5. それは等価交換とは言わない

「それでお願いしたい事とは何でしょうか」


 夕飯を食べて一段落してから先ほどの栗林さんの話を聞いてみることにした。

 どうにも嫌な予感しかしないが、寮父としてお願いされたら無視は出来ないからだ。


「忘れてたですぅ」


 忘れてたんかい!

 なら大した話じゃないのかな。


「お弁当を作って欲しいですぅ」

「はい、構いませんよ」


 なんだそんなことか。

 それは寮のサービスの内に入っているから全く問題無い。

 むしろ自分の分だけよりも複数人の方が作り慣れているから助かるわ。


「それと朝ごはんも食べたいですぅ」

「はい、構いませんよ」


 それも寮のサービスの内に入っているから問題無い。

 でも朝起きれるのだろうか。

 作る準備したけど食べに来なかったというのは食材管理が面倒になるから止めて欲しいんだけどな。


「だから朝起こして欲しいですぅ」

「おいコラ」


 思わず素でツッコんでしまったじゃねーか。


「それはモーニングコールが欲しいということでしょうか」


 サービス外だがそのくらいならやってあげても良いか。


「電話だと起きられないので体を激しく揺さぶって起こして欲しいですぅ」

「おいコラ」


 またツッコんでしまったじゃねーか。


「あのですね、寝ている女性の部屋に私が入るなんてあり得ないでしょう」

「私は気にしないですぅ」

「気にしてください。それに栗林さんが良くても皆さんの部屋がある階に私が入るのは他のお二人が気にするでしょう」

「そこは大丈夫ですぅ」

「え?」


 大丈夫なの?

 マジで?


 禅優寺さんを見る。

 しおらしく顔を赤らめて俯いている。


 氷見さんを見る。

 汚い笑みを浮かべて何度も激しく首を縦に振っている。

 あなた本当に誰ですか?


「いやいや、大丈夫じゃないでしょう」

「大丈夫よ。だから私も起こして頂戴」

「は?」

「少しぐらいなら見逃すわよ」

「おいコラ」

「むふ」


 何を見逃すって言うんだよ!


「わ、私も起こして……欲しい……かな」

「禅優寺さんまで。いやいや、あり得ないでしょう」


 女性の部屋に入るだけでも問題なのに、寝ている女性の部屋に入って体に触れて起こす?

 意味が分からないよ。

 君達少し前まで俺に対してどんな態度だったか覚えてる?


「家ではお祖母ちゃんが起こしてくれたですぅ。ここでも起こして欲しいですぅ」

「自力で頑張りましょうよ」

「嫌ですぅ」


 しつこい。

 だが俺は絶対にやらんぞ。


 つーか、敢えて誘い込んで動画にでも撮って俺を脅す気じゃないだろうな。


「どうしても嫌ですかぁ?」

「無理ですね」


 そういうのは男が幼馴染の女の子にやってもらうものなんだ。

 逆などありえん! 


「なら条件を出すですぅ」


 全然退かないな。

 やはり栗林さんは人畜無害を装っているだけの狼だったか。


「春日さんもお風呂に入って良いですぅ」

「は?」

「お風呂入りたくないですかぁ?」

「入りたいですが……」

「やっぱりそうですよねぇ。JKの出汁がたっぷり出たお風呂に入りたいですよねぇ」

「おいコラ! 俺を変態みたいに言うな!」


 あまりに酷い表現にドン引きなんだが。

 なんだよJKの出汁って。

 こいつまさか商品化するつもりじゃねーだろうな。


「ぷしゅう」

「はぁはぁ、私の残り湯を玲央が……」


 二人もそこは拒否してくれよ!


「春日さんはお風呂を色々な意味で堪能出来る。私達は起こしてもらえる。等価交換ですぅ」

「それは等価交換とは言わない!」


 俺のメリットに対するデメリットが大きすぎるじゃねーか。

 特にメンタルがガリガリと削れてしまう。

 人によっては何も気にせず喜んでやるかもしれないが、俺は常識人だからそんな危険なことは絶対にしないぞ。


「春日さんは本当に男子ですかぁ。こんなに綺麗どころの女の子三人が好き放題して良いってアピールしてるんですよぉ」

「逆の立場で考えたら怖いと思いませんか?」

「思いますぅ!」


 怪しすぎるわ、何かあったら大問題だわ、ハニートラップの気配があるわで、怖すぎてたまらない。

 しかもお前そのこと気付いているじゃねーか!


「でも本当に大丈夫ですよぉ? それにもしここで断られたら……」


 そこで言い淀むなよ!

 弱みを握って脅してでもやらせようとしてるんじゃねーだろうな。


「まぁまぁ栗林さん。流石に最初からそんなに要望するのは無茶よ。玲央だって困ってるじゃない」


 ここで突然真面目になるのかい。

 それはそれで怪しいんだけど。


「徐々に慣れて貰えば良いと思うの」

「いや、慣れませんから。やりませんから」

「でも廊下の掃除くらいはお願いしても良いでしょう?」

「ま、まぁそれはサービス範囲内ですから、本当に皆さんが問題無ければ」


 彼女達が嫌がるだろうと思い二階の掃除は武田さんにお願いしてあるが、自分で出来るならばそれにこしたことはない。


「それならまずは・・・ついでに私達の部屋も掃除してくれないかしら」

「おいコラ」

「デュフ。玲央は少し考えすぎなのよ。女子は別に全ての男子をシャットアウトしているわけじゃないのよ。玲央なら問題無いわ。私達がもう玲央の事を敵視していないことに気付いているのでしょう」

