2. あんた人生楽しいの?

「私は自室に戻りますね」

「…………」


 夕飯の洗い物を終えた俺はコミュニケーションルームから自室へと戻ろうとする際に、一人残っていた禅優寺さんに声をかけた。

 テレビをつけてスマホを弄っていて反応が無いが気にすることは無いだろう。

 俺が部屋に戻るといつもいつの間にか居なくなっている。


 そういえばそろそろ中間テストなのだが、勉強しなくて大丈夫なのだろうか。


『勉強嫌ですぅ』

『そんなこと言わずに頑張りましょう。成績が悪いとご家族が心配されますよ』

『それは言ってはならない話ですぅ』


 などと氷見さんと栗林さんが話していたから彼女達は勉強するつもりなのだろう。


 問題は寮生たちよりも自分の事だ。

 俺自身は決して成績が悪い訳では無いが、授業聞いていれば分かるし~、みたいなイラっとする天才でも無く、流石に無勉で挑んだら壊滅するのは間違いない。


 そういや騒介は相変わらずアニメばかり見ているらしいが大丈夫なのだろうか。

 でも案外あんなタイプが成績良かったりするからな。

 あいつに負けるのは悔しいから頑張ろう。


 そんなこんなで家事を終えて勉強に取り掛かっていたら、コンコンと俺の部屋の扉がノックされた。

 タイミングが悪いがこれも仕事なので仕方ない。


「はい、今行きます」


 扉を開けると立っていたのは禅優寺さんだった。


「何か御用でしょうか」

「…………」


 彼女は不機嫌そうに俺の部屋の中を見ていた。


「あの……?」


 何か用があったはずなのに何も言わない。

 そういえば氷見さんが以前同じようなことしてきたけれど、流石に今回はそんな流れになる脈絡は無いので勝手に中に入ってくることは無いと信じたいが。


「部屋綺麗すぎない?」

「え?」


 なんのこっちゃ。


「そうですか?」

「自分の部屋くらい適当にしてれば良いのに」

「はぁ……」


 俺が寮生たちに見栄を張って整理整頓していると思っているのかな。


「私は実家の部屋もこんな感じですよ」

「マジで。キモい」

「えぇ」


 まさか部屋を綺麗にしてキモいと呼ばれる日が来るとは。

 もしかして氷見さんじゃないけれど、男は汚部屋にするものだっていう偏見でもあるのかね。


「つーか、なんで料理も洗濯も掃除も出来んの」

「家庭の事情ってやつですね」

「ふーん」


 流石に我が家の恥であるクソ姉貴のことは言えなかったのでぼかした。


「他に何が出来んの」

「禅優寺さんがおっしゃったものぐらいですよ。ああ、もう一つだけベッドメイクが得意ですね」

「は?」

「諸事情により幼いころから練習してまして」


 もちろん理由はあのクソ姉貴のせいだ。


 あまりにも寝相が悪く、どうしたらこうなるんだと嘆きたくなるくらいに毎日ベッドを汚すため、ベッドメイクをする機会があまりにも多かったんだ。

 しかもクソ姉貴がベッドメイクの質にまで文句を言ってくるようになったから自然と上手くなった。


 おかげさまで俺も毎日気持ち良く眠れるよ、クソが!


「マジキモすぎ」

「そ、そうですか」


 ここは怒るべきところなのだろうか。

 侮辱されているのだろうけれど、禅優寺さんが今になって露骨に嫌悪感を表現する違和感の方が強くて嫌な気分にはあまりなってないんだよな。


 そういや禅優寺さんには初対面の時に足を思いっきり踏まれたんだったか。

 最近は穏やかな姿を見ることが多かったから忘れていたけれど、素の禅優寺さんは案外攻撃的なのかな。


 そして何故か俺がまた攻撃され始めていると。


「あんた遊んでるの?」

「まぁそれなりには。今はテスト勉強で忙しいですが」

「チッ」


 そこ舌打ちされるとこ!?

 いや、マジで意味が分からないんだけど。


「あんた人生楽しいの?」


 突然意味深な質問するの止めて!

 しかも寮父なんてやって苦労している今の俺にめっちゃ刺さる問いじゃねーか!


 人生が楽しいかって?

