2. 男なんて野蛮で卑猥で暴力的で都合の良い時だけ優しくなるクズに決まってる

「今日も美味しそうですぅ!」


 ゴールデンウイークも終盤。

 栗林さんが寮に戻って来て、また四人での夕食タイムだ。


「しばらくは春日さんの料理が食べたいですぅ」


 どういう意味かと言うと、栗林家の料理では無くて俺の料理を出して欲しいという意味だ。

 栗林さんがホームシックにならないように栗林家の料理を割と頻繁に出していたのだけれど、ゴールデンウイークに実家に帰りたっぷり家族と話し合って甘えたことからメンタルが回復したのだろう。


 俺も自分の料理を作る方が楽しいし、栗林さんだけを優遇しすぎるのも問題だと思っていたので助かる提案だ。


「味はお祖母ちゃんの料理の方が好きだけど、見た目は春日さんの方が綺麗ですぅ」


 そんなこと言ってやるなよ。

 お祖母ちゃんだって見た目を考えて作っていると思うぞ。

 教えてもらった料理は茶色いものが多かったけれど、家ではちゃんと彩豊かな料理を出しているはずだ。


「見た目が綺麗な方が食欲が湧きますから気を使ってます」


 ぐちゃぐちゃに盛られた料理よりも綺麗に映える感じで盛られた料理の方が美味しそうだろ。

 やりすぎると綺麗すぎて食べられないなんて思われるので、あくまでも美味しそうに盛るのがポイントだ。


「目で楽しむってことですかぁ?」

「そこまで高尚なものでは無いですけれど、見た目も楽しんで頂けたら嬉しいです」

「そうですかぁ」


 栗林さんとはこんな風に普通に会話が出来ているのだけれど、他の二人とは関係が改善されていない。


「…………」

「…………」


 それどころか俺が栗林さんと話をすると不機嫌そうな雰囲気になるんだよな。

 栗林さんを餌付けして手籠めにしようとでも思っているのだろうか。

 彼女のメンタルを回復させた功績が信頼につながるかと思ったら、その行動が逆に怪しませてしまったらしい。

 ぐぬぬ。


 ぶっちゃけた話、前から思っていたことだけれど栗林さんは言動や行動が幼すぎてそういう目で見れないんだよ。

 体の極一部のボリューム的には一番大人なんだが、どうしてこうなった。

 もちろん、そういう目で見れる相手だったとしても人生オワタにならないためにも自重するがな。


「それじゃあちゃんと目で楽しんでみますぅ」

「え?」


 禅優寺さんと氷見さんからの印象が理不尽にも悪化してしまったことに内心で溜息をついていたら、栗林さんが予想外の行動に出た。


 なんと料理をしっかり観賞するために、目元まで覆っていた髪を左右に避けてポケットから取り出した髪留めで留めたのだ。


「(嘘だろ!?)」

「(まじマジ!?)」

「(可愛い……)」


 栗林さんの顔はやや童顔ではあったものの、くりくりした瞳がとても印象的な可愛らしさ全振りタイプだった。

 禅優寺さんも氷見さんも俺へのヘイトでイライラしていた様子は消えて、栗林さんの顔を食い入るように見つめている。

 ということは彼女達も栗林さんの素顔を知らなかったんだな。


「うさぴょん可愛い!」

「私もとても可愛いと思います」


 ここで俺も可愛いなんて言ったらゲームオーバーだ。

 だが言わないなら言わないでそちらも女心が分からないダメ男としてゲームオーバーだ。


「今の髪型の方がお似合いだと思います」


 なのでとりあえずこんな感じで無難に評価しておいた。


 しかし、過度に褒めたら恥ずかしがってまた顔を隠してしまうのではないだろうか。

 禅優寺さんと氷見さんは可愛い可愛いとまだ連呼しているが、それは悪手な気がする。

 だが俺の予想とは違い栗林さんは顔を隠すことは無かった。


「そうでしょそうでしょ~」


 むしろ隠すどころか全力で肯定して自慢している。

 あれ、てっきり誰かと視線を合わせたり見られるのが恥ずかしいから目を隠していたのかと思っていたけれど違ったのか。

 それなら何故髪で顔を隠していたのだろうか。


「ふふん」

「!?」


 俺が不思議に思っていたら、栗林さんは腹黒そうな感じでにやりと笑いこっちを見た。

 まさか栗林さんは自分が人並み以上に可愛いと自覚していて、それを武器として使おうとしているのか。

 隠していたのはギャップを狙ってか、はたまた男が寄って来るのがうざいからか。

 考えすぎか?