「それはまぁ……」


 気付いているどころかビンビンに感じ取ってますが。

 見ないふりが出来ないくらい好感度が跳ね上がっているのを実感してますが。

 そもそもこんな要望が出る時点で好感度なんてぶっ壊れている。


「だから気にせず掃除して頂戴」

「仮に氷見さんの話が本当だったとしても掃除するのはおかしい」

「だって玲央は掃除が得意じゃない。玲央の部屋が凄い綺麗で羨ましいって思ってたの。だから玲央に部屋を掃除してもらいたいのよ」


 ぐっ……氷見さんは理詰めで来るタイプだったのか。


 女性の部屋に入ることは相手が了承しているから問題無い。

 年頃の女子と言えども男子を部屋に入れるのは必ずしも異常ではない。

 俺が掃除が得意だから綺麗にしてもらいたいと思うのは当然のこと。


 そう言われると女性だからとか寮のサービス外だからと拒絶するのは無理がある。

 後は俺がやってあげたいかどうかという気持ちの問題だろう。


 気持ちの問題か。

 なら答えは決まっている。


「お断りします」

「この流れで!?」


 いや、だからさ、君達の俺への評価は良くなったかもしれないけれど、俺からの評価はそんなに良くないんだけど。

 あれだけ敵視されて色々やられて、そう簡単に割り切れるわけが無いだろう。

 それにまだ何かの罠にかけようとしているのではと疑っているし。


「こうなったら玲央の部屋に押しかけて一緒に住もうかしら」

「はぁ!?」

「良いアイデアですぅ!」


 何喜んで賛成してるんだよ!


「そんなの無理無理無理無理。でもここで退いたらリードされちゃうし……」


 禅優寺さんは小声で何か呟いているようだけれど、二人を止めてくれませんかね。


「とにかく、廊下の掃除と朝食提供とお弁当作りはやりますが、それ以外はやりませんからね」


 そう思っていたのになぁ……


――――――――


「玲央、ちょっと来て頂戴」

「いやだから何もしないって……汚っ!?」


 二階の廊下の掃除をしていたら氷見さんが自室の扉を開けて部屋の掃除をお願いしようとしてきた。

 断固拒否しようと思ったのだが、チラリと見えた部屋の中があまりにも汚くて思わず声を挙げてしまった。


 ゴミや脱ぎ散らかした衣服が散らかっていて、床の大部分が見えない感じになっている。


「ゴミはちゃんと出しましょうよ。やつが出ますよ」

「だから掃除してよ。お願い」


 うう、絶対に断るつもりだったけれど、これだけ酷い部屋を見ると片付けたくなる。

 家事好きの血が騒ぐぅうううう。

 まさかそれを狙ってわざと汚し……てるわけじゃないな。

 昨日今日で準備したにしてはゴミの量が多すぎる。


「ジト目も良いわね……」


 ああもう仕方ないなぁ。


「はぁ、少しだけ手伝いますから一緒に片付けましょう。見られたくない物無いですよね」

「むしろこの部屋の有様を見せたくないわね」

「確かに」


 自覚あったのかよ。

 素で照れてるな。

 その勇気に免じて今日だけは片付けてあげようか。


「ゴミは分別してこのゴミ袋の中に入れましょう。服は自分で処理してください」

「気にしないで触って良いわよ」

「……なら邪魔な服だけベッドの上に乗せますので自分で片付けて下さい」

「むしろ畳んでくれないかしら。それにほら、玲央が部屋でやってたあの皺取りとかやってくれると嬉しいなーとか」

「アイロンですか? こんな風に雑に扱うから皺だらけになっちゃうんですよ。そもそも床に置かれているから汚れているでしょうし洗濯しましょう。アイロンは干してからかけますね」

「やった」

「やった、じゃないですよ。この有様は流石にドン引きですよ」

「う、うん……」


 良くこんな汚部屋を気になるおとこに見せる気になったな。


「それにしても良くここまで…………」

「…………」

「…………」

「…………」


 何故突然沈黙してしまったのか。

 それは下着ショーツを発掘してしまったからだ。


 下着も床に放り投げている。

 そんな馬鹿な。


 だってこんなにも汚れている下着を履こうとは思わないだろう。

 しかもその下着はいわゆる使用済とは思えない雰囲気のものだ。


 新品を床に放り投げて使えなくしている。

 流石にそれは無いだろう。


 ということはこれは意図的にここに置いてあるということだ。


「ギルティ」

「ぴえん」


 こんなことしたって俺は氷見さんを意識するどころか汚らしいイメージしか湧かなくて好感度ダダ下がりだって。

 どうしてそれが分からないかね。


「あー! ずるいですぅ!」


 うわ、面倒なことになった。


「私の部屋も掃除するですぅ!」

「え、ええと、あ、あたしの部屋もやってね!」


 結局俺は彼女達の狙い通りに部屋を掃除することになりそうだ。


 ちなみに栗林さんの部屋は氷見さん以上にガチな汚部屋でクソ姉貴の部屋にとても似ており、禅優寺さんの部屋はゴミ箱の中身をぶちまけたかのような慌てて作った感が満載の微妙な汚部屋だった。

 いやいや、綺麗ならそのままで良いだろ!


「うう、恥ずかしいけど二人と同じことやって貰わないと差が付けられちゃう」


 作業中に禅優寺さんが小声で何か呟いていたけれど、何か理由があるのかね。

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