5. 一体何したの!?

「めしめし~」


 コミュニケーションルームの扉を勢い良く開けて入って来たのは禅優寺さんだ。

 夕方になるといつも一番にやってきて、ソファーに座ってスマホを弄りながら夕飯が出来るのを待っている。

 俺に話しかけることはもちろん無い。


 夕飯の時間は毎日同じ時間になるように調整しているので、時間を合わせて来れば良いのに。

 自分の部屋の方が気楽に遊べるのではないかね。


 そんなことを考えながら夕飯を作っていると、栗林さんと氷見さんが合流する。

 夕飯を食べ始めた直後に三人とも野獣になるのは相変わらずだけれど、最近はその後の会話に俺も強制的に参加させられる回数が増えて来た。

 栗林さんと氷見さんが俺にも話を振るからだ。

 その度に禅優寺さんが不快な顔になるから放っておいて欲しいんだけどな。


 そして夕飯が終わって解散すると、これまた順番にコミュニケーションルームから自室へと戻って行く。


「私は自室に戻りますね」

「…………」


 最後まで残っているのは禅優寺さん。


 一番最初にコミュニケーションルームに来て、一番最後に帰るのが彼女のルーチンとなっていた。


 さっさと帰れば良いのに、何で残ってるんだろうな。

 早く来ることも含めて不思議だったが、いつの間にかそれが当然の光景であると受け入れて気にしなくなっていた。


 禅優寺さんか。


 自室に戻った俺はベッドに横になり考えを巡らせる。


『どうせあたしの好きな物なんか分かるわけないし』


 寂しそうな顔でこう俺を挑発した彼女の真の意図は何だったのだろうか。

 彼女の両親に話を聞いても何も分からなかった。

 両親と言えば、彼らも何かが変だった。

 でも何が変だったのかの理由も分からない。


 分からないことだらけだ。


「クソッ」


 栗林さんの時のように露骨に変な反応をしたわけではない。

 氷見さんの時のように誰かが被害を被ったわけではない。


 何か特別なことが起きたわけではなく、日常の延長線上で些細な違和感があるだけのこと。

 何も気にせず、何もしなければ、これまでと同じ日常が続くだけ。

 それは間違いない。


 だが、どうしてか胸の中がもやもやする。

 あの一瞬の寂しげな顔が気に障る。

 どうして気付いてしまったんだ。

 気付かなければこんなに変な気分になることは無かったのに。


「家族……か」


 クソ姉貴が暴虐の限りを尽くす我が家。

 両親を早くに失くし祖父母の家で甘やかされて育てられ、その祖父母が施設に入ることになった栗林家。

 父親があまりにもクズでついには暴力沙汰で逮捕されてしまった氷見家。


 様々な家族模様を俺は見て来た。


 禅優寺家もまた特別な何かがあるのだろうか。


「そもそも、何で俺はこんなにもあの両親の事が気になるんだろう」


 これまで何度も考えた疑問が口から零れた。


 あの時の話に何も変なところは無かった。

 それなのに、しつこいくらいに何度も何度も思い出して気持ち悪がっている。


 何故だ。


 ……

 …………

 ……………………


『どうせあたしの好きな物なんか分かるわけないし』


 違う、そうじゃないだろ。


「はぁ~」


 自分の情けなさに思わずため息が出てしまう。


 理由なんて分かっていたんだ。


 『寂しい顔をしている』と何度も気にしていたではないか。


 答えなんてそれ以外に考えられないだろう。


 禅優寺さんの両親が彼女の寂しい想いに全く気付いていないことに違和感があったのだ。


 禅優寺さんが『寂しがっている』と仮定して彼女の行動を思い返してみれば色々と納得出来る。


 学校で必ず友人に囲まれているが、一人の時間が全く無いなどありえるのだろうか。

 常に誰かの傍に居たいから休み時間の度に自分から友達のそばに寄り添っているのかもしれない。


 全ての休日に必ず遊びに外出しているが、家に一人でいる休日が一日も無いなどありえるのだろうか。

 常に誰かと共に居たいから朝から晩まで予定を入れているのではないだろうか。


 夕飯を食べに最初に来て最後に帰るのは、少しでも長い間だれかと一緒に居たいからでは無いだろうか。

 例えその相手が俺であり、コミュニケーションが無かったとしてもだ。


「私は自室に戻りますね」


 そう告げて俺が自室に戻る時の禅優寺さんの横顔は、どこかこわばっていて寂しげではなかったか。


 氷見さんと栗林さんを強引に引き連れて夕飯を食べに来たあの日のこと。

 賑やかな食卓を求めていたのではないだろうか。


 心当たりはある。

 納得も出来る。


 それに何よりも、彼女が寂しげな表情を浮かべているのを何度も見ていたはずだ。


 ただ気にしないふりをしていた。

 これ以上彼女達に関わりたくないという想いがその気付きを隠していた。


「男らしくねぇよなぁ」


 例え苦手な相手であっても、その相手が困っているなら、そして手を差し伸べられるのならば迷わず行動するのがイケてる男だろうが。

 氷見さんの時は命の危機だったから体が勝手に動いたが、今回は個人のセンシティブな事情だからと勝手にストップをかけていた。


