6. ツンデレって言うな

「朝ですよー! 起きてくださーい!」


 まだ寝ている栗林・・の部屋に侵入し、彼女のベッドに近づき柔らかい体を掛布団の上から触って優しく揺らす。

 などと言うことは絶対にしない。


 入り口を少しだけ開けてそこから不快な金属音をかき鳴らして強引に起こす。


「むぅう……優しく起こしてですぅ」

「起きてくださーい!」

「分かった。分かったからそれ止めて下さいですぅ」

「二度寝したら明日から起こしませんからね」

「こんな起こし方は嫌ですぅ」


 これでも譲歩しまくってるんだ。


 彼女達のあまりの攻勢に折れてしまったのだが、それと引き換えに好感度がダダ下がりになっていることに気付いていないのだろうか。


「朝ですよー! 起きてくださーい!」

「この雑な感じ……いい……」


 氷見・・はうわごとのように妙な事を呟いているけれど、これでいつもちゃんと起きているから問題無い。


「朝ですよー! 起きてくださーい!」

「おはようれおっち」


 禅優寺・・・は声をかけると速攻で目が覚めるらしい。

 あまりにも目覚めが良いから本当は起きているのではないかと疑ったが、どうやら本当に俺の声掛けで起きているとのこと。

 普段は寝起きがかなり悪いのだが、俺に起こされると直ぐにはっきりと目が覚めるから続けて欲しいと力強くお願いされてしまった。

 両親に証言して貰ったりとかなり必死だったのだが、何が彼女をそこまで突き動かすのか。


 三人を起こしたらコミュニケーションルームに戻って朝食の準備だ。

 お弁当の準備も並行して行っているとまずは栗林がやってきた。


「眠いですぅ」


 こいつ、ついにパジャマのままで来やがった。


「例の奴をくれですぅ」

「かしこまりました」


 例の奴とは温かいホットミルクのことだ。

 寝起きにそれを飲むのが彼女の目覚めのルーチンらしいが、それはともかくこいつの態度が一番図々しいんだよな。

 甘えているのだろうが、俺の都合とか気にせずに要望をガンガンいう所がクソ姉貴に似ていてとてもイラっとする。


「おふぁよう」


 次にやってきたのは氷見か。


「…………」

「…………」


 こいつは何故か俺に下着を見せたがる。

 今は六月に入った頃で朝方はまだ少し肌寒いのに、かなりの薄着でシャツの右肩をずらしてブラチラさせている。

 俺への好意があるからこその誘惑なのだろうが、やり方が妙に汚らしいんだよな。

 クソ姉貴の下着を隠そうともせず見せつけてくる感じを思い出してとてもイラっとする。


「レオっち、おはよう」


 最後は禅優寺か。

 彼女は寝起き感など無くて今から外出しても問題無い程に身だしなみを整えている。


「(あれ、うさぴょんがパジャマのままだ。もっと気を許している感を出した方が良いかもって昨日アドバイスしたからかな。春日君の反応は……うう、よく分からないよ。氷見さんの下着見せも効果無さそうかな。よし、もっと激しくやるように勧めてみようっと。でもでもそれで春日君が反応したら私もやらなきゃダメなの? そんなの無理~!)」

