4. 美味しくない

「夕飯食べに来たよ~」

「はい、今すぐ準備しま……」


 禅優寺さんが明るくコミュニケーションルームに入って来たので笑顔で出迎えようとしたのだけれど、またしても驚かされて固まってしまった。


「いいやああああああああ! 犯されるうううううううう!」

「禅優寺さん、やっぱり男なんか信じられません!」


 なんと栗林さんと氷見さんを連れて来たのだ。

 なんでやねん。


 暴れる栗林さんの首根っこを右手で掴み、左手で氷見さんの背中を押して強引にコミュニケーションルームの中に入らせようとしている。


 嫌悪感を露わにする二人とは違い、禅優寺さんはニッコニコだ。


「大丈夫大丈夫」

「大丈夫じゃないですぅ!」

「禅優寺さんは騙されてます!」


 うん、その、無理に連れて来なくて良いんだよ。

 もう少し禅優寺さんと仲良くなったら協力してもらって他の人とも少しずつコミュニケーションとれたら良いなとは思っていたけれど、まさかこんなに急展開になるとは。


「あ、あの、禅優寺さん?」

「今日は三人分用意してね。あるっしょ?」

「は、はい、ございます」


 毎日全員分を用意しておいて良かった。

 ここで出せないなんて言ったら『寮費に夕食代が含まれているはずなのに出ないということは着服してるでしょ』などと糾弾されかねないからな。 


「すぐに用意致しますのでおかけになってお待ちひえっ」

「こらこら、えみちゃん睨まないの」

「ですが禅優寺さん!」

「うわああああん! 睡眠薬飲まされて犯されて写真撮られて言いなりにさせられて何度も中に出されて子供作らされちゃうの嫌ああああ!」

「兎ちゃんって実はえろえろなんだね~」

「さいってい!」

「ひえっ」

「だから睨まないの」


 カオスである。


 また睨まれて氷漬けになる前に夕飯の準備を始めよう。

 三人の様子が気にはなるが、チラチラ見たらまた睨まれそうだ。

 背を向けていれば安心なので大人しく夕飯を作ろう。


「ほらほら、入った入った」

「ひぐっ、ひぐっ、おじいちゃん、おばあちゃん、だずげでぇ」

「通報する準備をしておきましょう」


 あ~あ~聞こえない。


「大丈夫だって、レオくんヘタレっぽいから手を出す勇気なんてないよ」


 おいコラ、誰がヘタレだ。

 俺だってやる時は…………やったら破滅じゃねーか!


 くそぅ、手出し出来ない事が分かっていて好き勝手言いやがって。


 もう彼女達の存在は意識から追い出して料理に集中しよう。


 味噌汁と肉じゃがを温めている間に、フライパンで豪快にご飯を炒めてチキンライスを作る。

 この深くて大きなフライパン使うの久しぶりだな。

 実家だと家族の分を一気に作るから大きいのが必要だったけれど、寮に越してきてからは誰も食べに来ないから使ってなかった。

 でも今日は四人分を作らなきゃならないので登場してもらったわけだ。

 小さい頃は重くて持ち上がらなかったけれど、今では筋力もついて慣れたので軽々と振るえる。


 ほっ、ほっ、と。

 ご飯を炒める時に手首を返すのってなんか楽しいんだよな。


 よし、このくらいで……ってあれ、いつの間にか後ろが静かになってる。

 まさか俺の豪快なフライパン捌きに惚れ惚れしちゃったとか、なんてな。


 馬鹿なこと考えてないで準備準備、と。


 次は肉じゃがをよそってテーブルまで持って行く。

 この時、氷見さんの顔を見ると凍らされるかもしれないから見ないように気を付ける。

 栗林さんの涙目も精神的にクるから見ない。

 まぁ栗林さんの場合は前髪で瞳が隠れているから涙目見えないけどな。


「おお、おいしそ」


 禅優寺さんが笑顔でそう言ってくれるだけで救われる。


 そうしたら先ほど炒めたチキンライスをお皿にもりつけ、溶いた卵を専用のフライパンで温めてチキンライスの上に乗せればオムライスの完成だ。


 ちなみに箸で卵の真ん中を割ると両側に綺麗に垂れるやつだ。

 姉貴がこれ食いたいって言うから超研究して練習した結果、映えるレベルにはなったと思う。

 もちろん味も抜群だ。


 ぱっぱと人数分作り、味噌汁をよそいサラダと特製自作ケチャップと一緒にテーブルに持って行けば準備は完成だ。


 オムライス、肉じゃが、サラダ、味噌汁。


 それが今日のメニュー。


「さぁどうぞ」

「いただきま~す。あ、撮って良い?」

「もちろん構いませんよ」

「うわ、うわ、すごーい! お店のやつみた~い!」


 禅優寺さんがキャッキャしながらオムライスを割る様子を動画に撮っている。


 そして残りの二人はと言うと。


「…………」

「…………」


 オムライスをガン見している。


 てっきり文句を言って逃げるのかと思ったけれど、案外興味があるのか?

