4. 気になる人
「おお、今日も美味そうだな。ちょっとくれよ」
「やらん」
「いいじゃん、俺のおかず全部やるから」
「交換レートおかしくない?」
「なんならご飯も持ってっていいぜ」
「何でだよ。騒介の弁当だって不味くないだろ」
「玲央の弁当が美味すぎるんだよ!」
昼休み。
俺の弁当を狙っているのは菊池
出席番号が前後という事で自然と仲良くなった、桜梅学園の友達第一号。
少しぽっちゃりしているアニメオタクだ。
「なぁ、割とマジで俺の弁当も作ってくれない?」
「やだよ。何で俺が男に弁当作らなきゃならんのさ。キモい」
「キモいはねーだろ!」
「じゃあお前は俺に弁当作ってくれって言われたらどう思う?」
「キモい」
「だろ?」
アニメや漫画の話題しか出来ない陰キャ君に作る料理など無いのだよ。
ってのは冗談として、料理は好きだけれどあくまでも家事の中の一つとして好きなだけであって、他人に振舞うのが特別好きなわけじゃ無いからなぁ。
「家族や恋人以外に料理を作るとかありえんわ」
「ほーん、じゃあ好みの女子とかにお願いされたらワンチャンあり?」
「まぁ……ありかな」
そりゃあ好みの女子に作ってくれって言われたらな。
あくまでも希望されたらで、自分から作りたいとは思わないけれど。
「なら禅優寺さん経由でお願いして貰えば……」
「おいコラ、何セコイ事考えてる。というか話しかけられるのか?」
「ば、ば、ば、馬鹿にするなでござるるる」
こいつは他人に気軽に話しかけられるようなキャラじゃない。
気を許した男相手なら自然に話せるが、それ以外、特に女子相手だとテンパって盛大にキョドるタイプだ。
しかも相手は学園のアイドル的なポジションになりかけている禅優寺だろ。
向こうはこいつ相手にも気さくに話しかけてはくれるだろうが、こっちから話しかけるのはハードルが高すぎるだろう。
「全く、これやるから諦めろ」
「わーい」
卵焼きを一切れだけあげた。
毎日せがんでくるのを毎回断るのが面倒なので、俺の弁当にはその分も入れてある。
男に与えるのは嫌だが、ちょびっとだけでも与えればその後は黙るので我慢することにした。
「そうそう、一つ言っておくが、もし騒介が頑張って禅優寺さん経由で弁当作り依頼しても断るからな」
「何で!?」
「いやだって別に好みの女子じゃないし」
「はぁああああ!? ありえなくない!?」
まぁこれが至って普通の反応だな。
男子の間で禅優寺が尋常ではない程に人気があるのは知っている。
彼女から何かをお願いされて断れる男子はいないだろう。
俺を除いてな。
「タイプじゃないんだよ、タイプじゃ」
「じゃあ玲央はどんな人が好き? 氷帝とか」
「無いな」
「一年女子の三大美女のうち二人が好みじゃないとか、変わってんなー」
「そうか? 他にもいるだろ。知らんけど」
氷見は確かに美人だが、男子に対するあの苛烈な扱いを見てまだ憧れるとか、むしろそっちの方が性癖ヤバくね?
「というか、三大美女なんて括りあるんだな。あと一人って誰だ?」
あの二人と同じくらいの美人がいるなんて話、聞いたこと無いんだが。
「あれ、知らない? 三組の栗林さんだよ」
「は?」
聞いたことある名前が出て来たんだけれど。
「普段は前髪で顔を隠していて地味なんだけれど、実はめっちゃ可愛いんだよね」
「何で分かるんだ?」
「体育の時に前髪避けてるんだよ。一度戻すの忘れてクラスに戻って来てさ、大騒ぎになったらしいぜ」
あいつ何やってんだよ。
顔を真っ赤にして慌てて髪の毛を戻して俯くまでの流れが容易に想像出来るわ。
「それ以降、女子から弄られててさ。休み時間に髪型変えられたりしていちゃついてる。俺も見に行ったけれど、控えめに言って最高だった」
「お前なぁ……」
弄られてるってのが気になるけれど、騒介の反応的に虐められてるとかそういう感じじゃないのだろう。
「玲央は栗林さんがタイプなのかもな。小さくて可愛くて胸が大きいとか、男心をくすぐりすぎるもんなぁ」
「あ~多分それはないぞ」
「そうなん?」
「見た目も大事だけれど、俺はそれだけで好きになったりしないからな」
見た目も大事だけれど。
これ重要な。
姉貴を見ていると人は見た目よりも中身だと強く思うが、だからといって見た目がどうでも良い訳が無い。可愛かったり美人の方が良いに決まっている。
「玲央らしいな。でもそれじゃあ今はまだ気になる人がいないってことか」
「……そうだな」
「え、何今の間。まさか!?」
「冗談だ」
チッ
しくじった。今のは即答すべきだったのに。
