第2話 転校生来る!
5年1組とプレートに書かれた教室に入ると、翼は黒板に貼られた座席表を確認し、 “ラッキー” と言いながら窓際の1番後ろの席に向かった。
椅子に腰掛けようとした時、廊下からバタバタと騒がしく走る靴音がして、 2 人 の少年が教室に飛び込んできた。
「翼、ビッグニュースだ!」
親友の翔太と卓也。2人は全くタイプの違うオタクだ。
翔太はスティーブ・ジョブズを師と仰ぐコ ンピューターマニアで「ゲーセン荒らし」の異名をとるゲーマーでもある。
卓也は幼稚園でロックンロールに目覚め、小1でエレキを弾き始めた。自分で YouTube にアップした早弾きの動画は、視聴回数5万を越えていた。
その2人 が同じように頰を紅潮させ息を弾ませている。翔太が切れ長の目を妖しく輝かせながら言った。
「転校生が来るぞ」
ロン毛をかきあげながら卓也が続ける。
「しかも女だ!」
2人は仕入れた情報を得意げに翼に告げると “可愛いかな”“ “かけるか?” と言 いながら自分たちの席に向かった。
翼は2人の背中を見送ると、椅子に腰掛け、ランドセルのサイドポケットからそ っと一枚の写真を取り出した。白いワンピースを着た、翼と同じ年くらいの清楚な美少女が微笑んでいる。
“これ以上可愛い子はいないさ”
その時教室のドアが開き、担任の有働先生、通称 “ウォーリー“ が入って来た。 メガネでのっぽだから生徒達は陰でそう呼ぶ。そしてその後ろを赤いランドセルを背負った、今時珍しいおかっぱ頭の女の子がうつむきながら付いていく。
「ゲゲッ!何じゃあれ」
翼は椅子から転げ落ちそうになった。恐ろしく幅の広い襟に、レースの縁取りが付いた白いブラウス。しかもその袖は、社会の教科書で見た「戦時中の小学生」 の写真よろしく提灯のように膨れ、さらにスカートはサスペンダーの付いた紺のプリーツ..
翼は体勢を立て直しながら心の中で叫んだ。
“ダサい、ダサすぎるぞ!”
その時、ウォーリーの声が聞こえた。
「今日から一緒に勉強する新しい友達を紹介します」
彼女がゆっくりと顔を上げ、くるりと振り向きチョークで黒板に何か書き始め た。翼の斜め 3 つ前に座る翔太と卓也が、顔を見合わせハイタッチをしている。 可愛い、ということか?
黒板には異常にデカイ文字で「雪竹菊美」と書かれていた。
「ウチ、ゆきたけきくみ言いますねん。大阪から来てん」
今度は本当に椅子からこけた。
「か、か、関西弁!」
翼は大の巨人ファンである。母親の葵が坂本勇人選手のことが好きで、一緒にテレビ中継を見ているうちに巨人を応援するようになった。
宿敵は当然大阪の阪神タイガース。
翼は、阪神ファンの関西弁がどうしても好きになれない。
“今日も打ったれ。頼むでぇ~” “今のアウトやろ!ボケ”
早口で怖いし、オシャレじゃない..と言うより何だか品がない。聞いた話では、たこ焼きをおかず にご飯を食べるらしい..あ、有りえない。
いつの間にか翼には、ねじ曲がった関西アレルギーが植えつけられていた。
ふと気付くと、何やらウォーリーがこちらを指差している。
“まさか..“
翼は自 分の右隣を見た。空席だ。視線をウォーリーに戻した時には、もうあの提灯袖にプリーツスカートが翼の方に向かって歩き出していた。
そして身を硬くする翼の目の前に来ると、ニカっと笑って隣の席に座った。翼の背に冷たいものが 走る..
“何だ、今の不気味な笑いは!?”
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