3. はじめての笑顔
「…………」
「…………」
気まずい。
あまりにも気まずい。
妙な緊張感の中で黙々と箸を進めながら、近くに座る人物をチラリと見た。
「…………」
禅優寺さんは不機嫌そうな顔でブリ大根を食べている。
まずいけれど仕方なく食べている感を出しているが、良く見ると口角が緩まないように必死に演技しているのがバレバレだ。
素直に美味しそうに食べれば良いのに。
俺が作った夕飯を禅優寺さんが初めて食べた時にお気に召さなかったと勘違いした俺が言えることではないが、別に俺は鈍感という訳では無い。
その翌日に今度は一人でやってきてまた夕飯を所望し、それから毎日のように表情を隠しながら綺麗にペロリと全て平らげる姿を見れば、ドハマりするくらいに俺の料理が気に入っていることくらい手に取るように分かる。
ただ、一つだけ分からないことがあるんだよな。
どうして禅優寺さんは俺を同席させているのだろうか。
一人で夕飯を食べに来た日に、俺も同席するようにと指示されたんだよ。
ちなみにその日はこんな感じだった。
『…………』
『あれ、禅優寺さん?』
もう二度と来ることは無いと思っていた禅優寺さんが、しかも一人でやってきたことにとても驚いた。
絶対に俺と一対一にならないように警戒していた感じがしたのに。
『夕飯出して』
『(美味しかったんかい!)』
気まずそうな表情から禅優寺さんの内心を察した俺は、自分の料理が認められたことが少し嬉しかった。
しかしだからといって気を抜くことはせず、禅優寺さんに料理を出してから俺は自分の料理を持って自室に移動したのだ。
だって自分を狙っているかもしれない男と一緒になんか食べたくないだろう。
そう思って距離を取ったのだが、しばらくしたら自室の扉がノックされた。
『何でしょうか?』
飲み物が欲しいなどの良い意味での用事だと良いなと恐る恐る扉を開けたら、禅優寺さんは何かに少し驚いた後でそれを告げたのだった。
『レオくんもこっちで食べて』
『え?』
『…………』
というわけで、禅優寺さんと一緒に夕飯を食べる日々が始まったのだ。
しかし一緒に食べるからと言って和気藹々となることもなく、会話が全く無くてギスギスピリピリした雰囲気になってしまい味わうどころでは無い。
俺が居ない方が禅優寺さんも料理を素直に楽しめるのではないのだろうか。
この雰囲気が原因で料理がまずいなんて思われたら最悪だぞ。
でも俺に何が出来るというのだろうか。
場を和ますためにこちらから世間話なんかしようものなら『キモ~い』と言われて侮蔑の目線で見られるのがオチだ。
いや、一つだけ出来ることが無くは無いが……
「あの、禅優寺さん」
「…………なによ」
良かった、無視はされなかった。
不信感満載の目で見られてはいるけれど。
嘘でも良いから最初に会った時みたいに軽い感じで話して欲しいな。
「明日も朝食と昼食は不要でしょうか」
「……うん」
料理に関する話なら出来る。
ご飯を食べに来るようになった禅優寺さんだが、朝食と弁当はまだ求めない。
朝が弱いのと、弁当が変わったことを友達に指摘されるのを恐れているのではと勝手に想像している。
「では、明日の夕飯に食べたいものはございますか?」
食べに来ない二人の分も含めて作っているため、まだ日持ちする料理が中心だ。
でもどうせ明日も食べに来ないのだろうから、一日くらいは即日消費推奨の料理を作っても良いだろう。
禅優寺さんは俺の質問に箸が止まり、考え込んでいる。
そんなに難しい質問だっただろうか。
てっきり『好きにして』とか『特に無い』のような無難な答えが来るのかと思っていたので少し予想外だ。
真剣に悩むという事は、もしかして俺が思っている以上に料理が気に入られているのだろうか。
「……………………ハンバーグ」
なるほど、そう来たか。
そういえば禅優寺さんが氷見さんと一緒にここに来た日って、昼に騒介にハンバーグを見せつけた日だったな。
もしかしてあれを見ていて気になっていたのだろうか。
「何よ、文句あるの」
おっと、すぐに返事をしなかったのがお気に召さなかったようだ。
「いえ、そのようなことはございません」
「どうせ子供っぽいとか馬鹿にしてるんでしょ」
「それも違います。ハンバーグは私も好きですし、そもそも大の大人だってハンバーグを食べに他県まで行って長時間待つくらいですから、決して子供向けの料理とは思いません」
「…………ふん」
パーフェクトコミュニケーション?
危ない危ない。
こんなどうでも良いところで不興を買う訳にはいかないからな。
でもそうか、ハンバーグか。
どのパターンにしようかな。
ハンバーグを家で作る場合は似たり寄ったりの味になると思っている人もいるかもしれないがそれは違う。
ひき肉の比率、つなぎに何を使うか、チーズなどの肉以外の主材料、焼き方、ソース。
拘れば拘る程に全く違う味わいになるのだ。
ハンバーグは姉貴も好きな料理だったから何度も作らされて得意になった。
全力を見せてやるぜ。
そして翌日。
俺が選んだのは外がカリっ、中がふわっ、肉汁ジュワっ、タイプのハンバーグだ。
女子なので牛肉百パーセントの重いタイプよりも濃厚だけれど口当たりがまろやかなタイプの方が好みかと思い、中のふわふわ感を強めにする配合を選んだ。
豆腐ハンバーグ程では無いがそれに近いくらい口当たりが軽く、しかし肉感はしっかりとあり肉汁もたっぷり出てくる一品だ。
それに特製自作デミグラスソースをかけた気合の入った一品を作り上げた。
さぁ、反応はいかに!