「子供らしくやっちゃいますか」


 これは寮父としての仕事では無い。

 気になる女子へのアプローチでも無い。


 寂しい顔をした女子に男として手を差し伸べる。

 ただそれだけの当たり前の話だ。


「初見で足踏んだことを後悔させてやるぜ」


 彼女が欲しくて欲しくてたまらないもの。

 それをプレゼントするために、俺は無茶をすると決めたのだった。


――――――――


 栗林さんが実家に帰り誕生日パーティーを堪能し、禅優寺さんの誕生日までもう間もなくというある日の夕飯タイム。


「春日さんは何をプレゼントするのですかぁ?」

「私も気になります」


 まぁ聞いて来るよな。

 あんな風に挑発された俺がどう反応するかずっと気になっていたのだろう。


 誕生日間近ということで、もう準備しているだろうと踏んでの質問かな。


「さぁ、どうでしょう」

「ぶーぶー、教えてよぅ」

「さぁ、どうでしょう」

「ぶーぶー」


 チラリと禅優寺さんを見ると、興味無さそうな感じを装っている。

 だが俺がはっきりと敗北宣言をせずにぼかしたので、何かを準備していることに気付いたのだろう。

 少しソワソワしているのが隠せていない。


「やっぱり禅優寺さんも春日さんからのプレゼントを欲しいんですねぇ」

「バ……バッカじゃないの!? そんなことあるわけないじゃない!」


 そしてそのソワソワが栗林さんにバレて弄られてしまった。


「こいつからプレゼント貰ったって……!」


 嬉しくも無いんだからね!


 みたいなツンデレ台詞を言いそうなのに止まってしまった。


 禅優寺さんってもしかしたら怒ったり他人を貶めたりするのが苦手なタイプなのかもしれないな。

 冷静に思い返してみると、これまでも無理して俺に敵対していたような気がする。


 う~ん、今になって不安になって来た。

 俺が準備したプレゼントを彼女が受け取り、それが彼女が心から欲しいものだった場合、とんでもないことになってしまうのでは。


 まぁ、俺が適度な距離を保つように気をつければ良いだけの話か。

 栗林さんだって氷見さんだって距離が近くはなったが、恋愛的な意味でアピールをしてくるわけではないから異性として好かれている訳では無さそうに見える。

 命をかけて守った氷見さんがそうなのだから、禅優寺さんのケースも程良く好感度を稼いだ程度の結果になると信じたいところだ。


「大体私は……って、あれ?」


 生暖かい目で見守ろうとしているちょっとムカつく顔の栗林さんに反論をしようとしていた禅優寺さんだが、スマホが震えたことに気付き話を止めた。


「はぁ……」

「見ないんですかぁ?」

「良いのよ。どうせ大した話じゃないんだろうから」

「そうなんですかぁ? ならさっと目を通しちゃえば良いじゃないですかぁ」

「……そうね」


 大した話じゃないから後回しにするか、それとも気付いた今のうちにさっと終わらせてしまうか。

 この辺りは性格が出るな。

 きっと栗林さんの場合は、直ぐに対応しないと忘れて後で痛い目を見るタイプなのだろう。


 禅優寺さんは顔を顰めてスマホを操作した。


「…………!」


 だがその嫌そうな顔は直ぐに驚愕に彩られることになった。


「な……なんで……? なんで今更……?」


 ポカーン、という擬音がこんなにも似合う顔ってあるんだな。

 口が半開きになったまま、スマホの画面を凝視している。


「禅優寺さん、どうしたんですかぁ?」

「何か気になる話でもございましたか?」


 その反応に栗林さんと氷見さんが心配の声をかけるが反応が無い。


 どうやら俺のプレゼントが届いたようだな。

 この反応だと正解だったのかどうかがまだ分からないな。


「春日さんは何か知っているのですかぁ?」

「私が禅優寺さんに届いたメッセージについて知るわけが無いじゃないですか」

「でも何か知ってますって顔してますよぉ」


 ぐっ、鋭い。

 興味が無さそうにしすぎていたことが裏目に出てしまったか。

 少しくらいは不思議そうにすべきだったな。


 栗林さんの言葉に反応し、禅優寺さんが首を痛めそうな程の勢いで俺の方を見た。


「あんた一体何したの!?」


 うわ、近い近い!


 両手をバンと強くテーブルに叩きつけて、上半身を俺の方にぐいっと身を乗り出す感じで近づけて来た。

 だから顔がめっちゃ近い。

 クソ姉貴で美人に慣れてなかったらどうにかなってたかもしれん。


「大したことはしてませんよ」


 流石にこれはキザかな。


 俺何かやっちゃいましたか?


 と同じ系譜な気がする。


「白状してよ!」


 ああ、どうやら正解だったようだ。

 禅優寺さんの瞳はわずかに潤み、頬が緩むのを隠せない様子だった。


「どうやら禅優寺さんが好きなものをプレゼント出来たようですね。楽しんで来て下さい。きっと禅優寺さんが今思っている以上のものが待ってますから」

「…………へ?」


 俺がプレゼントしたソレは形だけのものでは無い。

 本当に禅優寺さんが欲しがっているものにきっとなっているはずだから。

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