5. 信頼度上昇大作戦 ( VS 婦警さん&昼の管理人さん )
勘違いしてはならない。
俺は別に寮生たちと仲良くなったわけでは無いのだ。
最初に夕飯を食べに来た禅優寺さんも、俺に対する印象はまだ下限ギリギリだ。
料理を評価されただけで、俺自身が評価されたわけでは無いのだから当然である。
そんな俺が彼女達からどんな扱いをされているかと言うと、基本的には無視である。
おかわりとデザートを要求する時だけ話しかける都合の良い給仕さん。
同じテーブルでご飯を食べるのを許されているのも、おかわり対応が素早く出来て便利だからだけのようだ。
それでも最初の頃よりかは大分マシになった。
細心の注意を重ねて重ねて重ねて重ねて重ねて重ねて話しかければ寮のことについて説明したり情報共有出来たし、栗林さんが俺を見て『犯される!』などと泣き叫ぶことも無くなった。
禅優寺さんも学校で偶然近くを通っても睨むことは無くなったし、氷見さんだけは変わらないけれどそれは他の男子も同じなので気にしなくても良いだろう。
つまりは、俺の心に平穏が戻って来たのだ。
夕飯時や寮生活にはまだ緊張感が漂っているが、学校でリラックス出来るようになったのは非常に大きい。
そして心にゆとりが出来ると受け身から攻めへと転じる余裕が生まれるのだ。
「こんにちは!」
「え? こ、こんにちは」
学校帰りに寮に入る前に、寮の隣にある交番に立ち寄った。
俺から挨拶されるとは思っていなかったのだろう。
いつも俺を睨む婦警さんが驚いている。
「人通りが無くなるまで少しここに居ても良いですか?」
「え、ええ」
現在、寮の前に何人か歩いている。
この状態で俺が中に入ったならばまた通報されてしまうだろう。
これまでは迂回して人が居なくなるチャンスを待っていたのだけれど、今日からは交番内で待たせてもらおうと思ったのだ。
「寮の方で何か不審なことはありましたか?」
「…………ないわ」
「それじゃあこの近くで不審者がいるとか、そういう話はありますか?」
「…………今の所ないわ」
不審者はお前だろうなんて言いたげに婦警さんが睨んでくるけれど怯んではダメ。
笑顔を絶やさずにひたすら話しかけるんだ。
もしここで俺が笑っていなければ、生徒が警察に補導されているなんて噂が立ちかねない。
問題があってここに居るわけでは無い事を歩いている人にアピールしなければ後で面倒なことになってしまうのだ。
「寮生活は……てなことがあって最近は……夕飯を気に入ってもらえて……」
俺はひたすら婦警さんに話しかけた。
好感度を稼ごうとしているのは見え見えであるが、何もしないよりかはマシだろう。
こうやって少しでも俺のことを知ってもらって、地道に信頼を得る作戦なのである。
だから俺は毎日必ずこの交番に寄って話をすると決めたのだ。
「それじゃあ人通りが無くなったので寮に戻りますね」
突然の俺の行動に困惑したままの婦警さんにさよならを言い寮に戻った。
「ただいま帰りました」
「…………」
次の相手は竹刀を持っているお昼の管理人さんの
「武田さん、少しだけお話しする時間ありますか?」
「あるけど何?」
う~ん、相変わらず厳しい目つきだな。
でもそれは婦警さんと同じで俺が信頼出来る人物であると証明しようとしなかったからだ。
環境を良くしたいのならば、自分から行動しなければダメなのである。
心の余裕を取り戻したことでそのことに気が付いた。
「寮の管理について相談があるんです」
「相談?」
「はい、主に掃除の担当ですね。私は土日に寮の一階を掃除しますので、武田さんは主に寮生たちが住む二階を掃除して欲しいんです。一階は目立つ汚れがあれば軽く掃き掃除をするくらいにしておいてください」
「え?」
いきなり真面目なことを言い出したからか、こわばった顔が解消されて素で驚いてるな。
なんだ、普通にしていたら美人じゃないか。
「後、ここのコミュニケーションルームの掃除ですが、こちらも私が掃除するので平日はあそことあそこの窓を開けて空気を入れ替えるのと掃除機を軽くかける程度にしておいてください」
