2. 何でこんなに美味しいの! 悔しいっ! ビクンビクン

 それはある日の昼休みの事だった。

 騒介と一緒に弁当を食べていた時の事。


「玲央のお母さんって料理が得意なの?」

「いや、全然出来ないぞ」

「あれ、そうなの? だってその弁当って冷凍食品じゃなくて手作りだよね。めっちゃ美味そうに見えるから料理が得意なのかと思った」

「俺が作った」

「は?」


 騒介の動きが止まり、箸でつまんだ唐揚げが大量の白米の上にぽろりと落ちた。


 つーかこいつ食い過ぎだろ。

 弁当箱二つ持って来て片方に白米ぎっしりつめてやがる。

 そりゃあぽっちゃりにもなるわな。


「またまた冗談ばかり言って。料理が得意な男子高校生なんて少し前のアニメじゃあるまいし」

「ガチだぞ。つーかそんなのが流行ってたのか」

「マジで?」

「マジで」


 姉貴のせいで小さい頃からずっと料理をしてきたからな。

 しかも姉貴は味に文句ばかり言うし美味しい料理を作らないと折檻が待っている。

 上手くならざるを得なかったんだ。


「嘘だ! 料理で女子を餌付けする男子高校生なんてエロ……二次元以外で存在するわけがない!」

「おいコラ、今何を言いかけた」


 まったく失礼な。

 餌付けするつもりで上手くなったわけじゃねーし、餌付けして女子の興味を惹いてエロ展開に持って行くとか考えられん。


「玲央、ちょっと頂戴」

「やだ」

「え~良いじゃん」

「やだ」

「先っぽだけで良いから」

「今すぐその弁当ゴミ箱に捨ててやろうか」

「やめて!?」


 何が悲しくてご自慢の弁当を男に貢がなきゃならんのだ。

 自分が食べたくて作ったものをあげるわけがないだろう。


「一口、いや、一欠片だけでも良いからさぁ」

「ほぅ、んじゃコレ」

「ミニトマトのヘタぁ!」

「一欠片だけで良いって言っただろ?」

「そうじゃなくて、玲央が作ったのをたーべーたーいーのー」

「うぜぇ」


 中々諦めないな。

 俺らの話が気になるのかこっちをチラチラ見てくる人が何人かいるし、このままだと面倒なことになりそうだから大人しくさせるか。


「仕方ないな」

「やった!」


 弁当用の小さなハンバーグを箸で掴み、自分の・・・弁当の白米の上に乗せる。

 それを箸で割ると中から肉汁がじゅわっと垂れて白米に勢いよく染み込んだ。


 その色付いた白米とハンバーグを一緒に箸で掬い口の中に放り込む。


「ん~~~~! 旨い!」

「旨そおおおお!」

「我ながら良く出来てる。満足満足」

「それ頂戴!」

「え?」

「え? じゃないよ! そういう流れだったんじゃないの!?」


 しまった。

 つい調子に乗って煽ってしまった。


「ほら、目で楽しめただろ」

「生殺しだよ!」


 うるさいなぁ。

 おっと、こっちを見ている人が更に増えた。

 これ以上騒介を騒がせたら他の人までたかりにやってくるかもしれないな。


 そうなる前に今度こそ黙らせるか。


「ほらよ」

「やった! ってハンバーグじゃないの!?」

「文句あるなら返せよ」

「ありがとうございます!」


 食いかけのハンバーグなんかあげられるかよ。