「禅優寺さんどうかしました?」

「う、ううん。なんでもな~い。それより今日の朝ごはんは何々~?」


 三人の中では一番まともで素直に俺に好意を示してくれる彼女ではあるが、実は一番の問題児だと俺は睨んでいる。

 というのも、栗林と氷見のあり得ない提案を却下しないどころか裏で強力に支援している節が見られるのだ。

 自分は直接手を汚さずに栗林と氷見にアドバイスをしてこの狂った環境をより汚染させようとしているように見える。

 姉貴は裏方で動くようなことはせずに直接行動して来るため、この点に関してだけは姉貴とは違うやり方のためイラっとはしないが怖い。


 俺に対する対応は三人それぞれ特徴があるが、だらしないところと俺に対する態度が強硬なところが姉貴に似ているから俺からの好感度は決して上がってはいない。


「あるぇ? 今日の朝ごはん少し多くないですかぁ?」

「昨日の話を覚えていませんか。今日は球技大会だから朝食をいつもよりもしっかり食べるようにとお話しましたよね」

「あぁそうでしたぁ。球技大会面倒ですぅ」


 栗林はイメージ通りにスポーツが好きでは無いようだ。

 氷見は可もなく不可もなく。

 禅優寺はチームスポーツなら好きとのこと。


「玲央は応援に来てくれるのかしら」

「いや、別のクラスの応援には行きませんよ」

「ならあたしは応援してもらえるのかな」

「…………男子連中とそういう話の流れになれば」

「ヘタレですぅ」


 何故そこでヘタレ扱いになる。


 男子はグラウンドで、女子は体育館で試合が行われる。


 だから女子の応援に行くという事は、女子だらけの体育館に入るという事だ。

 そこに個人で応援に行こうものなら、狙いの相手がいるか単に女子を見に来たと思われるのがオチだ。

 クラスの仲間を応援するという体にしなければ、白い目で見られるかもしれないというのに行けるかよ。


「あたしは応援しに行くからね」

「そうですか、ありがとうございます」

「ぶーぶー、反応がつめたーい」


 むしろ来ないでくださいって言いたいくらいなんだが。

 俺は二軍チームだから弱いし直ぐに負けるしボコボコにされるだろうし、そんな姿を見せたいわけが無い。


「どうして玲央と違うクラスなのかしら」

「ほんそれですぅ」


 俺としては別のクラスで本当に良かったよ。

 今の所は俺との関係を疑われることはしていないようだが、同じクラスだったらボロを出さないか不安でならない。


「ねぇ、玲央って体操服女子って好き?」

「ぶふぅ!」


 朝っぱらからいきなり何を聞いて来やがる。

 夜でもアウトだが。


「栗林さんに聞いたことがあるのよ。男子って女子の体操服姿によくじょ」

「ストップ! そろそろ準備しないと遅刻しますよ!」


 これ以上は話をさせてはならない。

 単に話の内容がよろしくないだけではなく、似た話を昨日騒介としていたから思い出して顔に出てしまいそうだったからだ。


『明日は球技大会か。楽しみだな』

『あれ、てっきり騒介は嫌なのかと思った』

『試合に出るのは嫌だけど女子の体操服を合法的に見られるじゃないか』

『お前は現実女子にも興味があったのか』

『当然だよ。体操服女子とか最高にエロいじゃん。二次元みたいにあざとくないのにエロいのが神がかってるよな』

『おいコラ』

『だって布の質感ヤバくね? 女子の柔肌をあの柔らかな布が覆ってるんだぜ。興奮するよな』

『お前の性癖は分かったが、その話はもうするな。他人に聞かれたら俺も同じ性癖だと勘違いされかねん』

『玲央だって好きな癖に』

『……うるさい』

『今の妙な間はやっぱり』

『うるさい!』


 好きとか嫌いとかじゃなくて騒介の表現を思わず想像しちまったんだよ。

 あいつのせいで女子の体操服姿を見たら邪な考えが浮かんでしまいそうで困る。

 そんな状態なのにこいつらの応援になど行って顔に出てしまい、こいつらに気があるなどと勘違いされたらたまったもんじゃない。


 こんな邪悪な考えは頭から追い出して仕事だ仕事。


「ああそうだ、部屋に戻る前に一つお伝えしておきます。武田さんにお願いして帰ったら直ぐにお風呂に入れるように準備してもらいますから」


 汗を早く流したいだろう。

 出来れば俺も早く入りたいが、そんなことを言ったら氷見辺りが爆弾発言をしそうなので絶対に言わない。

 というかこいつら、俺が風呂に入っていると中に入ろうとしてきたり、敢えて未使用の看板にしたまま風呂に入ったりとやることがえげつない。


 俺がその手の露骨な性的アプローチを喜ばない人種だといい加減気付かないものだろうか。

 いや、まぁ、やり方や相手が良ければ大喜びするがな。


「玲央は本当に気が利くわね」

「レオっちは優しいから」

「いえ、これも仕事ですから」


 寮生が快適に過ごせるように行動するのも寮父の役目だ。

 というか、そう言って俺を説得して朝起こさせようとしたのはお前らだろ。


「またそんなこと言ってるですぅ」

「お仕事だからって普通はそこまでしませんよ」

「そうそう、レオっちは何だかんだ言って甘いからね」

「…………」


 俺が優しい?

