心の洗濯は難しい
1. 花壇作り
世間はゴールデンウイークに入り、俺達高校生も休みを満喫している。
俺を含め寮生たちの殆どが実家に帰らないのだけれど、栗林さんだけは帰る予定だ。
どうやら祖父母がタイミングを合わせて一時的に家に帰るらしく、目一杯甘えてくるのだろう。
それはさておき、俺はこのゴールデンウイークにやりたいことがあった。
レオーネ桜梅にはそこそこの大きさの庭があるのだけれど、そこが手つかずで簡素な状態のままだったから花壇を作りたいんだ。
これは管理人としての仕事だから寮生たちには手伝いを頼めず、その代わりに別の助っ人を呼んである。
「武田さん、今日はよろしくお願い致します」
毎日コツコツと好感度を稼いだことで、休日に手伝ってくれるくらいには仲良くなったのだ。
「力仕事は任せて欲しい」
「いやいや、女性にそのようなことはさせられませんよ。アドバイス頂けるだけで助かりますから」
「それは女性蔑視だぞ。少なくとも春日さんよりも私の方が強いしね」
「それでも、ですよ」
止めてくれよ。
いくらガタイが良くて強そうに見える武田さんと言えども、もし女性に力仕事をさせているところなんか寮生たちに見られたら何を言われるか分かったもんじゃない。
「はは、分かった。でも少しは体を動かしたいから、それなりの作業を指示してもらえると嬉しいな」
「仕方ないですね……」
体を動かしたいならその手に持つ竹刀でも振っていれば良いのでは、とは言えなかった。
つーか持ち歩いても法律的に大丈夫なのだろうか。
隣が交番なんだけどな。
「それじゃあまずは花壇の広さを決めましょう」
俺は白い紐を地面に置いて花壇のスペースを示した。
「もう少し広くても良いんじゃないか」
「でも武田さんは昼間にここで素振りをしているのですよね。花壇が広すぎるとそのスペースが狭くなって鍛錬しにくくないですか?」
「いやいや、私の都合なんて考えなくても良いよ。住んでいる人を基準にして」
「それを言うなら武田さんだって平日昼間限定とは言えここに住んでいるじゃあないですか。だから武田さんも希望を言う資格はありますって」
武田さんが庭で竹刀を振っている姿は非常に力強く、不審者対策にもなっているから是非続けて貰いたいのだ。
「そうか。ならお言葉に甘えてこのくらい……」
結局、花壇は武田さんが最初に広げようとした範囲より多少狭いものとなった。
「なんか悪いな」
「いえいえ、私としても広い方がお布団を干しやすくて助かりますから」
「お布団?」
「はい、毎週日曜にここで干してるんです」
布団というかマットレスに近いやつだけれどね。
ベッドの上に敷いている物で、天気が良い日にこれを干すとその日の晩は気持ち良く眠れるんだ。
「料理が旨くて掃除洗濯も得意か。春日さんに面倒見て貰いたくなってきたよ」
「あはは、大袈裟ですよ。武田さんもお母さんなんだから子供達にそう思ってもらえるようにならないと」
「う゛っ……精進する」
武田さんが平日昼だけ管理人業務をしているのは、二児の母であり家に帰ったら幼い子供達が待っているからだ。
見た目は若いお姉さんなので二児の母だと聞いた時は驚いたけれど、子供達が武田さんをママと呼ぶ動画を見せて貰ったから間違いない。
子供達がいるので親として家事を毎日やらなければならないのだけれど、武田さんは苦手とのことなので最近は俺が色々と教えてたりする。
なお、今日は旦那さんが子供の面倒を見ているため、俺の手伝いに来れたようだ。
「それじゃあ買い物に行きましょうか。車お願いします」
「おう、任された」
武田さんの車でホームセンターに向かい、花壇作成に必要なものを一通り購入して寮に戻って来た。
「それじゃあ私は花壇の準備をしますので、武田さんは休んでいてください」
「おいおい、体を動かしたいって言っただろう」
「う~ん、それじゃあ私のお布団を干してもらって良いですか。部屋の中に畳んで置いてありますので」
「了解」
その間に俺は花壇のある場所を耕そう。
シャベルで掘って混ぜて掘って混ぜて掘って混ぜて掘って混ぜて。
「ふうっ、ふうっ」
「大変そうだな、やっぱり私もやろうか?」
「い、いえ、大丈夫、です」
思っていたよりもしんどいな。
花壇の範囲を広くしすぎちゃったかも。
こりゃあ時間がかかりそうだ。
「もうダメ、辛抱ならん。私もやる!」
「え、ちょっと」
俺がグズグズしているから武田さんに手伝ってもらう羽目になってしまった。
って早!