 それに代わりにあげた卵焼きだって自信作なんだぞ。


「それじゃあいただき……うっま! なにこれ!? こんなに美味しい卵焼き食べたこと無いよ!」

「お、おう、そうか」


 自分の料理を誰かに食べさせたいだなんて思ったことは無いが、喜ばれると案外嬉しいものだな。


「これマジで玲央が作ったの?」

「マジだって」

「そっか……」


 別に信じて貰えなくても良いけどな。


 しかし騒介が旨いと叫んでしまったからか、近くでご飯食べてる奴らの目線がちょっと怪しいな。

 奪われないためにも念のためガードしておこう。


「残りのおかずはもう手を付けたからこれ以上はやらんぞ」


 こうでも言えば食べさせてなどと言ってくる輩はいないはずだ。

 明日以降は……その時考える。


「玲央、俺のおかずもってって」

「ん、じゃもらうな」


 貰いっぱなしは悪いから交換ってことかな。

 騒介は案外真面目なんだよな。

 だから気に入って友達になったわけでもある。


 別に貰うつもりは無かったけれど、せっかくだから何か貰うか。

 からあげが沢山残ってるからそれにしよう。


「うん、冷凍食品の味がする」

「知ってる」

「冷凍食品だって旨いだろ」

「俺もそう思ってたよ。玲央の卵焼きを食べるまではさ」


 冷凍食品は弁当に入れることを想定しているのか、冷めても美味しいものが多い。

 俺はそれを見習って冷めても美味しいおかずを研究して作ったから冷凍食品に負けず劣らずの味になっているのだ。


「玲央の料理たくさん食べてみたいなぁ」

「嫌だよ。男なんかに作りたくねーよ」

「ちぇっ」


 うちの寮が男子寮だったら可能性はあったかもしれないがな。

 尤も、俺の手料理を食べられるはずの寮生たちは自らその権利を放棄している訳なのだが。




 と思っていたのに。


「ちぃ~っす」

「!?」


 その日の晩。

 コミュニケーションルームで一人寂しく夕飯を食べていたら突然禅優寺さんがやってきた。


 絶対に誰も来るはずが無いと思い込んでいたからマジでビビったわ。


「ど、どうなさいましたか?」


 ひとまず食事を止めて恐る恐る対応するが、驚くことにやってきたのは一人だけでは無かった。


「…………」

「ひいっ!?」


 禅優寺さんの後ろから鋭い眼付きの氷見さんが入って来たのだ。

 即座に心臓を撃ち抜かれ全身が氷漬けになってしまった。


「ガクガクブルブルガクガクブルブル」


 途端に全身が硬直し、体温が低下するかのような錯覚を受けてぶわあっと冷や汗が出てしまう。

 もしかしてついに俺を殺しに来たのか? 


「えみちゃん、落ち着いて落ち着いて」

「……うん」


 氷見さんが俺から視線を逸らしてくれたため、なんとか氷結の状態異常から解放された。

 でもまだ心臓がバックバクで全然安心出来ねぇ。


 そんな俺の様子を禅優寺さんは氷見さん程では無いが冷めた目で見つめ、落ち着くのを待たずにここに来た目的を告げた。


「ご飯食べに来たよ」

「え?」

「早く出して」

「…………はい」


 ええと、つまり、夕飯のサービスを受けに来たってこと?

 ナンデ?

