はじまりは胃袋から

1. これ詰んでね?

「レオっち、も、もしかして今日の夕飯って!」

「今日はカレーです」

「「「!?」」」


 コミュニケーションルームにやってきた腹ペコ三人娘が颯爽と食器を準備し席に座る。

 カレーの香りが部屋まで漂い我慢出来なくなったのかな。

 今日は各自で本当にテスト勉強をする予定らしいから、三人が大好きなカレーを作って応援しようと思ったけれど逆効果だったようだ。


「早くですぅ」

「食器を鳴らすのははしたないですよ」


 栗林がスプーンを手に持ってお皿を鳴らして催促するが、流石にその態度は幼すぎるだろう。

 氷見と禅優寺も早く食べたくてソワソワを隠せてないな。


「急ぎますからもう少しお待ちください」


 残りの行程は付け合わせのサラダを作るだけ。

 時間をかけて凝ったサラダを作ったら待ちきれなくて暴発しかねないから、葉野菜をちぎったものを中心に並べて特製ドレッシングをかけるだけの簡単なものにしておこう。


「お待たせしました」


 カレーを皿によそい、サラダと具だくさんの味噌汁・・・をセットで用意する。


「わーい!」

「今日はうさぴょんのカレーか~」

「文句あるのかですぅ!」

「めんごめんご。あたしは好きだよ」


 うさぴょんのカレー。

 これは栗林家のカレーという意味だ。


 市販のルーに筑前煮の材料を加えて和風だしで味を調えるのが栗林家の味。

 具だくさんの味噌汁がセットなのも栗林家流だ。


 栗林にホームシック・・・・・・が再発しそうな気配が感じられたので、今日は俺流ではなくて栗林流のカレーにしてみた。


「いただきます」

「「「いただきます!」」」


 三人はカレーの時はSランクの野獣になり貪るように激しく食べ進める。


「「「おかわり!」」」


 そして猛スピードで一杯目を平らげて颯爽とお代わりをする。


 だからさぁ、女を捨ててないか?

 俺が傍にいるんだよ?

 俺の事が気になっているんじゃないのか?


 これって偏見なのか?

