4. 禅優寺栄理の両親
「以上になります。繰り返しになりますが、この度はご心配をおかけしてしまい大変申し訳ございませんでした」
その言葉に俺達は揃って頭を下げた。
ここはとあるマンションの一室。
そこに集まっているのは五人の人間。
頭を下げているのは俺と、俺の父と、山口さんだ。
山口さんはレオーネ桜梅のオーナーであり管理もしている人だ。
やや白髪が混じった年配の女性で物腰がとても柔らかい。
つまり俺は山口さんに雇われているという形になるな。
そして頭を下げられているのは四十代くらいの一組の男女。
男性は眼鏡をかけていて髪もボサボサでラフな格好をしているが、女性は真逆でピチっとしたスーツを着こなしている。
身だしなみに関しては対照的な二人だが、目元が疲れているように見えるものの全身から生気が満ち溢れているような妙な雰囲気を共通して纏っている。
彼らは禅優寺さんの両親だ。
今日は先日起きた氷見さんの事件について禅優寺さんの家族に説明と謝罪をする日である。
こういうのは大人の役目だから俺は来なくて良いと言われていたのだが、思うところあって参加することにした。
そもそも事件の関係者かつ寮父として働いている俺に直接聞きたいことがあるかもしれないからね。
「分かりました。これからも娘をよろしくお願いします」
「え?」
事件のあらまし、セキュリティに関する現状と今後の対策、今後類似事件が起きる可能性などを説明したら、彼らはあっさりと話を終わらせようとした。
そのあまりにも淡白な反応に山口さんが思わず素で驚いてしまった。
俺も表には出さなかったけれど驚いた。
だって栗林祖父母の時はめちゃくちゃ心配されたんだぜ。
心配といっても俺達を責める感じでは無くて『不審者を自動で迎撃する機関銃を玄関に設置するのはどうじゃ!』など過激で無茶なことを言いまくって何が何でも娘の安全を確保しようと躍起になっていただけだったが。
会ったのは短い時間だったけれど、栗林さんがどれだけ溺愛されているか骨身に染みて分かったぜ。
『君が春日君か。おお、怖かっただろう。怖かっただろう』
『え、ちょっ』
『あんたが無事で本当に良かったよ』
『あの、え』
『ほら、これでも食うか』
『いや、だから』
『いつでも遠慮なく頼ってね』
『なんで!?』
しかもめっちゃ抱き締められて撫でられて甘やかされた。
どうも以前電話で栗林さんの食事の好みについて確認した時から俺の好感度がマックスだったらしい。
チョロすぎない!?
とまぁそれは置いといて、無茶苦茶な要望はともかく事件によりレオーネ桜梅のセキュリティが心配になるのは当然の話だ。
何をどう釈明されても、心情的にそこが危険な場所であると思ってしまっても不思議では無いのだ。
真面目そうな禅優寺夫妻ならば、すぐにでも娘を退寮させるか、あるいは質問攻めにでもしてくるかと思ったが、そんなことは全く無かった。
それにしても何故禅優寺さんは独り暮らししているのだろうか。
両親が健在で、表面上は性格的な問題が無さそうで、実家が桜梅学園からもそう遠くはない。
この家を離れる理由など無さそうに見えるのだが。
「あの、本当に問題はございませんか?」
禅優寺夫妻に念押し確認をする山口さん。
その反応の意味を察したのか、彼らは嫌な顔一つせずに自分達の考えを説明してくれた。
「大丈夫ですよ。私達は皆さんと娘を信じていますから」
「それに山口さんの説明はとても納得出来るものでした」
「セキュリティに関してはここのマンションよりしっかりしている」
「他の寮生のご家族に同様の問題が無いことを確認済み」
「春日さんのように体を張って守ってくれる方が管理して下さっている」
「ですから安心して娘を預けられます」
確かに山口さんはそれらについて丁寧に説明した。
だがそれらが事実だったとしても事件が起きた寮だと思うと心配にならないのだろうか。
論理的に正しいとしても、感情的に簡単に認められるものなのだろうか。
「後は娘がどうしたいかだけです。娘が今のままを望むのならば、置いてやってください」
何故だろう。
一見して娘想いの両親に見えるのに、どこかうすら寒い物を感じる。
この不気味さは一体何なのだろうか。
「他に質問はございませんか?」
いつの間にか立場が逆になってしまっていた。
彼らが俺達に質問するのではなく、何故か俺達が彼らに質問する流れだ。
「私達がこうして時間を取るのは難しいですので、出来れば今日のうちにお互いの疑問点は全て解決しておきたいのです」
「遠慮なく何でもお聞きください。聞きにくいことでも構いません」
そういえば栗林さんの時はすぐに話し合いの日時が決まったが、禅優寺さんの場合は事件後かなり間が空いたな。
まさか土日ですら予定が空いて無いということなのだろうか。
どういうことだ?