「……!?」
箸でハンバーグを切った禅優寺さんが、どばっと出て来た肉汁に驚き目を見開いた。
そしてこれまでとは違い慌てるかのようにハンバーグを口にする。
「ふあ」
やったぜ。
ついに禅優寺さんの表情ブレイクに成功だ!
しかもあまりの美味しさに思わず声が漏れてしまったようだ。
ふははは、禅優寺さん破れたり!
「はむっ、ハフハフッ」
ん?
「ハフッハフッんっんっ」
んん?
「はむっ、んん~~! はむはむっ」
んんん?
いきなりがっつき始めたぞ。
これまでの『別にそんなに美味しくないし』みたいな演技は何処に行った。
あまりの変貌ぶりに呆然とその食べっぷりを見ていたら禅優寺さんと目が合ってしまった。
「~~~~っ!」
俺の前で我を忘れて食べてしまったことに気付き、羞恥で頬が赤くなる。
うん、可愛い。
しかしそんな考えを欠片でも表に出したらまた警戒度がマックスになってしまう。
気をつけねば。
「ええと、ご飯お代わりしますか?」
「…………うん」
するんかい!
お茶碗が空になりそうだったから何となくそう言って目が合った気まずさを誤魔化そうとしただけなんだが、まさか本当におかわりするとは。
女子だからあまり量は食べないのかもって思っていたけれど、実はそんなこと無いのだろうか。
結局禅優寺さんはお代わりした分も含めてペロリと夕飯を食べきった。
どうしようかな、まだ出す予定のものがあるけれど、こんなにたくさん食べたならお腹いっぱいだろうし止めた方が良いのかな。
う~ん、念のため聞いてみるか。
「あの、禅優寺さん?」
「…………」
無視されたわけではない。
お腹いっぱいで満たされている感じに浸っていて返事をするのも億劫だから目で先を促した感じだ。
「デザート食べま」
「食べる」
食べるんかい!
しかも食い気味に即答!
「はいどうぞ」
これまた特製自作プリンだ。
今回はとろとろバージョンで少し甘さが強いものにしてある。
ハンバーグの味が濃いからその後味に負けないようにしたのだ。
「これも作ったの?」
「はい」
珍しく禅優寺さんから料理について質問してくれたな。
口調からも多少棘が抜けている。
「~~~~っ!」
恐る恐るプリンを口に入れた禅優寺さんはこれまた目をカッと見開き、今度は一口一口堪能するかのようにゆっくりと味わって食べた。
最早感情を隠す気は無いようで一口ごとに蕩ける様な表情になっている。
完・全・勝・利!
餌付けする気があったわけではないが、敵対的な感情を持つ相手を得意の料理で屈服させるのは悪い気分では無いな。
これで禅優寺さんは毎日夕飯を食べに来るの確定かな。
それを前提としてメニューを考えなきゃな。
俺はもう今日の勝利は忘れて明日以降のことを考え始めていた。
禅優寺さんはいつも夕飯を食べ終えると無言で部屋に戻るから、今日もそうだろうと思い意識から外していたのだ。
「レオくん」
だが今日に限ってはそうではなく、突然話しかけられた。
「え……あ、はい。何でしょうか」
あぶねぇ、思わず素が出るところだった。
「あたしはまだレオくんのことを信じられない」
「…………」
どうやら俺は料理を満足して貰えたことが、自分で思っていた以上に嬉しかったらしい。
だからこそ、禅優寺さんの言葉に冷や水を浴びせられたかのような感覚になってしまった。
先程までの気分上々な感じは霧散し、一気に緊張感が高まり嫌な汗が出てくる。
これまで何度も侮蔑の目線を受け、拒絶の言葉を伝えられたが、『信じられない』とストレートに言われることがここまで心に突き刺さるとは思わなかった。
ぶっちゃけ泣きそうだ。
「でもご飯は信じられないくらい美味しい」
「…………」
落とされた後に少し上げられたことで、涙はギリギリのところで止まった。
だが問題はこの次の台詞だ。
一体禅優寺さんは何を言おうとしているのだろうか。
「だから裏切らないでね」
ええと、その、あれ?
何が『だから』なんだろうか。
話が繋がってないよな?
良く分からないけれど、これは『少しは信じるから邪なことは一切考えずに毎日美味しい料理を出しなさい』ってことなのだろうか。
多分そうだよな。
それなら問題無い。
邪なことを考えるどころか僅かでも勘違いさせたら人生が終わると思っているのだ。
細心の注意を払って生活することに変わりは無いし、夕飯という接点が増えたことは危険性もあるが打ち解けるチャンスが出来たとも考えられる。
この先少しでも安心して生活するためには彼女達からある程度の信頼を得る必要があるため、俺としては良い流れになっている。
「それとプリンまだある?」
「はい、二つ残ってます」
「それ持って行っても良い?」
「はい、どうぞ」
禅優寺さんに残りのプリンを手渡すと、軽い足取りで部屋の出口へと向かった。
「んじゃ、明日からもよろしく~」
そして初めて会った時のような軽い感じで一言告げて帰ったのである。
しかも。
「笑顔……」
俺は初めて敵意の籠っていない禅優寺さんの笑顔を見たのであった。
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