3. あたしの好きな物なんて分かるわけない
「実家に戻る、ですか?」
「はいですぅ!」
ある日の夕食時、栗林さんから次の土日に実家に帰るとの報告があった。
ゴールデンウイークに帰ったばかりなのにまたお祖父ちゃんとお祖母ちゃんが施設から戻って来るのかな。
「お誕生日会をするですぅ」
「ふ~ん、うさぴょんのじっじかばっばの誕生日なんだ」
「ううん、私ですぅ」
「「え?」」
ほうほう、栗林さんの誕生日が近いんだ。
だから休日にお祝いイベントをやるってことね。
幸せそうで良い事だ。
「もう、早く言ってよー」
「そうですよ、プレゼントを準備する時間が無いじゃないですか」
「え、え、プレゼントくれるのですかぁ?」
「当然です。友達じゃないですか」
「んじゃさ、明日の放課後に三人で一緒に買い物に行こうよ」
「わーい、ありがとうですぅ!」
いかんな、最近は栗林さんの行動に裏があるのではないかと邪推してしまい、今回もプレゼントを貰えるように誘導したのではないかと疑ってしまっている。
別に栗林さんが腹黒って明確に判明したわけでは無いのだけれどなぁ。
どうもあの幼い態度が胡散臭いんだよ。
「春日さんはくれないんですか?」
腹黒どころかド直球で聞いて来やがった。
これ以上仲良くなる気は無いのだが、この話の流れで何もあげないのは印象が悪い。
それを分かっていて狙って要望しているのか。
また邪推してしまった。
「それでは今度栗林さんが好きな実家の料理を作りますね」
「ぶぅ~」
無難すぎたかな。
お気に召さなかったらしい。
だが寮父として適度な距離感のプレゼントだと思うんだがな。
「…………」
ん?
何故ここで禅優寺さんが不機嫌になるんだ。
俺の方を睨んでこそいないが、明らかに不満気な顔をしている。
プレゼント内容が不満な栗林さんがそうするなら分かるのだが。
「二人の誕生日はいつですかぁ?」
そんな俺の懸念は栗林さんの質問で霧散した。
禅優寺さんがいつも通りの適度な朗らかな雰囲気に戻ったからだ。
「実はアタシも誕生日がすぐなんだ。再来週の木曜日!」
「私は十二月ですね」
「禅優寺さんも誕生日なんですかぁ? じゃあ明日は禅優寺さんへのプレゼントも一緒に探しましょぅ」
「そうですね、それが良いです」
「マジ!? やった!」
へぇ、禅優寺さんの誕生日も近いのか。
流石に彼女はプレゼントを要求してこないよな。
「春日さんもプレゼント用意するですよぉ?」
「…………はい」
くそ、栗林さんが釘を刺してきやがった。
断ったら印象悪くなる質問はマジで止めてくれ。
絶対狙ってやってるだろ。
それに禅優寺さんだって俺から貰っても困るだろうに。
「無理しなくて良いよ」
ほらな。
仲の良い男友達や恋人ならまだしも、まだ敵対意識のある男からプレゼント貰っても気持ち悪いだけだろ。
下心がたっぷり詰まっていると思ってもおかしくない。
ここはお言葉に甘えて無理せず美味しい特製料理を作るくらいにしておこうかな。
寮のサービスを少しだけ豪華にする程度なら今の距離感は壊れないだろう。
栗林さんと同じようなプレゼントにしてどちらかを特別贔屓しないというのも重要なポイントだ。
これなら波風立たないだろうと俺が内心で安心していたら、禅優寺さんの表情が少し俺を見下しているかのようなものに変化した。
「どうせあたしの好きな物なんか分かるわけないし」
あれ、おかしいな。
なんかイラっとしたぞ。
別に間違っちゃいないんだ。
禅優寺さんはこれといって分かりやすい特別好きな物があると公言はしていない。
夕飯の席での会話の中でその手の話はこれまで何も出てこなかった気がするし、料理についても好き嫌いを要望されたことは無く全部綺麗に平らげる。
おしゃれが得意なだけの普通の美少女女子高生。
おしゃれ関係のグッズなど男の俺には分かる筈も無いので、禅優寺さんが心から喜ぶプレゼントを用意するなど至難の技であろう。
そう、分かっているんだ。
禅優寺さんの言葉は正しいと。
だが、まるで『お前に人の心なんか分かるわけが無い』と言われているかのように感じて腹立たしく感じてしまった。
彼女がそういう意図を込めて言葉にしたからか、あるいは俺が穿った受け取り方をしすぎているだけなのか。
「禅優寺さんは何が好きなんですかぁ?」
おいおい、この流れで直接聞くか?