「ま、待って。掃除するって、君が?」
「はい、掃除得意なんです。信じられないなら、少しだけ私の掃除のやり方を見ますか?」
実家に住んでいた時にやっていた掃除方法を武田さんの前でいくつか実演してみせた。
全部ちゃんとやると時間が足りないので、口頭で説明しながらテキパキと進める。
「窓を磨くときにはコツがありまして、単に……」
「ちょ、ちょっと待って。そんなにやるつもりなの?」
「はい。テンポよくやれば一時間もかからないですよ」
「掃除に一時間……」
ははん、武田さんは掃除をあまりやらないタイプの人だな。
異星人を見るかのような目つきで見られてる。
「でも寮の一階の掃除もするんでしょう。土日にやると言っても一人じゃ大変でしょう」
「そうでも無いですよ。一階と言ってもお風呂を使っていないから掃除範囲は狭いですので。あ、そうそう、お風呂といえば今は使ってないですけれど、もし今後使うことになったら武田さんに掃除をお願いすることになります。やり方はその時になったら説明しますね」
「え、ええ……」
寮生たちが風呂を使うには俺の信頼度がもっと上がらないとダメだろうからな。
本当は俺も風呂に入りたいんだけれど、寮生たちが使ってないのに俺が入るのはどうにも気が進まないんだ。
でもシャワーだけじゃ物足りないよー
「他にも思いついたことがあればこの引継ぎの時間に共有しますね」
「分かったわ。でも突然こんな話をするなんて、どういう風の吹き回しかしら」
「あはは、こちらの生活に慣れて来たから管理人としての仕事もちゃんとやらなきゃなって思っただけですよ」
「…………そう」
微妙に胡散臭そうな目で見られてるな。
まぁいきなり信頼されるとは思っていない。
「そうだ、よろしければコレ持って帰って下さい」
「これは?」
「お惣菜のおすそ分けです。要らなかったら捨てちゃって構いませんので。でも自分で言うのもなんですが、料理は自信があるんですよ。寮生たちだって喜んで食べに来るんです」
「…………頂くわ」
よし、受け取った!
くっくっくっ、俺の料理の美味しさに驚き慄くが良い。
飯で篭絡させて好感度を稼ごうとしているような気もするが、知らん!
白い目で見られようとも堕としてしまえば勝ちなのだよ、はっはっはっ。
さいってーって罵られそうだな。
良いんだよ。
稼いだ好感度を邪なことに使わなきゃ良いってだけの話なんだから。
…………だよな?
さて、これで直近の問題だった婦警さんと武田さんの好感度稼ぎについては目途が立った。
後は肝心の寮生たちとの関係をどう改善させて行くかだな。
現時点で距離があり必要最低限の話だけが出来る素晴らしい関係性ではあるのだけれど、せっかくだから寮のサービスをもっと使ってもらえるくらいには改善したい。
サービス代が寮費に含まれているから使われないと申し訳ない気がするんだよ。
信頼度をあげながらも仲良くはならず、寮生と管理人という程良い関係性を保ちつつ、寮のサービスを気兼ねなく使ってもらえるようになる。
うん、ハードルが超高いな。
どないしよ。
「栗林さん、また口周りが汚れてますよ」
「ん」
「全くしょうがないですね」
彼女達との関係改善の方法に悩みながら夕飯を食べていたら、目の前で彼女達が仲良く会話していた。
ここで夕飯を食べることになったことで、彼女達に繋がりが出来て仲が良くなったようだ。
栗林さんの汚れた口元を氷見さんがハンカチで拭ってあげているが、栗林さんって高校生だよな。
傍目には幼児が面倒見て貰っているようにしか見えないのだが。
「
「私がお姉さんですぅ」
「お姉ちゃん、零さずに食べましょうね」
「は~い」
いやマジで栗林さんの精神年齢がヤバすぎる。
相対的に氷見さんがとても大人びて見えるわ。
でも氷見さんって女子には優しいって話だから、こっちの柔らかくて面倒見が良さそうな感じが彼女の素なのかもな。
「んでうさぴょん、今日は美味しかったでしょ」
「美味しくなかったですぅ!」
くっ、今日もダメなのか。
