6. 家庭の味
「ふんふんふ~ん、と」
ここ最近の調子が良いから料理しながら思わず鼻歌が出ちゃうね。
暴力の権化であるクソ姉貴から解放されて、絶望の女子寮暮らしも良い感じに変わり、好きな家事を沢山出来て、料理を美味しいと思ってもらえる。
クソ姉貴に怯える日々と比べたら天と地ほどの差があるぜ。
「ほっ、ほっ、ほっと」
手首を返して豪快にフライパンを操り、炒めている野菜を高々と宙に浮かせる。
ただの肉野菜炒めだから必要無いことだけれど気にしてはならない。
「お待たせ致しました」
今日も寮生たちと一緒に夕飯を食べる。
栗林さんはカレーの日以降もこれまで通りに食べに来ていて変わった様子は無いから特に気にしていない。
どうせ俺は給仕以外は居ない者として扱われるので、明日以降の夕飯メニューでも考えながら黙々と食べてようっと。
何作ろうかな。
最近は初挑戦の料理が多かったからここは初心に戻って得意料理を更に研究して……ってあれ。
禅優寺さんと氷見さんがこっちを時折見ているような。
気のせいかな、それともおかわりかな。
う~ん、やっぱり気のせいかな。
てなことがあった翌日の昼休み。
「玲央何か悩み事でもあるのか?」
「は? 何で?」
騒介が突然俺にそんなことを言って来た。
「だって変な顔してるぞ」
「イケメンを前に失礼な奴だな」
「玲央はイケメンじゃないだろ」
「おま、ストレートに言うなよ。傷つくだろ」
「そんな繊細な性格じゃないだろ。いや、繊細だから悩んでるのか?」
「またそれか。そんな風に見えるのか?」
「めっちゃ見える。というか不安そうなのに笑顔とか見ているこっちが不安になるから止めろよ」
「マジか」
人生楽しくって仕方ないって雰囲気をバリバリに出してたと思うんだけどな。
そっか、バレてたか。
楽しい楽しいって思い込もうとしていたけれど、自分も他人も騙せないもんだな。
ぶっちゃけ気にしてる。
栗林さんに美味しくないって言われたこと超気にしてる。
ぐやじい!
「何かあるなら相談に乗るぞ」
「騒介には無理だろうな」
「聞いてから言えよ!」
「ははは」
「………………言えよ!」
「しゃーないな」
「なんでそんなに嫌そうなんだよ」
騒介相手にマジトーンで話をするとか何となく嫌だからつい茶化してしまった。
「俺の料理を食べた人が美味しいけど美味しくないって言ってな。その意味が分からなくてもやもやしてたんだよ」
「玲央の料理を食べただなんて超羨ましい!」
「お前には作らんぞ」
「ちぇっ。にしてもその人ツンデレだな」
「ツンデレってお前……いや、そうなのか?」
本当は好きだけれど素直になれずにツンツンしちゃう。
本当は美味しいけれど素直になれず美味しくないって言っちゃう。
確かに似ている。
なお、原初の意味でのツンデレとは違うとか細かい事を言ってはならない。
ツンデレ警察は来ないでください。
「でも恋愛的な意味での好き嫌いならともかく、飯が旨いかどうかでツンツンする意味あるか?」
「さぁね。その人も料理が得意だから悔しくて認められないとか、特別な拘りがあるから認めたくないとか、色々あるんじゃね?」
「ふ~ん、騒介はそういうキャラが好きなのか」
「そうそう、お勧めは……って俺がアニメでしか語れないと思うなよ!?」
「え、現実で俺以外の友達いるの?」
「ガチで心抉って来るの止めろよ!」
「ははは、悔しかったら友達作ってみろよ」
「玲央がいるから良いし……」
「おま、マジトーンで言うなよ……」
そしてこんな時だけキラキラした目でこっちを見るなよ、そこの腐った女子共!
まぁでも参考にはなったな。
栗林さんは料理が得意には見えないから、あるとしたら料理に特別な拘りがあるから認めたくない方か。
となると俺はその拘りを突き止めて作れば勝てるわけだな。
そんなのどうすりゃ良いんだよ!