まぁ別に知られて困る話じゃないけれど、ちょっとだけ恥ずかしい。
「うっそだ~今のはマジっぽかったぜ」
「気のせいだって」
「いや、俺の勘が本当だって言ってる!」
あ~これ面倒臭いパターンだ。
こいつ俺が本気で嫌がらないとしつこく弄って来るからな。
しゃーない、さらっと話して流すか。
「はぁ……居ないことは無い」
「マジで!? だr」
「「「「「「「「誰!?」」」」」」」」
「うおっ!?」
なんだなんだ。
クラスのやつらが一斉に迫ってきやがった。
「春日くん、好きな人いるの!?」
「三大美女より良い人が居るってマジかよ!?」
「教えて教えて!」
「きゃぁ~誰だろ! このクラスの誰か?」
ああ、うん。
みんなそういう話好きね。
しても良いけれど、そんな面白い話じゃないぞ。
申し訳なくて逆に話辛いわ。
そういや禅優寺は……いないな。
弁当の内容が俺と似ていることがバレないようにするためか、お昼は俺と離れたところで食べてるみたいだからな。
今日は天気が良いので中庭にでもいるのだろう。
仮にも想いを寄せられているかもしれない相手を前に、別に気になる人がいるなんて言ってショックを与えるのは本意では無い。
これがガチ恋してるってレベルならそれとなく匂わせて完全に諦めて貰うが、今回はそういう話では無いし。
「好きだとかそういうレベルじゃなくて、マジで気になるってレベルだからあんまり面白くないぜ。それでも知りたい?」
「「「「「「「「教えて!」」」」」」」」
ちらりと対面に座っている騒介を見ると空気のフリをしてやがる。
こうやって注目されるのは苦手な陰キャだからしゃーない。
「
俺は素直に相手の名前を告げた。
だが、すぐにピンと来る人は少なかった。
「誰だっけそれ」
「どこかで聞いたことあるような……」
「生徒会長だよ!」
「ああ、そうそう!って生徒会長か。なるほどぉ」
「春日君は清楚系年上好き、と」
「確かに生徒会長ならあの三人にも負けないくらい良いよな」
「分かる。バブみを感じる」
「おい、お前今何て言った」
そう、相手は生徒会長だ。
偶然彼女のとある姿を見て、気になる人リストに入れたのだった。
東雲先輩は桜梅学園の生徒会長。
リーダーシップがあるというよりも優しいお姉さん風な人だ。
柔らかでのほほんとした雰囲気を纏っていて、見ているだけで癒される。
姉貴と正反対のタイプの年上女性というのは、偶然では無いのだろう。
悲しいことに。
「春日くんは生徒会長のどんなとこが好き?」
「母性だよな!」
「お前ちょっと黙れよ!」
変な奴がいるけど無視しよう。
なお、無関係を装ってはいるが変態の言葉に小さく頷いて同意している男子がいるのを俺も周囲の女子も気付いているぞ。馬鹿め。
「
「ふんふん」
「その時、東雲先輩のクラスが掃除当番で、何人かが掃除してた」
この学園では月に一度、美術室や音楽室などの特別教室を生徒が掃除することになっている。掃除担当はクラスごとに割り振られていて、その日の美術室担当が東雲先輩のクラスだった。
「何となく入口から掃除の様子を眺めていたら、東雲先輩が掃除している姿が目に入った」
「ほうほう……ってこの流れで惚れる要素ってある?」
「だから惚れてねーよ。気になる人って言ってるだろ」
「まぁまぁ、最後まで聞こうよ。それで、生徒会長はどんな感じだったの?」
「真面目に掃除してた」
「は?」
「真面目に掃除してた」
「えっと……?」
わかってねーな。
この掃除は絶対参加ではなく半強制みたいなものだから、高校生ともなるとサボる奴が多い。
また、参加する奴もめんどくさがって手抜きする奴が殆どだ。
だから真面目に掃除しているってだけで、人柄が良いことが分かる。
もちろんそれだけが理由ではない。
「先輩は高いところから順に掃除してたんだよ!」
「……?」
「しかもさ、床も四隅まで漏れなく丁寧に綺麗にしてたんだぜ!?」
「お、おう……?」
「それに見落としがちな死角になっているとこも忘れずに掃除してたんだ!」
おっと、思わず熱がはいっちまったぜ。
みんなポカンとしてるじゃないか。
そりゃあそうだよな、こんな普通の事を立ち上がって熱弁しても意味不明だよな。
クールダウンクールダウン、と。
「ええと……それが……何?」
やっぱり分かって無かったか。
だったらはっきりと宣言しよう。
「東雲先輩は掃除をやり慣れてるんだ!」
これが重要。
超重要。
意味が分からないと困惑しているお前ら、俺の立場になって見れば良く分かるぜ。
「分かった! 家事が得意な家庭的な人が良いんでしょ」
惜しい!
