3. どうしよう私……(禅優寺栄理の事情)
『今週末、栄理の誕生日をお祝いしたいんだけど家に戻って来れる?』
お母さんからの突然のメッセージに私は大混乱だった。
誕生日を祝う?
しかも一緒に?
中学生になってから無くなったその儀式。
思春期到来のためか、派手に祝われるのは少し恥ずかしいとポロリと漏らしてしまったら、翌年から誕生日パーティーが開催されなくなりプレゼントとささやかなお祝いの言葉を貰うだけになった。
本当は楽しみにしていたからがっかりした。
でも両親が私の言葉を信じてお祝いを簡素化したと気付いていたから何も言えなかった。
このことをきっかけに私の中で両親に対して言いようのない不信感が湧いて来た。
お父さんとお母さんは私の気持ちを知ろうとしてくれているのだろうか。
私のことよりも好きな仕事のことについて話をしている時の方が生き生きとしているように感じる。
だから両親を試すようなことをしてしまった。
成績をわざと落として平均点くらいにしてみた。
でも特に何も言われなかった。
自分の事は自分で出来るからもっと仕事して良いよと心にも無い事を言ってみた。
大喜びして家に帰る時間が遅くなる日が激増した。
寮父がいるありえない女子寮で一人暮らししたいと言ってみた。
自立したいという気持ちが立派だと喜んで心配してくれなかった。
一度疑い出したら止まらない。
両親の全ての行動に想いが篭められていないように思えて来た。
私は本当に両親に愛されているのだろうか。
そんな疑いを抱いたまま、望まぬ危険な寮生活を強いられる羽目になってしまった。
一人は寂しい。
家族と一緒に居たい。
私と両親の間の溝はもう埋まらないのかなと思うと悲しかった。
春日くんに両親の面影を重ねてしまい、きつくあたってしまったのは申し訳ないと思う。
それなのにどうして突然。
彼が何かしたようだけれど、一体何をしたらこんな話になるの?
でもどうせいつものように口だけに違いない。
私の気持ちなんて何も考えていない。
『その日は友達が誕生日を祝ってくれるから無理』
…………
これだとあてつけのようで性格悪いかな。
ちょっと表現変えなきゃ。
『ありがとう。気持ちだけで十分だよ。それに悪いけどその日は予定が入ってるの』
この方がお母さんを拒否してない感があるからマシでしょ。
さてどんな返事が来るかな。
『やっぱりそうよね。急に無理言ってごめんなさい』
予想通り、簡単に諦めた。
彼にお願いされて仕方なく誘ったってところかな。
別に私はこんな心の籠ってない誘いを欲しがってたわけじゃ無い。
『それなら明後日の誕生日当日の夜はどうかしら』
は?
え、何で。
諦めないの?
いつもなら私の言葉を素直に受け取って満足するじゃん!
『明後日って平日だよ。お母さん仕事は?』
『休むわ』
はああああ!?
あの仕事大好き人間のお母さんが休むぅうううう!?
『休むって大丈夫なの?』
『もちろんよ。栄理の誕生日なんだから例えクビになろうが休むわ。もちろんうちの会社はそんなこと絶対に無いけどね。むしろ休みなさいって良く言われてたわ(笑うスタンプ連打)』
お母さんが壊れたああああ!
春日くんマジで何やったの!?
『久しぶりに家族で栄理の誕生日を祝いたいの。もちろんお父さんも帰って来るわ』
お父さんまで!?
研究一筋って感じのあのお父さんが!?
ダメだ。
あまりの衝撃に理解が追いつかない。
いつも私の言葉を信じ、私の本心を気にかけようとしてくれないお母さん。
危険な寮で一人暮らしをしたいと言っても心配してくれなかったお母さん。
私よりも仕事の方が好きで大切なんじゃないかって疑いかけていたお母さん。
そのお母さんが突然、強引に私に迫って来た。
一体何がどうなってこんなにも様変わりしてしまったのか。
その理由を私は誕生日当日に知ることになった。
――――――――
「栄理誕生日おめでとう」
「おめでとう」
「…………ありがとう」
うう、きまずい。
お父さんとお母さんは笑顔で祝ってくれるけれど、久しぶりなのと突然のことにどう反応して良いか分からない。
「今日はお母さん、腕によりをかけてご飯を作ったから沢山食べてね」
「う、うん」
「お父さんは栄理が好きそうなケーキを頑張って探して来たんだ」
「そう、なんだ」
テーブルの上に並んでいたのは私の好物ばかりだった。
基本的に私は何でも食べるし何でも好きなんだけれど、その中でも特に好きな物が並んでいた。
ケーキも私が一番好きなメロン果肉が入ったショートケーキ。
「私、これが好きだなんて話したっけ?」
「栄理が小さい頃、色々な種類の果物が入ったケーキを食べたことがあっただろう。その時に栄理はメロンのところを一番美味しそうに食べていたのを思い出したのさ。だから栄理は苺よりもメロンのケーキの方が好きなんじゃないかって思ったんだ。もし違っていたらお父さんに教えて欲しい」
まさか覚えていたなんて。
気付いていたなんて。
「もう、それなら毎年このケーキ用意してよね」
「はは、悪い悪い。お父さんは本当に気が利かなかったよな」
「お父さん?」
お父さんが少し悲しそうな顔をしている。
こんな表情を見たのは初めてだ。
「ほらほら、ケーキだけじゃなくてお母さんの料理も食べて頂戴」
「う、うん。でもお母さんもどうして私がこれらを食べたいって分かったの?」
「ということはこれで良かったのね。嬉しいわ。お母さんは栄理が何を食べたいか必死で考えたのよ。だって栄理ったら聞いても本当のこと言ってくれないでしょ」
「!?」
本当のことを言ってくれない。
そのことに気付いていた。
ううん、それとも気付いたのかな。
脳裏に春日くんの姿がチラついた。
「栄理、ごめんなさいね。私達は貴方の気持ちを蔑ろにしていたわ」
「お母さん」
「栄理は真面目でしっかりしているから大丈夫だなんて考えて、お前の本当の気持ちを考えようとしなかった。本当に情けない限りだよ」
「お父さん……それじゃあ私が真面目でしっかりしていないみたいじゃない」
「おっとこれは失礼。栄理は真面目でしっかりしていて綺麗で寂しがりやな私達の大切な娘だよ」
「なっ!」
恥ずかしいセリフばかり!