友達レベルで仲が良いなら会話で引き出せるかもしれないが、少しでも親しく話しかけたら下心を疑われて怯えられる関係だぞ。
はいはい、ムリゲムリゲ。
諦めるしか無いな。
『美味しくないですぅ!』
くそ。
あの時ちらりと見えた涙目がどうしても脳裏から離れてくれない。
学校から帰ってからも俺はどうすべきか、どうしたいのかを考える。
栗林さんの拘りを突き止める方法なんてあるのだろうか。
いっそのこと禅優寺さんと氷見さんに協力をお願いしたらとも考えたが、話を聞いてくれるかどうか怪しいところだ。
傍から見たら栗林さんの好きな料理を作って好感度を稼ごうとしている男にしか見えないからな。
でも他に情報源なんて無いぞ。
せいぜいが彼女たちがここの女子寮に住むための契約書くらいだ。
そこに書かれているのも実家の住所や緊急連絡先程度。
それを見たところで意味なんか……あれ、緊急連絡先ってお祖父さんなんだ。
両親では無いところ、重い事情がありそうだ。
栗林家の問題に首を突っ込む気なんて無いぞ。
しかし……だが……
緊急連絡先に書かれている携帯電話の番号と長い間にらめっこしてしまい、危うくその日の夕飯作りが遅れてしまう所だった。
――――――――
それから数日後。
俺はキッチンでまたカレーを作っていた。
ただし今日のはスパイスから作る本格的なものではなく、市販のルーを使ったものだ。
決して手抜きというわけではない。
これには大きな意味があるのだ。
「こんなカレーもあるんだな」
鳥もも肉、しいたけ、レンコン、ゴボウ、ニンジン、サトイモ、絹さや。
筑前煮に使う具をふんだんにぶち込んだ、具だくさんの和風カレー。
これまた市販の和風だしを入れて味を調えると美味しく仕上がった。
「こっちも良い感じかな」
これまた具だくさんの豚汁風味噌汁。
カレーの具材と同じものを味噌で仕立てたものだ。
具沢山な感じが豚汁っぽいから豚汁風と呼んだけれど、お肉は鶏肉なので鶏汁風と呼ぶのが正しいのかな。
「お腹減った。あ、カレーだ……」
料理が完成した丁度良いタイミングで寮生たちがやってきた。
栗林さんが少し暗い顔をしている。
やっぱりカレーがキーだったのか。
「ちょっとあんた! 何考えてるのよ!」
その様子を見た氷見さんが激昂して俺に詰めよろうとするが、ここで凍るわけにはいかない。
「準備しますので席についてお待ちください」
「あんたねぇ!」
「お待ちください」
「っ!」
よぉっし!
強烈な視線になんとか耐えたぞ。
氷見さんは俺が退かないと分かったからか、しぶしぶとだが引き下がった。
少し顔が青褪めているのは、嫌いな男に強い態度で反抗されたからかな。
氷見さんには悪いけれど、今日は退くわけには行かないんだ。
「えみりん大丈夫?」
「え、ええ……」
禅優寺さんも俺の態度が不服なようだが、氷見さんのように食って掛かっては来なかった。
ただその視線は険しく、もしも栗林さんをこれ以上悲しませるようなことがあれば絶対に許さないと言っているように見えた。
「お待たせ致しました」
準備と言ってもご飯とカレーをよそい味噌汁をお椀に入れるだけなのですぐに終わる。
さっと準備してテーブルの上に置くと、三人ともが驚いた。
「え、何コレ」
「…………」
そりゃあ驚くよな。
筑前煮カレーだなんて、一般的では無いからな。
美味しいのだろうか。
栗林さんは大丈夫だろうか。
栗林さんを泣かせようとする卑劣な男をどうしてくれようか。
様々な負の感情が入り混じっているようだが、今は二人のことはどうでも良い。
問題は栗林さんだ。
「あ……ああ……」
栗林さんは前髪に隠れていても分かるくらいに目を大きく見開いてそのカレーと味噌汁を凝視していた。
「なん……で……?」
そして恐る恐るスプーンを手に取り、カレーを口にした。
「!?」
見開いていた目が更に大きく開かれた様子だ。
信じられないとでも言いたいかのように俺を見つめていた。
栗林さんにはもう分かっているのだろう。
俺が彼女の家族に話を聞いて、このカレーの作り方を教えてもらったことに。
悩んだ俺は、意を決して緊急連絡先に書かれた番号に電話をした。
電話口に出たのは彼女の祖父だった。
栗林爺はとても穏やかで優しい人物で、栗林さんのことを親切に教えてくれたのだ。
栗林さんは幼い頃に両親を亡くし、父方の祖父母の家で引き取られて育てられていた。