家事が得意なことにこしたことは無いが、別に俺はそんな高望みはしてないんだよ。
「得意じゃなくても良いさ。あのクソ姉貴を思い出させなければ!」
「お姉さん?」
あ、やば、思わず姉貴の事言っちゃった。
バレたら殺される。
物理的にも社会的にも……
でも姉貴は芸名で活動してるし、俺の姉貴があの人気モデルだなんて誰も気付かないだろう。
アメリカに居るはずの姉貴からアイアンクローをされる幻痛を感じるが、気にしてはならない。
「部屋の片づけは自分でやってくれ! せめて一日で汚部屋にするのは止めてくれ!」
「夕飯の完成間近に、別のが食べたくなったから作るように言うのは止めてくれ!」
「毎週末、ベッドメイクを俺に頼むのも止めてくれ!」
「姉弟と言えども恥じらいを持ってくれ!」
「自分一人で朝起きてくれ! 寝ぼけてると嘘ついて俺に攻撃するのは止めてくれ!」
「毎日のように泥酔して俺に絡むの止めてくれ!」
「洗濯を俺にやらせないでくれ! せめて自分の分は自分で干して取り込んでくれ!」
「理不尽な理論で俺に強引に何もかもやらせようとするのは止めてくれ!」
「別に普通で良いんだ。あのクソ姉貴みたいな怠惰なダメ人間で傲慢でなければそれだけで俺はもうっ!」
日頃のうっ憤が溜まっていた俺は、感情が昂りガチ涙を流してしまう。
もちろんクラスメイト達はドン引きである。
「苦労してるんだね……」
乾いた笑いがまばらに広がる。
集まりが自然と解散になるのは必然だった。
なお、俺が三人娘を受け付けない理由。
それは先程叫んだクソ姉貴を想起する行為を数多く実行しているからだ。
彼女達のそれらの行動の被害を受ける度に、俺はより生理的に受け付けなくなってしまって居るのだった。
――――――――
「私達、今日から自分の事は自分でやるわ」
「え?」
寮に帰り夕食を食べ終わった後、氷見が突然自立宣言をした。
「これまでレオっちに迷惑ばかりかけてたからね」
「少しくらいは自分でやり……ます……多分」
あ~これ、昼間の話をどこかから聞いたな。
生活態度を変えてくれるなら俺としては大歓迎だ。
約一名、すでに諦めかけている人がいるが、一人でもまともになってくれれば……!
「ということは、これからは朝起こさなくて良いということですね」
「「「え?」」」
おい、何でそこ疑問に思うんだよ。
寝ているところに男を招き入れるとか正気じゃないと分かってるだろ!?
「部屋の掃除も不要ですね」
「「「え?」」」
だから何で疑問に思うんだよ。
お前らに強引にやらされているけれども、個人の部屋の掃除までは寮のサービスから逸脱してるからな。
「ベッドメイクも不要ですね」
「「「え?」」」
泣きそうになるんじゃねーよ!
いやまぁ、自分で言うのもなんだけれど俺のベッドメイクの技術はかなり高いからな。
あれが無くなるのが辛いのは分かるから、どうしてもって言うならやってあげるけどさ。
「洗濯もご自分でなさりますよね」
「それは寮のサービスだからお願いしますぅ」
「いえ、何度も申し上げますが、女子高生として私にやってもらうのはどうかと思いますよ。私の姉の情けない部分を思い起こしてしまうくらいには」
「「「……」」」
栗林が食い下がろうとするが、そうはいかない。
ご飯は提供するし、寮の掃除はするが、それ以外のことは自分でやってもらわないと。
人並みに女子高生としての羞恥心を抱いて自立して欲しいのだ。
まぁ期待はしてなかったけどな。
三日持たなかったかぁ。
俺の目の前にはカゴに積まれた洗濯物の山。
実家だと洗濯は親にやってもらっていたので、自分でやるのが大変なのはまぁ分かる。
でもよ……やっぱり言いたい。強く言いたい。
「下着は自分で洗えよ!」
はぁ、全部元通りなんだろうな。
これからも彼女達の行動に垣間見える姉貴の影に怯える日々が続くのだ。
俺が姉貴の呪縛から解放される日は来るのだろうか。
そして、彼女達に堕とされる日は……来そうにないな。
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