掃除すれば良いってものじゃない

1. その壁は何のために

 天気が良いからオフトゥン干そう。


 最近は氷見さんの件で忙しくて干せない休日が続いていたから気持ち悪かったんだよな。

 今日は久しぶりにぬくもりてぃ溢れる就寝タイムを過ごせるぜ。


 ということでオフトゥンを持って庭に出たら先客がいた。


「おはようございます春日さん」

「おはようございます氷見さん」


 氷見さんがジョウロで花壇に水をやっていたのだ。

 事件が起きる前に花壇について話をした時、三人とも興味無さそうにしていたのだが、事件後に氷見さんが是非世話をしたいと申し出て来たのだ。


 最近精神的にしんどいことが多かったから、お花を育てて気分転換したいのだろう。

 お花、だよな。

 食虫植物とか育ててないよな。


「お休みの日はいつも干してますね」


 おろ、見られてたんだ。


「本当は毎日干したいくらいなんですけどね。干した後のお布団で寝るととても気持ち良いんですよ」

「そうなんですか?」

「いつ寝たのか分からないくらい速攻で熟睡できますね」


 もう少しぬくぬく感を味わいたいとも思うので、その点少し勿体ないなとも思う。

 でも気持ち良すぎるからしょうがないんじゃー


「…………」

「氷見さんも干しますか?」


 熟睡できるという話を聞いて何かを考え込んでいるようだったので勧めてみた。

 もしかしたらメンタルの問題であまり眠れていないかもしれないからな。

 干すスペースはまだまだあるがどうするか。


「興味はあるのですが、朝起きれなくなりそうで」

「ああ、それは問題ですね」


 寮生たちが朝食を食べに来ないのは、どうやら朝が弱いからのようだ。

 携帯食片手に慌てて寮を飛び出す三人の姿を何度も見たことがあるから間違いない。


 気持ち良いオフトゥンなど用意したら猶更起きられず遅刻してしまうな。


「春日さんが起こしてくれませんか?」

「あはは、何を馬鹿な事言ってやがるんですか」

「はぁん」

「え?」

「いえ何でも」


 氷見さんがあまりにも妙なことを口走ったから俺も口調が崩れてしまったが、何故か一瞬彼女が喜んだような。

 気のせいだよな。

 考えてはだめだと俺の中の何かが警鐘を鳴らしているのでスルーしよう。


「ですが朝起きられれば春日さんの朝食を頂けるのですよね」

「そうですね。食べに来るのでしたら提供しますよ」

「やはり起こしてくれませんか?」

「モーニングコールをして欲しいということでしょうか」

「いえ、優しく揺さぶって起こして欲しいです」

「あんた何言ってんの!?」

「はぁはぁ」


 おかしいなぁ。

 あんなに男嫌いだったはずなのに、冗談とはいえ寝ているところに入って来いと言うなんて。


 やっぱり氷見さんは極端すぎる。

 男性との適度な距離感を学んでもらわなければ。


「栗林さんもきっと賛成しますよ」


 くそ、喜んで要望してきそうだから困る。

 この話は絶対に知られないようにしないと。

 お願いされてもサービス外だから拒否するが、栗林さんは手段を選ばない気がするんだよな。


 おお、怖い怖い。

 弱みを掴まれたりしないように気をつけないと。


「禅優寺さんが激怒しますよ」

「それはそうですね」


 寮生たちとある程度打ち解けた現在、部屋に入るのは論外として二階の掃除をすることくらいは許されそうだ。

 ただし禅優寺さんを除いて。


「禅優寺さんを口説き落とすのは大変ですよね」

「口説き落とすとか人聞きの悪い事言わないでください。言いたいことは分かりますけど」

「頑張って下さいね。私達の朝食のために」

「自力で起きて下さいよ」


 禅優寺さん。

 彼女の事を俺はまだ良く分かっていない。


 俺の夕飯に興味を示し寮生全員を夕食の場に強引に引き込んだ。

 しかもその場に俺を同席させた。

 俺と氷見さんが言い争いになったあの日も、俺を無理やり止めることは無く怒るのも仕方ないと言った風だった。

 氷見さんに相談に乗ってあげたようで、彼女が謝るきっかけを作ったようにも見える。

 そしてあの事件後も氷見さんのフォローを続けてくれた。