しかし祖父母は高齢であり栗林さんの中学卒業と同時に施設に入ることになってしまった。
それゆえ栗林さんは寮で一人暮らしをすることになったのだけれど、祖父母にたっぷり甘やかされて育ったからか、もうホームシックになりかけているのだろうと栗林爺から教えてもらったのだ。
栗林さんは特に祖母の料理が大好きで、その家庭の味が世界一だと思っている。
だから俺の料理がどれほど美味しくても、祖母の料理の方が美味しいからと素直に褒められなかったのだろう。
そしてカレーは栗林さんが特に大好きなメニューであり、想い出の家庭の味の象徴だった。
祖父母のことを思い出して強いホームシックが発症し、悲しんでいたのだ。
俺が家族と話をしたことに気付いている栗林さんに改めてその話をする必要は無いだろう。
でも俺を見つめる彼女に他に言わなければならないことがある。
「栗林さんに伝言がございます」
「…………ふぇ?」
それは栗林爺からのメッセージ。
「いつでも遊びにおいで。待ってるよ」
「!?」
すっと栗林さんの瞳から涙が零れ落ちた。
「お祖父ちゃん……お祖母ちゃん……でも……わだじまだっ……」
自立出来ていないから会えない。
そう言いたいのだろう。
どうやら栗林さんは祖父母と別れる前に、『一人でもちゃんと生活出来るから心配しないで!』と言い放ったらしい。
大切な孫を一人暮らしさせる事が心配な祖父母を安心させるための言葉だったのだろうが、これを言ってしまったがゆえに、『ちゃんと生活』出来ていないと心配かけるから会いに行けないと思ってしまっているようだ。
これが無ければ頻繁に祖父母に会いに行ってホームシックの発症は抑えられていただろう。
「(え、何々、何がどうなってるの?)」
「(分かりませんが、こいつが栗林さんを泣かせたことは間違いないでしょう)」
「(で、でもこれって悪い状況なのかな?)」
「(男のやることなんて悪いに決まってます! きっと、多分、ですが……)」
おいおい、この状況で変に茶々を入れるのは止めてくれよ。
後でどれだけ非難されても構わないが、ここまで来たら最後まで好きにやらせてもらうつもりだからな。
「栗林さんに一つアドバイスがございます」
「…………」
「僕達はまだ子供ですから、精一杯甘えて良いのではないでしょうか」
「…………え?」
そうだ。
俺達はまだ高校一年生で子供なんだ。
いずれ嫌でも大人になり自立しなければならない時が来る。
極一部、家から出ずに子供のまま体だけ大人になるようなケースもあるらしいが、少なくともこの寮に入って一人暮らしをしている以上、一人で社会に出ることは確実であり大人にならずに生きることは難しいだろう。
それなのに意地を張って大切な人とのかけがえのない日々を失うなどあまりにも寂しすぎる。
それに栗林さんの場合は大切な家族が高齢で、いつ悲しいことが起きてもおかしくはない。
今のうちに目一杯甘えておいても誰も文句は言わないだろう。
「きっとお祖父ちゃんもお祖母ちゃんもそう思ってますよ」
だって電話越しでも孫を心配して会いたそうにしているのが手に取るように分かったもん。
やっぱり家族は出来る限り一緒にいないとね。
俺もたまには家に帰らないとな。
クソ姉貴が居ない今のうちにな!
「うっ……ひっぐ……ひっぐ……ありがどう。うわああああん!」
これにて栗林さんの問題は解決かな。
彼女はしばらくの間、声をあげて大きく泣いた。
そして涙が枯れると、再びカレーに手を付けた。
「栗林さん、美味しいですか?」
「美味しいですぅ!」
ああ、そうだ、俺はこの答えが聞きたかったんだ。
美味しいものを食べて笑顔になる。
彼女達と食卓を共にすることで、その素晴らしさが身に染みて分かったよ。
「でもまだまだですぅ!」
「え?」
「お祖母ちゃんのカレーの方がもっとも~~~っと美味しかったですぅ!」
「ぐっ……だって目分量だなんて言われたからしょうがないだろ!」
あ、やば、素でツッコんじまった。
態度が悪いなんて糾弾しないでくれよ!
戸惑う氷見さんと禅優寺さんと怯える俺。
そんな三人のことなど全く気にせず、栗林さんはカレーを勢いよく平らげた。
「おかわり!」
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