第10話 探偵団始末記 三日目
そして、金曜日。
4 人は街中を歩いていた。
菊美が言うには”場所ではなく人だ”と。江戸川乱歩の物語はだいたい冒頭で、少年探偵団の団員が不思議な人物に出会うシーンから始まるらしい。
しかし、これがなかなか難しい。
菊美が言う怪しい老人やマントの男など道を歩いていない。ましてや、謎の紙芝居屋や道化師など、街中にいる方がおかしい。
翼たちはだんだん疲れてきた。
が、1 時間くらい歩いた時だろうか。
「おい!あれ」
卓也が前方を指差した。
見ると、腰の曲がった老婆が杖をついて歩いている。
菊美が “あれや!” と目を輝かせた。
4 人は老婆の後をこっそりつける。
「古い洋館に入ったら絶対怪しいで」
菊美の言葉に皆一瞬ドキドキしたが、その老婆は普通の一軒家に入っていった。
卓也が “ただの婆さんだよ” と言ったが、菊美は後に引かない。“ほな行くで” と 言って門の下の開き戸をあけた。
翔太が “おい、やめろって” と声をかけるが、もう菊美の姿は開き戸の中に消えていた。3 人は顔を見合わせ‥そして仕方なく菊美の後を追う。
二階建ての和風の家だ。
菊美はその庭にまわり、植え込みから中の様子を伺っている。
「おい菊美、やばいって」
卓也が押し殺した声で言うと、菊美は振り向き無言で手招きをした。
3 人は中腰で菊美のそばまで行き、彼女の見ている方向に視線を向けた。
1階の窓ガラス越しに、先ほどの老婆の姿が見える。
「これ、完全に不法侵入じゃないか?」
翔太が言った時、突然声がした。
「なんだね、お前さんたちは?」
4 人がドキリとして入り口を見ると、開き戸の前に白髪の爺さんが怖い顔をして立っている。
「ごめんなさーい!」
4 人は声をそろえて深々と頭を下げた。爺さんは “まあ、ワケを聞こう” と言って、4 人を家に迎え入れた。
老婆と爺さんは夫婦で、この家で2人暮らしだった。
探偵団のこと、お婆さんを怪しいと思って尾行してきたことなど、翼たちが全て正直に話すと、2 人は大笑をし許してくれた。
それどころかジュースにお菓子まで出してもらい、何だか不思議な団欒の時間となった。
しかしこの後、劇的なオチがついた。
老夫婦と話し込んでいた時、居間の電話が鳴り婆さんが出た。にこやかだった彼女が一瞬で青ざめ、“あなた、大変ですよ” と爺さんを手招きした。電話を代わった爺さんも尋常ではないほどに慌てふためき、受話器に向かって “では、すぐに” と言っている。
電話を切った爺さんに菊美がワケを尋ねると、息子さんが事故にあったと言う。婆さんが箪笥から銀行の通帳を取り出し爺さんに渡した。
「ちょっと待って」
声をかけたのは翼だった。
「もし息子さんの携帯番号知っていたら、一度かけてみて下さい」
この翼の機転が功を奏した。
結局、爺さんが息子の携帯に連絡を入れると、ピンピンした本人が出たのだ。
“いやぁ、本当にこんな電話がかかってくるなんて” と爺さんは言い、婆さんは “みんな、ありがとう” と頭を下げた。
土産にもらったお菓子を、ランドセルに詰め込めるだけ詰めて、4 人は老夫婦の家を後にした。
夕焼けに街が真っ赤に染まっている。
「すごいな、オレたち」
と卓也が言うと “今日はお前のお手柄だな” と翔太が翼の肩をたたいた。
少し照れながら、翼が隣を歩く菊美を見ると、彼女は何やら難しい顔をしてる。
「どうした?菊美」
翼が声をかけると、菊美は足を止めた。
「少年少女探偵団は、今日で解散や」
予想外の言葉に 3 人も立ち止まる。
「やっぱ、 小説みたいな事件は起きひんねや」
菊美はそう言うと駆け出し、あっけにとられている 3 人を振り向き “でもウチはむっちゃオモロかったわ。ありがとうな。 ほなバイナラ” と言い、走り去った。
“なんだ、あいつ” と翔太。 “わからん” と卓也。
翼は、遠ざかる菊美の後ろ姿を黙って見ていた。
赤いランドセルが夕日の中に吸い込まれ、そして消えたような気がした。
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