 なんと氷見さんはあの事件について学校バレしても立場がそれほど悪くならなかったのだ。

 その最大の理由が、愛嬌の良さと可愛らしさで学園のアイドルとなりかけていた禅優寺さんが友達だと公言して積極的に会いに行くようになったからだ。

 男女問わず好感度が高い禅優寺さんが味方だと明確に表明したことで、氷見さんを悪く思ってはならないという空気が出来たのだった。


 てな感じで、俺や寮生たちのフォローをしてくれる禅優寺さんは心優しい人物で打ち解けやすそうに思える。

 だが、俺はその禅優寺さんに見えない壁を感じている。


 しかもそれは俺を信用していないことによるものでは無さそうなのだ。

 むしろそっちの壁は張りぼてに見えて、他の理由により拒絶されているように感じている。


『えみりんが気を許したからって調子に乗らないでね』


 実はこんなことを禅優寺さんから言われていたのだけれど、その口調がどうにも演技臭くて表情も作り物めいていたのだ。

 おろおろしていたり驚いていたりした彼女の素の表情を見たことがあるからこそ分かったことだった。


 そしてその謎の壁は俺に対してだけでは無さそうなのだ。

 栗林さんや氷見さん相手でも、普段の会話を見ていると一定の距離から先は踏み込ませないようにしているように見える。


 もちろんこれは俺の勝手な推測かもしれないが、氷見さんの先ほどの『口説き落とすのは大変』の台詞から考えるに彼女も何かしら思うことがあるのだろう。


「あれ、えみりんじゃん。おっはー」

「おはようございます。お出かけですか?」

「うん、えみりんも行く?」

「行きたいのですが、今日も例の用事がございまして」

「そかそか、落ち着いたら行こうね」

「是非」

「んじゃいてきまーす」

「いってらっしゃい」


 今日も禅優寺さんは友達と遊びに行く。

 その姿は目一杯高校生活をエンジョイしている普通の女子高生にしか見えない。


 あれ?


 今チラっと俺の方を見て険しい顔になったような。

 俺何もやってないよな。

 時々こういうことがあるんだけれど、その理由も分からない。


「行ってしまいましたね」

「氷見さんは警察ですか?」

「いえ、母と話をしに帰ります」

「そうなんですね。どうなりそうですか?」

「もちろん引き続きこちらでお世話になるつもりですよ」

「家族と一緒の方が良いと思いますよ。お母さんは普通なんでしょう?」

「あの男と比べればマシという程度です。あの男に依存してしまっている時点でお察しでしょう」

「でも気にかけているってことは嫌いでは無いのですよね」

「…………まぁ、ずっと守ってくれてましたから」

「それなら一緒にいた方が良いですよ」

「春日さんは私をここから追い出したいのですか? こんな美人を追い出したいなんて、まさか男の人が好きとか」

「おいコラ」

「ひぃん」


 俺が言うのも何だが、家族なんだから一緒に居た方が良いと思うのは本音だ。

 ただ家庭にはそれぞれ事情があるのでこれ以上強く言おうとは思わない。

 あくまでも俺と氷見さんは寮父と寮生の関係であり、それ以上に踏み込む気などさらさら無いからだ。


「それでは私はこれで失礼しますね」


 そろそろ移動する時間なのだろう。

 氷見さんは笑顔で挨拶をして部屋に戻っていった。


 う~ん、やばいね。

 あの笑顔を見せたらどんな男もイチコロじゃないか。


 俺だってこれまでのことがなくて今のが初見だったらヤバかったかもしれん。


 学校ではまだ男子に対しての警戒心を薄めておらず、無節操にケンカを売る真似は止めたが不審に近づく男子には遠慮なく氷の視線を向けているらしい。

 しかし女子に対してはこれまで以上に柔らかな態度になっているらしいので、あの笑顔を振りまいているとしたら人気が急上昇するかもな。


 一方で、すでに人気が上限突破しているもう一人の女王様。

 愛嬌たっぷりの彼女が作る謎の壁の正体が分かる日は、案外早くにやってくることになったのである。

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