 三人の思考がマジ分からん。


「美味しい。でも玲央のカレーも食べたい」

「それなー」


 そう言われて悪い気はしない。

 最近はマイカレーの研究中だからまた近いうちに出して反応を見ようかな。


 氷見と禅優寺が俺流の本格カレーを希望する一方で、栗林だけはその話に混ざらず今日のカレーを堪能していた。


「はぁ……おいしいですぅ……」


 このカレーを食べながら恍惚の笑みを浮かべる栗林を見ると、三か月前の出来事を思い出す。


 彼女達の態度が大きく変わった最初のきっかけはこのカレーだったな、と。


――――――――


「ヤバッ!」

「どうしたんだ、玲央」

「ちょっと俺、別のトイレに行くわ」

「え……! お、俺も!」


 高校に入学して一週間。

 後ろの席のぽっちゃりオタク君の騒介と友人になり、休み時間に連れションに行こうと廊下を歩いていた時のことだ。


 前から氷見さんが歩いて来たから慌てて踵を返して別のトイレに向かうことにした。

 だってあいつマジで怖いんだもん。

 すれ違うだけで例の氷の視線で射抜いて来やがる。


 なお、近づくと攻撃されるのは俺だけではなく、全ての男子が同じ目に会っていた。

 騒介が俺と一緒に逃げようとしたのはそのためだ。


「うわ、ヤベ」

「逃げろ! 逃げろおおおお!」

「ぐへへ、もっと睨んで!」


 氷見さんが歩く先にいる男子はいつも大慌てで逃げ惑う。

 極一部の物好きが敢えて氷の視線を受けに行くが、俺はその気は無いので気持ちが全く分からん。


「睨まないでくれればじっくり観賞出来るのに」

「騒介みたいな奴がいるからあんな態度なんじゃないのか」


 どれだけ苛烈な態度を取ろうとも氷見さんが美人であることには変わりない。

 男嫌いの理由は知らないが、それを抜きにしても下心のある男子と距離を取るために睨んでいると考えてもおかしくはないだろう。

 実際、男子達は氷見さんの視線の届かないところからこっそりと観賞しているのだから気分が悪いだろう。


 なおその氷見さんだが、どうやら女子に対しては女神のように優しく接するらしく、女子からの人気はかなり高い。


「同じクラスなら慣れてじっくり観賞できるかな」

「どうなんかね」


 氷見さんのクラスの男子は死屍累々だなんて話をクラスの誰かがしていたような気がする。

 気弱な騒介だったら毎日気絶しているのではないだろうか。


 なんて話をしながら別のトイレで用を足した帰り。


「ヤバッ!」

「また氷帝が来たの!?」

「違うんだが、すまん、先に教室に帰るわ!」

「?」


 俺は駆け足で自分の教室に戻った。

 教室に入る直前、その人物と目が合ったような気がする。


『ふぇ』


 なんて言って前髪の奥で涙目になっている様子が遠目からでも想像出来た。


「あぶねぇ、ギリセーフだわ」


 これ以上近づいたら号泣されてまた『犯されるうううう!』なんて叫ばれかねない。

 校内でそんなこと言われたら俺の学生生活は完全に終わりを迎える。


 なんと栗林さんは俺の姿を見ると怯えて泣き叫び出しそうになるのだ。

 先日学校ですれ違いそうになった時にその兆候に偶然気が付いて逃げたのがナイスプレーだった。

 あそこで栗林さんの異常に気付かずにそのまますれ違っていたら終わっていた。


「なんで学校でもこんなに怯えて過ごさなきゃならないんだよ……」


 自分のクラスに戻ったからと言って心に平穏が戻るとは限らない。

 同じクラスに禅優寺さんがいるからだ。


 禅優寺さんは氷見さんや栗林さんのように直接攻撃を仕掛けてくることは無いし、向こうから話しかけてくることも全く無いため一見安心安全そうに思える。

 だが近くを通ろうとすると俺にだけ分かるようにさりげなく睨んで敵意をむき出しにして来るんだ。

 もしそのことに気付かずに更に近づこうものなら、あることないこと言いふらして俺の評判を叩き落としそうな気がしている。


 俺は自分のクラスの中でも怯えて気を張って過ごさなければならないのだ。


「なんか玲央疲れてない?」

「疲れてる。めっちゃ疲れてる」

「お、おう。おすすめのアニメでも見るか?」

「見ねぇよ」


 ここしばらくは心労で夜早めに寝てしまうから遊ぶ時間も取れてない。

 せめて学校でくらい気楽に過ごさせてくれよ!




 そんな気の休まらない学校から帰ると最大の難関が待ち受けている。

 周囲の人にバレずに女子寮に入ることだ。

 初日にやらかしてしまい警察沙汰になってしまった。


 実は寮の隣が交番であり、その日はそこで三時間以上も事情聴取されて母親も呼ばれてしまった。


『お母さん、女子寮に息子さんが住んでいるなんて嘘は誰も信じませんよ』


 そうだそうだ!

 もっと言ってくれ!

 住んでいるのが本当だと分かったら警察は何も言えなくなってたけどな、チクショウ!


 騒ぎにならないようにタイミングを見計らって寮の中に入らなければならないのだが、人目を気にして女子寮に入るその姿は不審者のようにしか見えない。


「どうすりゃ良いんだよ!」


 幸いにも女子寮の近くは人通りが激しい訳では無いので入るタイミングはそれなりにある。

 どうやら今日は運が良い日で素直に入れそうだ。


「…………」

「こ、こんにちわ」


 その直前。

 交番の前に立つ婦警さんが俺をきつく睨む。


 まだ納得してくれてはいないのだろう。

 女子寮に男が住んでいるなんてあり得ない事なのだから当然であり、俺は文句も言えずこうして逃げるように慌てて交番の前を通り過ぎるだけだ。

 その姿がまた怪しくて信頼度が最底辺にまで落ち切っている。


「た、ただいま」

「…………」


 女子寮に入ったら安心かと言うとそうでもない。

 コミュニケーションルームの扉を開けると待っていたのは氷見さんに負けず劣らずの冷たい目線を投げかけてくるお姉さん。

 その手には木刀を持っていて、今にも叩かれそうな雰囲気だ。


「分かってるわよね」

「はいぃ!」


 彼女は俺が学校に行っている間に寮を管理する人だ。

 どこかの道場で鍛えているらしく、がたいが良い戦士風の女性である。

 ぶっちゃけ姉貴より強そう。


 もし俺が寮生たちを僅かでも困らせてしまったのならば、鉄槌が待っている。

 『分かってるわよね』は俺にくぎを刺しているのだ。


「どうして俺の周りの女性はこんな人ばかりなんだ……」


 寮生達には嫌われ、学校でも避ける日々を強いられ、婦警さんや昼の管理人さんにも睨まれる。


 寮のサービス提供が無いから楽なはずなのだが、一日中神経を使いっぱなしであり、あまりの精神的疲労で夜になるとぶっ倒れるかのように寝てしまう。


 こんな生活が三年間も続くのか。


「もう無理。これ詰んでね?」


 楽しい楽しい高校生活のはずが、クソ姉貴の陰謀のせいで地獄の生活と化していた。

 まだ一週間だけれど、すでに限界を感じていた。


 だがこの最悪な状況はひょんなことから大きく変わることになった。

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