「私は特に無いですが、春日さんはいかがですか?」
「私も無いが、玲央はどうだ?」
「事件と関係ない話でも構いませんか?」
せっかくこうして話をする機会を与えてくれて、しかも質問に答えてくれるというのだ。
例の話を聞いてみようかな。
「もちろん構いません」
「娘さんの好きな物を教えてくれませんか?」
「え?」
おお、禅優寺母の余所向きの表情が初めて崩れた。
でも驚いたのは一瞬で、すぐに元の真面目な顔に戻ってしまった。
「…………」
「…………」
しかし答えが返ってこない。
二人はしばらくの間考え込んでから、禅優寺母が答えてくれた。
「申し訳ございません。娘は何でも好きですので答えに困ってしまいました。食べ物でも、可愛いものでも、洋服でも、何をあげても喜びます。もしかして春日さんは娘のことが好きなのでしょうか」
「いえ違います」
危ない勘違いをされるところだった。
でも確かにこんなこと聞いたらそう思われても仕方ないわ。
「もうじき娘さんの誕生日じゃないですか。その話が寮で出まして、娘さんが『私の欲しいものを当ててみて』ってみんなに冗談交じりで言っていたのです。それでご両親なら何か分かるのではないかと思いまして」
理由は少し変えてみた。
流石に俺が煽られたなんて言えないからだ。
「そうだったのですね。先ほども申し上げましたように、娘は何でも好きです。これが一番となると難しくて私達も毎年プレゼントに悩みます」
「ということは今年もプレゼントをあげる予定なんですね」
「もちろんです」
「あれ、でも実家に戻る報告は受けてませんが」
「何故そのような話が出てくるのでしょうか?」
「え?」
「え?」
なんだこの食い違いは。
「こちらで娘さんの誕生日を祝われるのではないでしょうか」
「ああ、そういうことでしたか。我が家はここ数年はそういうのはやってないのです」
「そうなんですか?」
「ええ、娘は思春期ですから私達から祝われても恥ずかしいのです。ですから最近はプレゼントを渡すだけですね」
誕生日を家族に祝われるのが恥ずかしい。
その気持ちは俺にも覚えがある。
確かにそれは思春期だからこその感覚かも知れない。
だが、だからといってお祝いを簡略化するのは本当に子供のためなのだろうか。
俺がそんなことをされたら、口では喜びながらも寂しく感じてしまうのではないか。
「娘もその辺りは分かってくれていますから」
ぞくり、と鳥肌が立った。
何故だろうか。
別に彼らは変なことを言っている訳では無い。
娘の事を考え、娘の安全を願う、普通の両親だ。
氷見さんのことを知った今だからこそ猶更そう感じる。
それなのに、彼らから感じられるこの言いようのない気持ち悪さは一体何なのだろう。
「あ、あの、どうして娘さんはレオーネ桜梅に来ることになったのでしょうか」
唐突に話が変わるが、無性にこれを聞いてみたくなった。
「娘から切り出してくれたのです。自分が一人暮らしをすれば私達が仕事に打ち込めるのではないかと」
「え?」
「私達は二人とも仕事が趣味のようなものでして、もっと仕事をしたいと内心思っていたのが娘には筒抜けだったようです。もちろん娘はまだ高校生ですから一人暮らしはまだ早いと思ったのですが、寮なら家事をある程度やってもらえるからこれから自立する準備として丁度良いと。どうせ将来は家を出るのだから折角だから自立の練習をしたいと説得されまして」
「はぁ……」
「娘が自分の人生についてしっかり考えていることに驚きました。管理人が男性ということが気にはなりましたが春日さんが信頼出来る方だと山口さんから教えてもらいましたし、そもそもセキュリティが我が家よりもしっかりしてますからそれならばと許可したのです」
「それでうちにですか」
自立しようと努力する両親想いの娘と、娘想いの両親。
お互いの気持ちがマッチした結果、禅優寺さんはレオーネ桜梅にやってきた。
つまり彼らには何も問題が無い。
それなのにどうしてこんなにも嫌な気分が消えてくれないのだろうか。
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