 あのクソ姉貴に振り回される人生なんて楽しい訳がないだろうが。

 だが今はクソ姉貴が近くにおらず、騒介みたいな気の合う友人もいて、全く楽しくないと言われれば嘘になる。


 どう答えたら良いか分からん。

 いっそのこと皮肉で返してやろうか。


「寮生たちと適切な関係を保てれば、楽しくなるかもしれません」


 少なくともあんた達との関係で悩まなければ、俺は好きな家事をしてそれ以外の時間を存分に自分のために費やすことが出来るんだ。

 だから余計なことはしないでくれよな。


 という意志を篭めて答えてみたのだが果たして。


「ふっ」


 鼻で笑われたー!

 チクショウ!


 仲良くなりたいなんて言ってないんだから良いじゃんかよー!


「冷蔵庫の中に入ってるので飲んで良いか分からないのがあるんだけど」

「…………はい」


 一瞬何のことか分からなかったけれど、これが元々聞きたかったことなのね。

 突然本題を切り出したから分からなかったよ。


 俺が禅優寺さんの質問に答えると、彼女は自然な足取りでコミュニケーションルームから出て行った。


「一体何だったんだ」


 まさか禅優寺さんが俺に対して厳しい理由が家事が出来るからなんてことは無いよな。

 もしそうだとしたら俺が寮父をやっている限りは絶対に分かり合えないな。

 だって家事が仕事だもん。


――――――――


 高校一年生の最初の中間テスト。


 それは学力の面でのカーストが確定するイベントでもある。

 成績優秀だからと言って好感度や人気が大きく上昇することはあまり無いが、良い印象が加わることに間違いないだろう。


「お、一教科だけ順位表に乗ってるじゃん」


 俺は手ごたえのあった数学で学年十八位になり順位表に載っていた。

 一つだけでも載ると気持ち良いな。

 その他の科目でも平均以上は取れており、まずまずの成績だろう。


「あいつらは載ってないのか」


 氷見さんなんかは優等生でもおかしくない雰囲気があるのだけれど、どうやら違ったらしい。


「知らない人ばかりだな」


 俺の周りで秀才イベントは無さそうだ。


「騒介どうだった?」

「知ってて聞いてるよね!?」

「自分の口から言わせたくてな」

「鬼!」

「成績が悪いのは自分のせいだろうが」

「今期のアニメが豊作なのが悪いんだ!」


 騒介は秀才タイプのオタクでは無かったようだ。

 むしろ赤点をとってしまうタイプのオタクであり、罰としてしばらくアニメ観賞禁止が親から言い渡されたようだ。


 テスト勉強を殆どせずにアニメばかり見ていたのだから当然の報いである。


「来年は騒介が後輩か」

「縁起でもない事言うなよ!」

「春日先輩って呼べよな」

「絶対嫌だ!」

「おい、リボン〇トロン買って来いよ」

「北海道まで行けと!?」

「本州でも売ってるところあるらしいぞ」

「探せと!?」

「残当」

「例え後輩になっても買いに行かないからな!」

「その例えはむなしすぎるぞ」

「ぐっ……」


 だからちゃんと勉強しろ。

 俺に教えてなんて泣きついて来るなよな。

 面倒だからマジ勘弁だ。


「禅優寺さんはどうだった?」

「アタシはどれも平均くらいだったよ」

「良いなぁ。私一個だけ赤点取っちゃってさ」

「それは辛いね~」


 禅優寺さんの会話が聞こえて来たがどれも平均前後か。

 遊んでいる風に見えてそれなりに勉強はしてたんだな。

 それか授業を聞いていれば平均が取れる程度の実力があるとか。


 しかし得意不得意や調子の良し悪しも無くて全部平均って凄いな。

 そんな人もいるんだ。


 案外、敢えて平均を狙ってたりしてな。

 な~んてありえないか。

 もしそうだとしたら、意図的に平均点に調整出来るくらいのとんでもない実力があるってことだからな。

 そんなことする意味無いだろう。


 なお、夕食時の寮生たちの会話で分かったことだが、氷見さんは俺と同じくらいの順位表に載るか載らないかギリギリのレベル、栗林さんは赤点スレスレの成績とのこと。

 成績優秀で美少女だなんて都合の良い設定などそうそう無いということなのだろう。

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