 俺に犯されるだなんて不安に思っていたのに、それを上回る程に料理が気になるってのは見た目が褒められているようで何か嬉しいな。


「ん~~~~!うまっ、うまっ!ほら、二人とも食べないと損だよ。こんな美味しいのお店でも中々食べられないんだから」


 うひゃ~

 なんて嬉しい事を言ってくれるんだ。


 お店以上だなんて、照れちゃうなぁ。

 禅優寺さんのこと誤解していたかも。

 特殊な環境だから俺に警戒していただけで、実はすごい良い人だったんだな。


 俺の事チョロいとか言うなよ。


「くっ……こんなのに騙されっ……」

「!?!?!?!?」


 氷見さんはまだ葛藤しているけれど、一番激しく抵抗していた栗林さんがあっさり食べた。

 そしてめっちゃ笑顔になって貪っている。


 変わり身の早さにドン引きだわ。


「栗林さんまで! 私が……私がなんとかしないと……」


 そんなこと言いながらも震える手で持つスプーンがオムライスの方に向かってしまう。

 そして葛藤に葛藤を重ねた結果、目を瞑ってそれを口に入れてしまった。 

 

「悔しい!」


 うお、なんかビクンビクンしてる。

 ちょっとエロいな。


「この卑怯者!」

「え?」


 氷見さんは何故か俺を罵倒してきたが、禅優寺さんや栗林さんと同じく貪り始めた。

 嬉しくはあるんだけれど、みんな食べ方が野生的なのはどうかと思うぞ。


 でもこれでほっと一安心かな。

 とりあえず今だけは彼女達のことを考えずに俺も夕飯を食べられそうだ。


 そういえば俺が同席してることに氷見さんも栗林さんも何も言わないな。

 まぁいっか。


「レオくん、デザートは?」

「ありますよ」


 デザートまでしっかり頂いた三人は、三者三様の表情を浮かべている。


 禅優寺さんは楽しそうにスマホを弄っている。

 先程撮ったオムライスの動画を誰かと共有しているのかもしれない。


 氷見さんは悔しそうな顔をしながら時々俺を睨んでくるが、その視線にこれまでのような威力は無い。

 スマホを手にして少しでも異常を感じたら即座に通報する準備をしている。

 頼むからお腹いっぱいの眠気を睡眠薬と勘違いしないでくれよな。


 栗林さんは恍惚の表情を浮かべてスプーンを口に咥えたまま硬直している。

 一番堪能しているじゃないか。


「ね、美味しかったでしょ。寮のご飯を食べないなんて勿体ないよ」


 スマホ操作が一段落した禅優寺さんが笑顔で二人に話しかけた。

 これは明日から三人分の夕飯を作る流れになるのかな。


 だとすると非常に助かる。

 彼女達との仲がどうとかではなくて、料理のレパートリーを広げることが出来るからだ。

 日持ちをそれほど考えずに料理を作れるとメニューを考えるのがかなり楽になる。


「ああもう分かったわよ。はいはい、美味しかった。美味しかったわ。男のくせに……私も明日から禅優寺さんと一緒に食べるわ。でも少しでも怪しい事があればすぐに通報するからね!」

「ひえっ」


 もう元の力を取り戻したのか。

 強烈な睨みが俺の心臓をぴきんと凍らせた。

 いや、威力が少し弱まっているかな。

 体が動かせるぞ。


 なんてことを考えていたら、栗林さんが驚くことを言い放った。


「美味しくなかったですぅ」


 は?

 今なんて言った?


「うっそだ~。兎ちゃんあんなに美味しそうに食べてたじゃん」

「美味しくなかったですぅ!」


 禅優寺さんが言う通りだ。

 この三人の中で最も美味しそうに食べてたのが栗林さんだぞ。


 それなのに美味しくない?

 どういうこと?

 意地はってるとか?


 頭上にはてなマークが浮かんだのは俺だけではなく禅優寺さんも氷見さんもそうだ。

 態度と真逆の事を堂々と宣言する栗林さんの考えがどうにも分からない。


「ええと、それじゃあ栗林さんは明日から夕飯を食べに来ないのでしょうか」

「食べるですぅ」

「そう……ですか」


 美味しくないけれど美味しそうに食べる。

 ううむ、なんだこれ。


 もやもやするけれど、食べるならそれで良いや。


 ちなみに二人とも禅優寺さんと同じで朝食と弁当は不要とのこと。

 俺としては夕飯だけでも全く問題はない。

 同じ席についてご飯を食べることで、寮生活についての話が出来るかも知れないのだから。


 ようやく寮父としてのスタートラインに立った気がする。

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