彼女はまた飄々とした雰囲気に戻って軽く答えた。
「なんでも好きだよ。美味しい物、可愛い物、面白い物、た~くさん好き好きだ~い好き」
「それじゃあプレゼント選ぶの難しいですぅ」
「ちゃんと希望を言うからだいじょぶだいじょぶ」
「今教えてくれないと春日さんが困りますよぉ?」
「……うさぴょんこだわるねぇ」
同感だ。
どうしてそこまでして俺にプレゼントさせたがる。
「禅優寺さんも春日さんと仲良くなるですぅ」
「どうして?」
「そしたらもっと…………二階とか掃除してもらえるですぅ」
おいコラ。
もっと何だよ。
俺に何をさせたがってるんだよ!
「ああ、そういえば部屋を掃除してもらいたがってたね。ダメダメ、女の子が男子を部屋に入れるなんてありえないから」
ほんそれ。
マジそれな。
つーか部屋の掃除くらい自分でしろ!
「ですが部屋があれだけ綺麗になるならと私もちょっとばかり考えてしまってます」
「えみりんまで。もー、ダメだって、女の子なんだから」
ほんそれほんそれ。
マジマジそれなそれな。
お前らまさか汚部屋になってねーだろうな。
「前から言いたかったんだけど、二人とも女子としての心構えが足りない!」
「ふぇ?」
「ああ、やってしまいました」
氷見さんが苦い顔をしている。
どうやら禅優寺さんの入れてはいけないスイッチをオンにしてしまったらしい。
「うさぴょんは可愛いし、えみりんはめっちゃ肌質が良い美人なんだから、お化粧したりおしゃれしてもっと輝かせないと!」
「でも学校では顔を隠してるしぃ」
「私も別に今のままで……」
「ダメに決まってるでしょ! 女子たるもの、いかなる時にも身だしなみには気を付けること。少しでも女を磨くこと。今のうさぴょんみたいにスウェットで過ごすなんてありえない!」
「だって楽で」
「だーめー!ダメダメ!絶対ダメ!今日という今日は徹底的に女子の在り方を叩き込むんだから!」
はは、こりゃあ大変だ。
男が聞いちゃダメなこともありそうだし、俺はさっさと夕飯を終わらせて退散するか。
「何逃げようとしてるんですか春日さん。あなたも一緒に聞くのですよ」
「逃がしませんよぉ!」
「えぇ」
「ふん、別に良いんじゃない。女子がどれだけ苦労しているのかをあんたにも分からせてあげる」
嘘だろ。
巻き込まれちまった。
くそぅ、栗林さんと氷見さんめ。
してやったり感たっぷりの汚い顔しやがって。
結局その日は長い間禅優寺さんの『おなごたるもの』をテーマにしたマシンガントークを聞く羽目になってしまった。
と言っても禅優寺さんが俺に話を振ることはないため、俺は白目になりながらも他の事を考えていた。
『どうせあたしの好きな物なんか分かるわけないし』
このセリフを口にした時の禅優寺さんは俺を侮蔑していると同時にとても寂しそうに見えた。
もしかしたらこのセリフは額面通りに受け取ってはダメなのかもしれないな。
そしてそれこそが、彼女が作り出す周囲との壁につながっているのかもしれない。
「ちょっとうさぴょん聞いてる!?」
「聞いてますぅ!」
「それじゃああたしが今言った事復唱して」
「ぴえぇ」
こうしていると壁なんか無くて楽しそうにしているように見えるんだけどな。
氷見さんがこの寮を劣悪な家庭環境からの逃げ場所にしたように、もしかしたら禅優寺さんにとっても何か意味のある場所になりつつあるのかもしれない。
そう考えるのは大袈裟だろうか。
よし、せっかく挑発されたのだから、例の話に参加してみるか。
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