雪竹菊美には負けられない

麻美拓海

第1話 イケてるママとの朝のルーティン

♫♫♫


枕元に置いた携帯のアラーム音で翼が目を覚ますと、階下にあるリビングから、いつものように小さく音楽が聞こえていた。


「おっ、今朝はカルヴィン・ハリスじゃん」


手早く着替えランドセルを片手に階段を下りると、ダイニングのテーブルには、クロックムッシュとフレンチサラダのプレートが置かれている。


「オレンジジュースとミルク、どっちがいい?」


声に振り向くと、隣のリビングで、サングラスをした葵が姿見に顔を近づけル ージュを塗っていた。ブルーのインナーはマリーンセルで、羽織った今年流行りのロングカーデは多分ギャルソンだろう。


“今日もバッチリきまってるな”


毎朝密かに楽しみにしている母親のファッションチェックを終えると、翼はクロックムッシュに手を伸ばしながら「オレンジジュース!」と答えた。

葵は、最近ハマってる、通販で買ったオレンジジュースを冷蔵庫から 取り出すと、グラスに注いだ。


「あれ?つばさちゃん、顔洗ってないでしょ。ダメよぉ」


葵はそう言いながら、椅子に腰掛けた翼を後ろから包み込むように抱きしめ、 グラスを手渡した。


“おー、いい匂い”


密着する葵の身体に少し照れながら、翼は自分の両肩にかかる彼女の長い髪の香りを堪能した。 葵は踵を返して姿見の前に戻ると、ハットを手に振り向く。


「どっちがいい? ある、なし..」


ポーズをとる葵に、翼は少し考えて答える


「無しがいいよ」


めちゃめちゃ似合っていたが、サングラスにハットだと美しい顔が隠れすぎる。 それに今日はグラビアの撮影だと言っていたので、モデルより目立つカメラマンて如何なものか、と思ったのだ。


葵は “OK !” と言いながらハットを放り投げ、レンズやフィルターの入った愛用のカメラバッグを肩にかけた。


「今日から新学期でしょ。もう5年生なんだから、しっかりね」


と言って翼の頭をくしゃくしゃに撫で、ふと思い出したように付け加えた。


「そうそう、土曜日の夜あけておいてね。ママのお友達とご飯行くから」


翼が “誰?” と尋ねると、葵はサングラスを少しだけずらし、意味深な笑みを浮かべながらこう言った。


「ママの元彼」


危うくオレンジジュースを吹き出しそうになった翼に、葵は笑いながら “行ってきまぁ~す” と言うとリビングを出て行った。


玄関の閉まる音が聞こえ、ポツンと残された翼は小さくつぶやいた。


「マジか!?」

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