 男の俺の料理なんて何が入っているか分からないから食べたくないなんて言いそうなのに。


「ええと、お二人ともでよろしいでしょうか」

「あたしだけ」


 そう言うと禅優寺さんは椅子に座る。

 氷見さんは苛立ちを全く隠さず不機嫌そうにその後ろに立っている。


「すぐにお出ししますので少々お待ちください」

「え?」


 何故ここで不思議に思うのだろうか。

 食べに来たから食事を出すのは普通の対応だよな。


「何で用意してあるのよ」


 ああ、突然来たのに料理がすぐに出ると言われて不思議だったのか。


「寮生の方がいついらしても良いように毎日用意しております」

「はぁ!? まさか作った料理を捨ててるの!?」

「い、いえ、残った料理は翌日以降に頂いております」

「…………そう」


 今日みたいに万が一にでも誰かが食べにくる可能性があると思うと、毎日全員分の料理を作らざるを得なかった。

 だからといって大量に廃棄するなんて勿体ない事は出来ない。

 それゆえ必然的に日持ちする料理を作らざるを得ず、何日かに分けて一人で頑張って消費していたのだ。


 もちろん今日もそうなので準備は簡単だ。

 煮物や味噌汁を火にかけて温めている間に、冷蔵庫から特製ほうれん草の胡麻和えを取り出すだけ。


「禅優寺さん、やっぱりやめましょう」

「ちょっと試すだけだからさ。いざとなったら助けてくれるんでしょ」

「もちろんそうですが……」


 なんか不穏な会話をしてるな。

 怖いけれど俺に出来ることは言われるがままに料理を提供することだけだ。


「お待たせ致しました」

「うわぁ、ちゃいろ~い」


 しょうがないだろうが。

 日持ちする料理となると、どうしても和食関係が多くなってしまうんだよ。


「あたし煮物とか苦手なんだよね」


 そう言いながら禅優寺さんはポケットから割り箸を取り出した。

 寮生用に箸を用意してあるが、俺が用意した物なんか怪しくて使えないってことか、クソ。


「こんなじじ臭い料理なんて……」


 と言いながら禅優寺さんは筑前煮の鶏肉を箸でつまみ、少しの間逡巡してから口に入れた。


「!?」


 おお、固まった。

 氷見さんの視線に射抜かれた男子みたいだ。

 いや、よく見ると口だけは動いているな。

 でも飲み込んでからも微動だにしないぞ。


「禅優寺さん! 禅優寺さん! どうしました!? しっかり!」


 異常を感じた氷見さんが慌てて禅優寺さんに声を掛ける。

 もしかして氷見さんって禅優寺さんに何かあった時のために付き添いで来たのかな。


 あれ、この状況ってまずくね?


「貴様! 何をした!」


 ぴっきーん。


 はい、また硬直です。

 これガチで殺意込められてね?


 ついに呼吸も出来なくなったんだけど。

 やば、死ぬ……


「えみちゃん待って」

「禅優寺さん、大丈夫? ほら、吐いて」

「ああ、うん、そういうんじゃないから、心配かけてごめんね」

「そう……ですか……?」


 ぶはっ、はぁっ、はぁっ、はぁっ、はぁっ。

 助かったあ。


 マジで何なんだよ!


「禅優寺さん、もう止めて部屋に戻りましょう」

「……あ……う……うん」


 一刻も早く俺から距離を取りたそうな氷見さんの態度はまぁ分かる。

 だが禅優寺さんの反応が良く分からんな。


 氷見さんと一緒に今にも俺に食って掛かりそうな雰囲気なのに、歯を食いしばって何故かそれを耐えているかのように見える。

 視線も俺や氷見さんじゃなくて筑前煮を見ているような。


 美味しかったってことなのか。

 それとも反応に困る味だったってことなのか。

 騒介みたいに分かりやすく反応してくれれば良いのに。


 まずいわけないとは思うがそこは好みがあるからな。

 ダメならダメって言ってもらった方が悔しいが納得出来る。


「さぁ、帰りましょう」


 氷見さんが禅優寺さんの肩を抱いて強引に部屋から連れ出そうとするが、どうも禅優寺さんは慌てて何かを探している。


「えみちゃん、ちょっと待って」

「え?」


 禅優寺さんはキッチンに向かいお盆を手に取ると、料理をその上に乗せはじめた。


「あたしの食べかけを残すなんてありえないし! 部屋に持って帰って捨てる!」

「確かにそうですね。ほんと男って気持ち悪い」


 冤罪だ!

 気持ちは分からなくはないが、女子の食べかけを狙うなんて気持ち悪い事はしねーよ!


 くそぅ、捨てるってことは結局禅優寺さんの口には合わなかったってことか。

 ワンチャン胃袋を掴んで関係性が少しでも改善されればと期待してたのに。


 料理で女子の好感度があがるだなんてあり得ない事だったんだな。

 というか女子どうこう関係なく料理が認められなかったことがめっちゃ悔しい。

 今日の筑前煮なんて超自信作だったのに。


 チクショウ!


「さ、さぁ、帰ろう、えみちゃん」

「はい」

「ひえっ!」


 氷見さんが最後に一睨みしてから出て行った。

 俺、何も悪い事してないよな。


 はぁ……悲しい。

 寂しく夕飯の続き食べてよ。


 もぐもぐ。

 やっぱり旨いじゃないか!

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