はじめて栗林さんに美味しくない宣言をされて以降、俺は様々な料理を作り美味しいと言わせようと頑張った。
和食、洋食、中華、フレンチ、スペイン料理、ピザ、メキシコ料理など、作ったことの無い料理にもチャレンジしてみた。
だが結果は惨敗。
栗林さんは頑なに美味しいとは言ってくれなかった。
別に美味しくないと言っても、心から美味しそうに食べるのであまりに気にはならないのだが、ここまで来るともう意地だ。
こうなったら最終手段を使って旨いと言わせてやるぜ。
その最終手段を使う日。
「この匂いは!?」
コミュニケーションルームに入って来た禅優寺さんが珍しく俺をガン見した。
氷見さんは何も言わないが、アレが入っていると思われる鍋を凝視している。
「カレーですぅ!」
そう、カレーこそが俺の最強の手札だ。
もちろんスパイスから作った自信作。
常に研究に研究を重ね続けている決して完成しない料理である。
スパイスのかぐわしい香りが鼻孔をくすぐり、誰かのお腹がぐぅと鳴ってしまう。
その音に反応して振り返ったりなんかしないぞ。
自分から好感度を下げる愚かな真似などしてはならないのだ。
照れる姿を見たくないと言えば嘘にはなるが。
そんな邪念を追い払い、渾身のカレーを彼女達に振舞った。
「うまっ、うまっ、なにこれ、こんな美味しいカレー食べたこと無い!」
「男のくせに男のくせに男のくせに男のくせに!」
禅優寺さんと氷見さんの様子を見れば、これまでで一番気に入ってもらえたことは明らかだ。
ものすごい勢いで口にかき込んでいて、すぐにでもお代わり宣言が来るだろう。
「…………」
あ、あれ。
おかしいな。
肝心の栗林さんのスプーンが止まっている。
しかも何処となく表情が暗い。
食べる前はテンションが高かったのに何故だ。
この美味しそうな香りを前に手が止まるなんてあり得るのか!?
「栗林さん。お気に召しませんでしたか?」
「…………」
美味しくなかったですぅ、といつものように言うことも無く俯いたままだ。
その異常に猛獣達も気付いたようで手が止まった。
「うさぴょんどうしたの?」
「気分が悪いの?」
「…………なんでもないですぅ」
二人が心配そうにのぞき込んだら辛うじて聞こえる程度の声で答えてくれた。
「もしかしてうさぴょんって辛いのが苦手だったとか?」
「辛くないのも用意してありますがいかが致しますか?」
その辺はぬかりない。
彼女達の好みをまだ把握していない以上、辛くないものも用意しておくのは当然のことだった。
「(フルフル)」
だが栗林さんは力なく首を振ってそれは要らないという。
ならば一体何が問題なのか。
「(えみりんどうしよう)」
「(あいつが何かしたに決まってます)」
「(処す)」
「(信じた私達が馬鹿だったのです!)」
禅優寺さんと氷見さんが視線で不穏なことを語り合っているような気がするが、気のせいだよな、気のせいだと言って!
俺は無実だ!
戸惑っている俺達をよそに、栗林さんはゆっくりとカレーを口にしてもそもそと食べ始めた。
「美味しくないですぅ」
力なく呟かれると、本当に美味しくないと思ってそうに見えてしまう。
カレーだと思って期待していたのに、自分が求めた味と違うからがっかりしている?
それにしてはテンションの下がりようが異常な気がする。
う~ん、分からない。
分からないけれど、日本人的にとりあえず謝っておくか。
「お口に合わなかったようで、申し訳ございません」
すると栗林さんは両手をバンと強くテーブルに叩きつけて立ち上がった。
「美味しくないですぅ!」
そしてこれまでに無い程に強くそう叫んだ。
前髪が揺れて偶然見えてしまった彼女の瞳は濡れていた。
「美味しくないですぅ!」
「美味しくないですぅ!」
「美味しくないですぅ!」
栗林さんは立ったまま全力でカレーを口にかき込むと、それをラッシーで胃に流し込み、走って部屋に戻ってしまった。
この流れで完食するんかい!
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます