地獄の始まり

 夏休み。


 それは学生にとって最長の自由期間でありフィーバータイムだ。


 毎日のように友達と遊ぶも良し。

 旅行に行くも良し。

 引きこもってゲーム漬けも良し。

 夏のイベントを堪能するも良し。

 恋愛にのめりこんでも良し。

 一切遊ばず勉強に打ち込んでも良し。


 ごく稀に学校に行く方が良いと言う人も居るが、基本的には青春を謳歌する絶好のタイミングだろう。


 だが俺にとっては苦難の日々の始まりでもある。


 青春、恋愛、閉じられた世界(寮)。


 寮生たちが攻勢を強めるのは明らかなのだから。


 だから俺は一計を案じた。


「レオっちは夏休みの予定あるの?」

「寮の管理を代理の人にお願いして実家に帰るつもりです」

「「「!?」」」


 ふはははは、逃げれば良いのだよ。


「そんなのダメですぅ! 春日さんが居なくなったら生きていけないですぅ」

「生きて下さい。怠惰な生活を見直す良い機会ですよ」

「過去は振り返らない主義なんですぅ」

「過去に拘らないのなら私のこれまでのお世話を忘れて未来に進めますよね」

「ぐうっ」


 リアルでぐうの音が出てちょっとおもろい。


「玲央の突っ込みが無い夏休みなんて地獄よ」

「突っ込みたくて突っ込んでいるわけでは無いのですが」

「こうなったら既成事実を作るしか」

「だから脱ぐなって!」

「そう、それよ!」


 まったくこいつは……

 夏だから下着が透けて見えるほどの薄着なんだよな。

 もし夏休みの間にずっと一緒だったらそれがより悪化してクソ姉貴と同じで下着でうろちょろするようになりそうで怖いわ。

 まだ羞恥心が残っている分マシだが、それが無くなったら人間として終わりだぞ。


「レオっち帰っちゃうんだ」

「ええ、禅優寺さんもお帰りになってはいかがでしょうか」

「そだね。でもうさぴょんとえみりんが二人きりになって寂しくなっちゃうからそんな薄情な事は出来ないかな~」

「……そうですね。代理の管理人さんに仲良くするようにお願いしておきますね」

「ちぇっ」


 おお怖い怖い。

 暗にお前は薄情だという意味を含ませて良心に訴えかけて来たか。

 栗林や氷見のような強引な手段も嫌だが、俺の弱点を的確に狙って攻撃して来る禅優寺もかなり怖いわ。


「お三方から何を言われようとも、すでに両親に話をして臨時の人も見つかりそうとのことなので近日中にはお暇を頂きます」

「「「え~」」」


 ブーイングが心地良いぜ。


 おや、丁度このタイミングでお母さんからメッセージが来たな。

 多分帰省の話だろう。


 どれどれ。


 ……

 …………

 ……………………


「帰省は……取りやめにします」

「「「!?」」」


 チクショウ!

 神様はなんて酷いことをするんだ!

 こんなのあんまりだ!




『玲も戻って来るって連絡があったんだけど、あんたそれでも帰って来るの?』




 あんのクソ姉貴いいいいいいいい!

 俺に楽をさせないためにわざと夏休みのタイミングで戻って来たに違いない!


――――――――


「レオっち何してんの?」

「暑いから寄らないでください」

「酷っ! 女の子にそれは無いんじゃない?」

「夏だからしょうがないでしょう」


 夏休みにコミュニケーションルームの模様替えでもしようかとレイアウトを考えていたら禅優寺が体を寄せて話しかけて来た。

 彼女はスキンシップ多めでアプローチして来るが、過度なのは姉貴を思い起こしてしまうんだよなぁ。

 暴力では無いからマシではあるが。


「それに友達と遊びに行かなくても良いのですか?」

「良いの良いの。その辺は気にしないで」

「そうですか」


 家族との和解前は人恋しい想いにより友達と遊びまくっていたので、禅優寺の友人達は彼女の事をかなりの遊び好きだと思っているはずだ。

 それなのに突然付き合いが悪くなったら何かあったのかと邪推されるのではと少し心配していたが、この調子なら気にするだけ無駄だったか。


「ふふん、やっぱりレオっちは優しいね」

「いつも外出されているから今日もされるのかと思っただけです」

「ふーん、そっかー」


 今すぐそのにやけ顔を止めろ。

 嬉しそうにするんじゃない。


「それで本当に何してんの?」

「部屋の模様替えをしようかと考えてまして」

「模様替え? 今のままで良いんじゃない?」

「やってみると案外気分が変わるものですよ。皆さんもやってみたらどうですか」

「……」

「……」

「……」


 コミュニケーションルームに集まっている寮生たちの方を見ると凄い勢いで顔を逸らしやがった。

 面倒なのは分からなくはないが、少しくらい考えても良いだろうが。


「春日さんがやって下さいですぅ」

「それなら全部庭に出しますのでこれからは外で生活してくださいね」

「酷いですぅ!」


 何で俺が皆の部屋の模様替えを手伝わなきゃならんのだよ。

 掃除とベッドメイクだけでもやりすぎなのに。


「そんなことより玲央、夏休みには寮のイベントとか無いのかしら」


 露出魔が話を逸らしたな。


「寮のイベントですか?」

「ええ、寮だと何かしらイベントがあるものだと聞いたことがあるのよ」


 ちっ、気付きやがったな。

 確かに氷見の言う通りで、ここは学生用マンションでは無く寮なのだ。

 コミュニケーションルームがあることから分かるように『コミュニケーション』を深めるためのサービスやイベントがあるのは変な話では無い。


「そうですね、今ならイベントを開催しても良いかもしれませんね」


 彼女達が俺を敵視している時にはイベント開催など考えられるはずもなかったが、今ならば寮生たちの仲が良く俺への印象も改善されているため寮父の仕事の一環として考えても良いだろう。


「春日さんに何でも言う事を聞いてもらえるイベントが良いですぅ」

「赤点ギリギリの人がいるようですし、夏期講習にしましょうか」

「ぎゃああああ! 人でなしがいるですぅ!」


 ふざけた事抜かすからだ。

 つーか今でも十分に聞いてやってるだろうが。


「それならゲーム大会とかはどうかしら」

「ゲーム大会ですか」


 氷見にしては案外普通の提案だな。

 ただ、確かにゲーム大会はイベントとしては王道だが、この寮だと微妙なんだよなぁ。


「どうして浮かない顔をしているの?」

「人数が少なすぎて『大会』って感じにならないかなと思いまして」


 寮生が三人しか居ないので、普通にゲームをして遊ぶだけな感じになってしまうのだ。

 特別感がほとんど無いのにイベントと呼んでも良いものだろうか。


「それならゲームの内容を普段はやらないようなものにすれば良いのよ」


 なるほど、確かにそれならイベント感が出るかもしれない。


 普段はやらないようなゲームか。

 どんなものがあるかな。


「例えばこんなゲームが良いって案はありますか?」

「王様ゲーム」


 聞いた俺が馬鹿だった。

 そういう流れに持って行きたかったのは明白だっただろうが。


「後はポッキーゲームとか野球け」

「こっちで何か考えておきますね」


 これ以上は言わせねぇよ!?


「ねぇねぇレオっち」

「何でしょうか?」


 禅優寺も変なアイデアを提案するつもりなのかと思ったが、そうではなかった。


「どんなイベントでも良いんだけど、レオっちも参加して欲しいな」

「皆さんのためのイベントですから私は裏方ですよ」

「ダメに決まってるっしょ。こうして一緒に暮らしているんだから一緒に遊ぼうよ」

「でも私は寮父ですし、そういうわけには」

「頭が固すぎるって! 良いじゃん、私達が仲良くしたいって言ってるんだからさ」


 仲良くしたい、か。

 これまで婉曲に気持ちを押し付けられてきたけれど、こうして素直に言われたのは案外初めてだったりする。


「急に黙ってどったの?」


 自分が何を言ったのか気付いていないのか。

 栗林と氷見は気付いていて驚いているのにな。

 なるほど、禅優寺は案外ポンコツ要素もあったと。


 禅優寺はチャラく見せているだけで本当は計算高くて頭が良い人物だという事はもう分かっている。

 両親への構ってちゃんモードが解除されたからか、期末テストを真面目に解いて成績が爆上げになり成績上位者に入り込んで友達を驚かせてたからな。


 狙ってポンコツを装っている可能性も無くは無いが、素直に感情が出てしまい顔を赤くして動揺するタイプだからすまし顔の今はそれはないだろう。


「仲良くしたいのならまずは生活を改善することをお勧めしますが」

「え、あ、え、う、あ……」


 自分が何を言ったのかにようやく気付いたようだ。


「(あ、ああ、あたしったら何言っちゃってるの!? でもそうか、生活態度を変えれば仲良くしてくれるんだ。でもうさぴょんとえみりんは諦めないで誘惑するよね。どうしようどうしよう。無理して二人に合わせるの止めた方が良いのかな。でももしも誘惑が成功しちゃったら私だけ置いてかれちゃう。夏休みは二人とも過激に迫るつもりみたいだし、ああもうどうすれば良いの!)」


 何やら考え込んでしまっているな。

 節度と恥じらいを持って年頃の女性として普通に生活してくれれば良いだけなのに、そんなに難しい事なのだろうか。


「とにかく、イベントについては無難なものを何か考えておきます」


 三人とも不満顔だが絶対にお前らの案など通さないからな。

 俺だって夏休みを満喫したいんだ。

 お前らに振り回されるだけの夏休みなんてごめんだぜ。


 なんて思っていたら突然コミュニケーションルームの入り口が強く開け放たれた。




「お姉ちゃん登場! 最高のイベントの幕開けよ!」


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