4. 禍々しい声が聞こえる
『時は来たですぅ!』
はっ!
「急に立ち上がってどうした?」
「いや、何か禍々しい声が聞こえた気がしたんだが」
「何だよそれ、怖えよ」
「騒介とお別れの時が来たか」
「だから怖えって」
「冥福を祈ってるからな」
「被害受けるの俺かよ!」
全く何だったんだ。
休み時間に騒介と話をしていたら突然猛烈な寒気に襲われて鳥肌が立ってしまった。
あまりにも驚いて思わず立ち上がってしまったが、原因が自分でも分からず説明出来ないから適当に誤魔化した。
「マジでただの気のせいだと思うから気にすんな。んでさっきの話なんだがそろそろ痩せろよ」
「い や だ」
「う~ん、清々しい程に汚い拒絶」
「汚い言うなよ! そこは力強いとかで良いだろ!」
「性根が汚い」
「おう、知ってる」
「そこは認めるのか……」
何故今になって痩せろだのという話になったのか。
それは球技大会が近いからだ。
うちの学校は六月に球技大会、九月に体育祭、十一月に文化祭というイベントスケジュールになっている。
六月だと雨が降りそうだが、梅雨に入る直前に開催していて例年晴天に恵まれているそうだ。
晴天は良いね。
洗濯物が良く乾くから大好きだ。
おっと話が逸れそうだ。
それで球技大会は全校生徒参加が必須のため、騒介に痩せて活躍しろと言っているのである。
「俺は動けるデブだからこれで良いの」
「マジで。運動得意なのか? 体育の時の姿を見るとそうは思えないのだが」
「得意分野じゃ無いだけだよ」
「何が得意なんだ?」
「ドッジボールで逃げること」
「意味ないじゃねーか!」
球技大会の一年生男子の種目はハンドボールだ。
どのポジションであっても逃げるのが役に立つとは思えない。
「じゃあキーパーやれよ。体がでかいから当たるだろ」
「やだよ、痛いじゃん。それに多分反射的に逃げるぞ。ほら、ハンドボールってドッジボールみたいじゃん」
「それやったら騒介の親にチクってアニメ完全禁止にしてもらうわ」
「止めろおおおお!」
そう言う俺もやる気があるわけじゃないけどな。
スポーツは苦手では無いけれど得意でも無い。
しかもクラス対抗だからこの手のイベントはどうしても運動部の独壇場になってしまう。
だからあまり勝ちたいって気持ちにもならないしなぁ。
そういや寮生たちは運動はどうなんだろうか。
まぁどうでも良いか。
いずれ夕飯の時の会話にあがるだろうから、嫌でもその時に分かるだろうし。
禅優寺さんとの関係が改善された今、俺は寮生たちとの関係に悩むことなく気兼ねなく寮父生活を堪能出来る。
その筈だった。
――――――――
「いいなぁ球技大会か。見に行きたーい」
「外部の人は入れませんから」
「分かってますよーだ。体育祭と文化祭は絶対に行くから招待してね」
「えぇ、本気で言ってます?」
「もちろん本気よ本気」
「招待チケットが余ってたら考えますね」
「絶対よ!嘘ついたら逮捕だからね!」
「はぁ……」
寮の隣の交番に勤務している婦警さんがいつの間にか妙に馴れ馴れしくなっていた。
どうやら俺が体を張って氷見さんを守ったことが彼女の琴線に触れたらしい。
好感度が上がることは寮の安全にもつながるから良い事なんだけれど、この人は俺に対する距離が近すぎるんだよ。
真面目に仕事してないとか言われてクビにならないだろうか。
ただでさえ交番の近くで暴力事件が起きるなんてあり得ないと、ここの交番炎上してたのに。
「いいなぁいいなぁ。学生時代に戻りたいなぁ」
「そうですか」
「そこは『どんな学生時代だったんですか』って聞くところでしょ!」
面倒臭い!
話を広げないためにわざとそっけない反応したんだよ!
これならジト目で警戒されていた方がよっぽどマシだったよ。
「あ、人通りが無くなったので寮に戻りますね」
「ええええ!もうちょっとお話ししようよ~」
だから仕事して!
