6-6 いつもの学校生活。伊吹は俺に、愛沢とイチャつきすぎと指摘する

 俺は二年生だから教室は二階に有る。


 窓際の席で、窓に当たる水滴の音を聞きながらスマホを弄る。


 ハートアイコンの怪しいアプリがインストールされてしまった他は、いつもと変わらないスマホだ。


 怪しいアプリを起動すると、美空達の名前と灰色のキスマークが並ぶ。

 マークの色が好感度を意味していたら、俺は全員から嫌われていることになるため、おそらくこれは好感度ではないはずだ。そうであってほしい。


 キスしたらピンク色になって、その子が元の時代に帰るのか。

 それとも、全員のキスマークをピンク色にしたら、四人が帰るのか……。


 考えたって答えなんて分かるはずもないのに、俺は朝から暇さえあれば同じことを考えている。


「うっす」


 考え事をしていたら伊吹が登校してきた。声を聞けば見なくても分かる。

 俺は顔も向けずに、スマホを弄ったまま適当に返事しておく。


「おう」


 伊吹は去っていった。まあ、俺達の朝は、だいたいこんな感じだ。

 もう長いこと「おはよう」なんて言ったことも言われたこともない。


 ガタガタ……。


「うっす」


 伊吹が自分の席に荷物を置いて戻ってきたようだ。俺の前の席に、逆向きに座る。

 そして伊吹も大きな手で覆うようにしてスマホを持ち、太い指で操作し始める。


「なあ」


「おう」


「これ、見てくれ」


 俺は伊吹に例の謎アプリを見せるため、スマホを向ける。

 しかし伊吹は自分のスマホを弄り続ける。


「んー? 新キャラ当たった?」


「あー。ソシャゲじゃない。見るだけ見てくれ」


「んー?」


 伊吹はちらっと俺のスマホに視線を向けた。


「電源、落ちてんぞ」


「そうか」


 ……そう見えるか。


 美空だけでなく、伊吹にも画面は真っ暗に見えるのか。

 やはり、これはタイムスリップと関係した、何か得体の知れないアプリなのだろう。


 それから俺達は特に会話することなくスマホを弄った。

 予鈴が鳴り、伊吹は去っていった。


 午前中の授業はいつもと変わらない。あっと言う間に昼休憩。


「さて、昼食はどうするか」


 金曜日は美空がお弁当を用意するターンだが、タイムスリップ事件直後にお弁当など用意できるはずもなかった。


 学食で食べるか、売店で何かを買って教室で食べるかの二択だ。


 そんな俺の事情を知らない伊吹がやってきて、俺の机に弁当(二つ重ねてナフキンで縛ってある)を置き、前の席に座ろうとする。


「今日は弁当ないから、学食か売店に行く」


「どっちだよ」


「その場のノリで決める。多分、食堂」


「そうか。じゃあ、着いていく」


「おう」


 ということで俺達は教室を後にした。


 俺達は校舎中央へと向かい、渡り廊下に通じる丁字路で、人の邪魔にならないように立って、しばし待つ。


 すると、俺と同じく昼食のない美空がやってきたので合流。


「ひー君。伊吹君。お昼だよね?」


「おう」


「うっす。愛沢」


 三人で、食堂や売店のある北棟を目指して渡り廊下を渡る。

 合流できたから、食堂だな。


 食堂は全学年が利用するから、パイ先と遭遇する可能性はある。

 だが、隣に歩く冷蔵庫こと身長百八十五センチ体重九十二キロの伊吹が居る限り、絡んでくることはないだろう。


 俺は安心して学食のラーメン――味は週替わりで今週は醤油――を食べた。

 小食の美空から日替わり定食の――安いが、日替わりとは名ばかりで一週間くらい同じ物が出てくる――から白米半分と、唐揚げを一個を貰った。


 理由は良く知らないが、雨降りの日は食堂が混むので、俺達は食後の雑談は控えてさっさと席を立った。

 渡り廊下を渡ると「じゃあ」「うん。また後でね」と軽く言葉を交わして別れる。


 そして、教室に入る直前で伊吹が言う。


「あのさ。俺は見慣れているから良いんだけど」


「おう。何が?」


 俺達は教室背後のロッカーに背を預けて会話を続ける。


「さっき、何も言わずに愛沢からご飯を半分と唐揚げを貰っていただろ?」


「おう」


「そういうところだぞ。イチャついているって思われるの。

 愛沢の男子人気が高いこと、忘れんなって」


「いや、でも、外食したら普通に半分くらい貰うからなあ」


「お前、それ、デートだぞ……」


「俺達が今、自炊しているって知っているだろ。10キロの米なんて美空は持てないから、俺は荷物持ちだよ。1リットルの牛乳だって、女子にはキツいんだぞ。一緒に買い物に行っているだけだ」


「お前、それ、新婚夫婦だぞ……」


 あ、あー。

 そうか?


 イチャついていると誤解されるなら、覚えていたら、可能な限り控えるか。

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