 はは、何を馬鹿なことを。


 ただやらなきゃならない状況に追い込まれているからやっているだけだ。

 後はあのクソ姉貴に脅され慣れてしまったせいで、強く言われると断れないという弱さがあるのかもとも思っている。


 どっちにしろ俺は優しいわけじゃ無いぞ。

 寮生たちに手を差し伸べたのも、自分がここで快適に過ごすためという自分勝手な目的のためだ。


 俺の事を全く分かってないな。




「いや、玲央はめっちゃお人好しだろ」

「は?」


 球技大会で試合待ち中、優しいだなんて言われて困っていると少しぼかして騒介に相談したら、騒介までもが妙な事を言いやがった。


「だって俺と友達になってくれたじゃないか。初対面の時、俺めっちゃきもかっただろ。このままじゃ俺が孤立するって思って同情して友達になってくれたんだろ」

「はは、なわけねーだろ。後ろの席の奴だから仲良くしとかねーとって思っただけだよ」

「なんて言っていつも照れ隠しするんだよな」

「はぁ? 俺がいつ照れ隠ししてるんだよ」

「弁当褒められた時とか、テストの成績を褒められた時とか、それ以外にも褒められたりお礼を言われたりすると大体照れ隠しして誤魔化すよな。あるいはお礼を言わせないような会話に持って行こうとするよな」

「おいおい、気のせいだって。買いかぶりすぎだよ」


 つーか騒介にそんなこと言われたら気持ち悪いわ。

 俺達の関係ってそんな青春っぽいものじゃないだろうが。


「今だって照れ隠ししてどうやって話を誤魔化そうか考えてるだろ」

「はは、ねーよ」

「玲央はツンデレだからな」

「ツンデレって言うな」


 誰がツンデレだよ。

 まったくどいつもこいつもふざけたことぬかしやがって。


「前の試合が終わったみたいだな。行くぞ騒介。凹られろ」

「はいツン頂きましたー」

「俺守らねーから全力でぶつけられやがれ」

「ちゃんと守って!?」


 騒介は動きたくないと喚いていたのでキーパーだ。

 相手チームには体格の良い運動部が多いから当てられて苦しむが良い。


 俺は俺でやることがあるんだよ。


 不思議なことに寮に住み始めてギスギスした中で暮らしていた時よりも、寮生たちに妙なアタックをされている今の方が精神的に遥かに辛い。

 こっちにその気が無いのと、その気を出したら世間体がヤバイ環境なのと、彼女達のだらしなさや強引さがクソ姉貴を思い起こすことが原因なのだろうか。


 挙句の果てにはツンデレ呼ばわりだぞ。

 ツンデレって言ったのは騒介だが、彼女達も同じことを絶対に思っているだろう。


 誰がツンデレだ!


「パスよこせ!」

「お、おう」


 やる気のない二軍チーム。

 相手は運動部が多い一軍チーム。


 虐殺されて終わらせるつもりだったが、気が変わった。


「うおおおおおおおお!」


 相手がガードしているところに強引に特攻して無理矢理シュートする。

 当然入らないが、全力を振り絞っての強引なプレーが滅茶苦茶気持ち良い。

 叫ぶのもスカっとしてストレス発散になるな。


「もう一回だ。とりあえず俺にパスをくれ」

「お、おう」

「うおおおおおおおお!!」


 もやもやする行き場の無いストレスを力に変えて、バーサーカーのように攻め続けた。


 だが俺はその姿を応援に来ていた寮生たちに見られていることに全く気付いていなかった。







「ワイルドですぅ」

「あんな風に攻められたぁい」

「格好良い……」

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