「寮の中ではこの髪型にしておこうかな。春日さんが似合っていると言ってくれたことですしぃ」


 おい馬鹿それは止めろ!


「…………」

「…………」


 ほらぁ、二人がまた俺に対する不信感バリバリになっちゃったじゃないかよ。

 可愛い栗林さんを不審者から守らなきゃって感じで警戒度がより高まったぞ。


「これからも美味しい料理をお願いしますぅ」


 栗林さんはあざとく俺にウィンクしてから夕飯を食べ始めた。

 彼女の考えていることは良く分からないけれど、ただの精神年齢が幼い同級生とは思わない方が良さそうだ。


 もしかしたらそれすらも甘やかしてもらうための演技かも知れないのだから。

 まさかもっと甘やかしてもらうために素顔を見せて俺の興味を惹こうとしたわけじゃ無いだろうな。

 ま、まさかな。


 でも今問題なのは栗林さんじゃない。


「(うわぁ、これが狙いだったんだ)」

「(処す処す処す処す処す処す処す処す!)」


 警戒度が跳ね上がった二人に、別に下心なんて無いのだとどうやって信じてもらうかだ。

 少なくとも禅優寺さんの警戒度を下げて、学校でまた睨まれるようなことが無いようにしなければ。


 という考えは誤りだった。

 俺が本当に注意しなければならないのは氷見さんだったのだ。


「栗林さんは私が守って見せる!」

「ふぇ?」

「ひえっ!」


 突然立ち上がり叫んだ氷見さん。

 突然守られると言われて意味が分からず困惑する栗林さん。

 ついにやっちゃったかと顔を顰める禅優寺さん。

 そして久しぶりに氷漬けになってしまった俺。


「男なんて野蛮で卑猥で暴力的で都合の良い時だけ優しくなるクズに決まってる! 私があんたの正体を暴いて追い出してやる!」


 誰が野蛮で卑猥で暴力的で都合の良い時だけ優しくなるクズだよ。

 それはクソ姉貴のことだろ。

 ……マジでそうだな。

 身内にそんなのがいると思うだけでなんか凹んで来た。


「こんなご飯なんかで騙されると思わないでよね!」


 それはその手に持つ茶碗と箸を置いてから言えよな。




 しかし氷見さんか。

 男嫌いということもあり、いずれ向き合わなければならない時が来るとは思っていたが、予想よりも早かったな。

 てっきり餌付けで延命出来たかと思っていたが、効果は長続きしなかったらしい。


 夕飯の後片付けを終え、部屋に戻った俺は契約書を取り出した。


 栗林さんのホームシックの件で確認した時、念のため他の二人の契約書についても確認したんだ。

 禅優寺さんについては特に違和感は無かったけれど、氷見さんは気になる点があった。


 緊急連絡先に書かれていたのが母親だったのだ。

 単にそれだけならあまり気にはならなかったのだが、そこに男嫌いが加わると嫌な想像をしてしまう。


「いやぁ、流石にこれは重すぎんよ。どうすりゃ良いのか全く分からん」


 いわゆる氷見さんの嫌いな男性像。


 野蛮で卑猥で暴力的で都合の良い時だけ優しくなるクズ。


 それに該当する人物が身内に居るのかもしれない。

 しかも最も近い身内に。


 幼いころからそれを見て来た氷見さんが男性不信になったという俺の想像が正しいのならば、ぶっちゃけ触れたくない。

 俺は他人の家庭の重い事情に興味本位で首を突っ込むような人間では無いからな。


 だが触れないと俺と氷見さんの関係改善は難しいかもしれない。

 正攻法では俺が誠実な人間だと粘り強く証明し続けるしか無いのだろうが、いつまで我慢し続ければ良いのかって話だ。

 せっかく姉貴から解放されたのにギスギスな毎日を過ごすのは嫌だぞ。


 それに別に俺は誠実でも何でもない普通の男子高校生だ。

 頑張って大人ぶって寮父を演じているが、人並みに美少女が好きでえっちぃことも考える。

 年相応に野獣であり、ある意味氷見さんの指摘は正しいとすら言えるのだから。


「はぁ……マジどうしよ」


 氷見さんから宣戦布告をされてしまった以上、何かを仕掛けてくるのは間違いない。

 少なくとも俺はその全てを乗り越えて、最低限人生オワタにならない結果を出さなければならない。


 自信ないなぁ。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る