全く、今度上司らしき人にお願いして叱って貰おうかな。
なお、好感度が激増したのは婦警さんだけでは無い。
「春日さんおかえり!」
「た、ただい……ぐるじい」
「おっと悪い悪い」
コミュニケーションルームに入ると武田さんが駆け寄りハグしてくれた。
武道家の全力のハグはマジで死にそうになる。
「今日もちゃんと春日さんの言う通りにやっておきましたよ」
「ありがとうございます」
家に帰ってハグされるなどまるで新婚のようだが、彼女はそんな浮気なことをするような人物では無い。
あくまでも子供に対しての親愛の情でやっている。
流石にその違いくらいは俺にだって分かるぞ。
武田さんのハグは物理的にきついけれど、彼女は真面目に家事をやってくれるからとても助かっている。
距離が近くなったことで色々と相談したり細かい作業をお願いしやすくもなった。
「春日さんが家事を教えてくれるから家でも助かってるよ」
「それは何よりです。先日のレシピはどうでしたか?」
「そうそう、それな。子供達が大喜びだったよ。ありがとう!」
俺にとって武田さんは命を助けてくれた恩人だ。
それもあって俺は秘蔵のレシピや家事のコツなど、主婦の手助けになりそうなことを色々と支援してあげている。
こうして喜んでくれるなら教えてあげたかいがあったものだ。
「何か変わったことや気付いたことがありましたか」
「お風呂掃除をしている時に気付いたんだけど……」
真面目に引き継ぎ作業をしたら彼女は帰宅し、俺は夕飯の準備を始める。
「ちぃ~っす」
最初に来るのは相変わらず禅優寺さんだ。
そういえば彼女は何で実家に帰らないのだろう。
もう寮に住む必要は無いと思うんだけど。
そんな彼女は定位置のソファーに座りスマホを弄り……え?
「レオっち、今日の夕飯は何々?」
話しかけて来た……だと?
いや、動揺するのはおかしいか。
彼女の好感度を稼いでしまったのだから、話しかけることくらいはするか。
フランクに愛称で呼ばれているのもまぁあり得るだろう。
「今日はですね……!?」
「どったの?」
ち、近い。
キッチンまで入って来て体を寄せて来てるんだけど!?
「…………」
「…………」
なんか顔を赤らめてるうううう!
え、マジ?
こうなっちゃったの?
俺は鈍感じゃないからこの態度の意味が分かるぞ。
でも流石にこれは態度が変わりすぎじゃないか!?
だって昨日までは普通だったじゃん!
「かーすーがーさああああん!」
あまりのことに驚き固まっていたらドタドタと騒がしい足音と共に栗林さんがやってきた。
「あ~いちゃいちゃしてるですぅ!」
「し、してないもん!」
慌てて禅優寺さんが俺から離れた。
してないもんって、自分が美少女だって分かってやっているのだろうか。
「そんなことより春日さんにお願いがあるですぅ!」
「お願いですか?」
「そうなんですぅ! 春日さんにやってもらいたいことがあるですぅ!」
やってもらいたいこと?
寮のサービスに関することかな。
今のところは料理洗濯掃除風呂と一通り提供していると思うが。
「その話は夕飯の時でも構いませんか?」
相談だと時間がかかりそうだ。
話し込んでしまったら夕飯が遅くなってしまう。
「え~今聞いて下さいよぅ」
「今日の夕飯はオムライスですよ」
「早く作れですぅ!」
う~ん、栗林さんもおかしい。
ここまでフランクかつ俺に強く要望することなど無かったはずなのだが。
つーか作れって何だよ。
「あれ、みんなもう来てるの」
最後にやってきたのは氷見さんか。
氷見さんもいつもより来る時間が早いな。
「玲央、ちょっと良い?」
「え?」
「何?」
「いえ、その……時間がかかる話なら夕飯の時にお願いします」
あるぇ、おっかしいな。
氷見さんとはあの事件以来、丁寧に会話をする間柄になったはずなんだけど。
前みたいなきつめの口調に戻ってるぞ。
ただし敵意は籠ってないから怖くは無い。
むしろ適度な距離感がぶち壊されてぐっと距離が近づいてフランクに接してきているような感じだ。
名前を呼ばれたの初めてじゃないか?
三人とも急に一体どうしたんだ?
「すぐに終わる話よ。私の服を見なかったかしら」
「え、もしかして洗濯物の紛失ですか!?」
やばい、それはマジでやばいぞ。
寮父が女子の寮生の服を洗濯して無くなっただなんて重大な信用問題だ。
俺が意図的に何かやったと思われてもおかしくない。
せっかく稼いだ好感度がまた最底辺に落ちることになってしまう。
嫌な汗が出て来た。
だが俺はそんなミスをした覚えが無い。
ここは冷静に状況を確認しないと。
「紛失したのはどの服でしょうか」
どの服を洗濯したのか俺はちゃんと覚えている。
そしてそれらを毎回確実にロッカーに返却している自信がある。
どこかの監視カメラにその証拠が映って居れば良いのだが、洗濯物が撮られているのも問題だよなぁ……
そう心の中で悩んでいたら、氷見さんも何故か悩んで言い淀んでいた。
言いにくい服ってなんだろう。
まさか下着とか。
なーんてな、俺は流石に下着は洗濯してないから違うか。
「それは……その……」
「?」
「ブ……ブラ……」
…………
「…………」
「…………」
「…………」
「…………」
…………
「…………」
「…………」
「…………」
「…………」
…………
「…………」
「…………」
「…………」
「…………」
…………
…………
…………
「あ、あーここに落ちてたー」
…………
「…………」
「…………」
「…………」
「…………」
…………
…………
…………
「さて、夕飯作りますのでお待ちください」
「早く作れですぅ!」
「う、うん」
「ぐへへ、放置も良いわね」
一体みんなどうしちゃったんだ!
昨日までのみんなに戻ってよ!
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