凄いスピードでどんどん耕してく。
力に差がありすぎんよ~
男としてかなり悔しい。
おかげであっさりと終わってしまった。
「次は花壇の周りに石を置くんだよな」
「それこそ私が」
「まぁまぁ、任せな」
かなり重い石を武田さんは軽々と持ち上げて次々と並べて行く。
俺買う時にかなり苦労したのに……
男のプライドはもう粉々よ。
武田さんはあっという間に石を並べ終わってしまった。
焦ったけれど幸いにも俺の情けない姿は誰にも見られてないようで助かった。
「結局ほとんど武田さんに力仕事を任せてしまいましたね」
「はは、適材適所ってやつさ。普段家事について教えてもらっているからこのくらいはやらないとな」
こういう気遣いが出来る人だから結婚して子供にも恵まれて幸せな家庭を築けているんだろうな。
クソ姉貴とは大違いだ。
俺の姉と交代してくれませんかね。
「それじゃあ最後に肥料を混ぜますね」
買って来た肥料を混ぜ混ぜしたら花壇の完成だ。
最後くらいは自分がと思い一人で作業していたら、禅優寺さんが外出するらしく寮から出て来た。
「たけしゃん、こんちわ~」
「おう、ちわっす」
彼女は入り口近くに武田さんが居たから挨拶をしたものの、俺の方はチラリとも見る気配が無い。
「お出かけかい?」
「うん。ともりんとぶらってくるつもり~」
「そかそか、気をつけてな」
「あんがと~」
禅優寺さんは交友関係が広く、休みの日は必ずと言って良い程遊びに行く。
寮には門限が無いので最初の頃はかなり遅くに帰ってきたこともあったけれど、最近は夕方には必ず戻って来る。
その理由はもちろん俺の飯だろう。
ふははは。
いやまぁ寮に居ないなら居ないで接触の可能性が少ないからそっちの方が良かったんだけどな。
「うし、終わり」
「そういえば花壇作ったのは良いが何を植えるつもりなのか?」
「それは寮生に相談してから決めようと思ってまして」
「寮生と?」
自分が住んでいる寮に嫌いな花が咲いていたら気分が悪いだろう。
だから念のため相談する予定だ。
少し前ならこんな話を切り出すのは難しかったけれど、今は栗林さんがいる。
栗林さんは俺に少し懐いたようで寮生の中で唯一普通に話が出来る間柄になったのだ。
彼女に質問すれば芋づる式に他の二人の意思も確認できるだろう。
「ちゃんと管理人やってるんだな」
「いえいえ、まだまだ全然ですよ」
「それにしても不思議だな。何故春日さんが女子寮の管理人をやってるんだ。こうして話をしてみたら特に下心があるようにも見えないし真面目だし常識がありそうだし、こんな話が来ても断りそうなものなんだが」
「あれ、ご存じないのですか? てっきり話が伝わっているものと思ってました」
俺は寮父になった経緯を武田さんに説明した。
「なるほど、家事が得意だからお願いされたのか」
「話を聞いてましたか? お願いじゃなくて無理矢理だったんですけれど」
「分かってる分かってる。困っていたから断れなかったんだよな」
「絶対分かってない!」
お人好しだなんて思われてそうだけれど違うから。
マジで脅されて仕方なくやってるだけだから。
でもこれってそれを主張しても照れ隠しだって勘違いされるパティーンだ。
ちくせう。
「まぁ何かあれば遠慮なく相談してくれよな。力仕事くらいしか出来ること無いけどさ」
思わず兄貴って言いたくなる頼りがいのある人だ。
俺と武田さんの性別逆ではないだろうか。
「今日はここまでかな」
「はい、お礼にお菓子用意しましたのでお持ちください」
「助かる! 春日さんのお菓子、子供達にも人気なんだよ」
「そうなんですか!」
これはますます餌付けが捗るのう。
くっくっくっ。
武田さんには俺の味方として精一杯寮生たちの壁になってもらわないと。
そしてその竹刀が俺に向かないように全力で媚びないとな。
情けないとか言うなよな。
あの竹刀を手に睨まれるとマジで殺されそうな気がして怖いんだよ。
そんな感じでこの日の花壇作りは終了となり、俺は一旦シャワーを浴びて土汚れを落としてから干していた布団を取り込んだ。
だが俺は気付いていなかった。
花壇作りから布団の取り込みまで。
一部始終をこっそりと見られていたことに。
「男なんて……!」
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念のため
武田さん回ですが武田さんはヒロインじゃないです。
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