どうしちゃったのよ、こんなの私まで恥ずかしくなってきちゃうじゃん!
「今日は私達がどれほど栄理の事を大切に思っているかたっぷり知ってもらうんだから」
「お母さん!?」
「だから栄理もたっぷり思っていることを言ってくれ。どんな非難だって受けるよ」
「お父さん……」
いいの?
私が本当の気持ちを伝えたら、お父さんもお母さんもショックうけちゃうよ。
言っちゃうよ?
ずっと我慢してたことを言っちゃうよ?
「ごめんね栄理。今まで寂しがらせてしまったわね」
「お父さんもお母さんも栄理を愛しているよ」
「うう……そんな……今更……うわああああああああん!」
それからのことは恥ずかしくて描きたくない。
ただ私は思っていることを全てぶちまけて、お父さんとお母さんと仲直りした。
そんな幸せな時間だった。
「ねぇ、一体春日くんに何を言われたの?」
心をぶつけ合い、穏やかな誕生日の食卓に戻ってからしばらくのこと。
私はお母さん達が変わるきっかけになったであろう彼のことを聞いた。
「あら、彼からは何も聞いて無いのね」
お母さんは何があったのかを教えてくれた。
「会社に押しかけたああああ!?」
馬鹿じゃないの!?
何無茶やってるのよ!?
「あんな風に怒られたのは久しぶりだったわ。うちの会社はパワハラとか厳しいから声を荒げて怒られるようなことって無いのよね」
「お父さんもその話を後で聞いたが、まさか彼がそんな熱血漢だったなんてね。人は見かけによらないものだ」
「確かに最初会った時は変な質問をしてくるとは思ったけれど礼儀正しい大人しそうな子だと思ったわ」
「お父さんもその啖呵を受けて見たかったよ」
怒った?
啖呵を切った?
マジで何やってるの!?
「絶対あの子は栄理の事が好きなのよ。そうじゃなきゃここまでのことはやらないわ」
「お母さん!?」
「ダメだダメだ! 女子寮の寮父なんてやってる下心満載の男なんかに栄理はやれん!」
「お父さん!?」
「何言ってるのよ。彼は狙い目の男性よ。寮では分をわきまえた態度で生活しているらしいし、家事がものすごく得意で、礼儀正しく、他人のために行動出来る素敵な男の子じゃない」
「ぐっ……だが……まだ早すぎる!」
いや、だから待ってってば。
春日くんが私の事を……?
いやぁ、それは無いって。
普段のあの態度でそうだったら演技力高すぎでしょ。
どう考えても面倒な相手としか思われてないもん。
思われて……ないもん……
あれ、胸がズキリとする。
「あなたがそれを言うの? 高校生の時にあなたが何をしたか栄理に教えましょうか?」
「ま、待て!」
「え!? お母さん達の恋愛話!? 聞きたい聞きたい!」
「いいわよ。お父さんったらね……」
「止めろおおおお!」
ああ、楽しい。
こんなにも楽しい誕生日は人生で初めてかも知れない。
お父さんとお母さんは私を愛してくれていた。
ただ親としてどうあるべきかの形に囚われていて愛情表現が不器用だっただけ。
それが分かっただけでは無くて、ずっと求めていた家族団欒までも返って来た。
最高の誕生日プレゼントだ。
それをくれたのは春日くん。
私の悩みを察してくれて、お母さんに直談判までしてくれた。
そこまでしてくれた理由を彼は恩だと言っていたようだけど、私はそんな大した事なんかしていない。
危険を承知で彼の料理を食べたくなったのは、手料理の温もりを求めていたから。
えみりんや兎ちゃんを巻き込んだのは賑やかな団欒を求めていたから。
春日くんとえみりんがケンカした時に仲裁したのは、ギスギスした雰囲気が嫌だったから。
どれも恩と呼ばれるような大したことでは無い。
むしろ彼にきつくあたり続けてしまって申し訳ない気持ちで一杯だ。
それなのに彼は私のために行動してくれた。
もちろんそれは私だからではないことは分かっている。
兎ちゃんのホームシックに気付いて料理を作ってあげた。
えみりんの危機に体を張って守ってあげた。
彼が手を差し伸べるのは相手が困っているから。
たとえその相手が自分に敵意を抱いていても。
そして私もまた彼に救われた一人。
ただそれだけのこと。
そんなのは分かってる。
分かってるよ!
でもどうしよう。
どうしようどうしようどうしようどうしようどうしようどうしようどうしようどうしよう。
どうしよう私……
春日くんのこと、好きになっちゃったみたい。
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