10-6.俺達は美空の生家に行くことにした
みーちゃんは片道三車線を渡る横断歩道の手前で、ビクビクと身じろぎしながら車を追うように首を動かしていた。
トラックも多く走っていて、怖くて渡れないのだろう。
「みーちゃん!」
美空が駆けだし、背後からみーちゃんに抱きつく。
みーちゃんは初め、逃げようと暴れたが直ぐに大人しくなった。
「みーちゃん。探したよ……。帰ろう」
「やだ。わたし、帰る」
「駄目だよ。みんな心配したんだよ。帰るの!」
美空が諭そうとしても、みーちゃんはいやいやと首を振って聞き入れない。小さな腕で必死に拘束を振りほどこうとしている。
「やだ。帰る。みんな嘘つきだもん!
いい子にしててもママは迎えに来てくれないもん!」
俺は暴れたみーちゃんが飛び出さないように車道側で二人の様子を見守る。
さて、これでみーちゃんの脱走事件は無事解決なのだろうか。
二人は言い争っている。
「我が儘は駄目。帰るよ!」
「やだ! お家に帰る!」
二人とも帰ると言っている。
しかし、帰る場所が違う。
やはり、このままでは根本的な解決にはならない。
無理やり連れ帰ったとしても、みーちゃんはまた俺達の目を盗んで脱走するかもしれないし、次は永田駅まで行けるだけのお金を集めるかもしれない。
みーちゃんは俺達が思っているよりも賢い。
昨日、ショッピングモールに行くために切符を買ったときから、お金を貯めて生家に帰ることを計画していた。
もしかしたら、切符を買うよりも前、金曜日の夕食中に俺や美空さん達が「明日はショッピングモールへ行こう」と話し合ってた頃から、既に計画していたのかもしれない。
幼くとも、計画を立てる能力や行動力がある。
何よりも、両親にあいたいという思いが強い。
両親が既に居ないことを、いつまでも誤魔化しきれるとは思えない。
いずれ俺や美空達の会話や態度から、察してしまうだろう。
「美空。みーちゃんを美空が生まれた家に連れていこう」
「でも……」
「誤魔化すのは無理だよ。
現実を知ってもらって……。
あとは、俺や美空達でフォローしようよ」
美空が拘束を緩めると、みーちゃんは一歩前に進み、俺を見上げてくる。
俺はみーちゃんの前にしゃがみ、目の高さを合わせる。
「みーちゃんの本当のお家に行こっか」
「嘘ついてわたしを連れ帰ろうとしてる……?」
「俺はみーちゃんに嘘は吐かないよ」
出会って二日の俺がどうすればみーちゃんの信頼を勝ち取れるか分からない。
だから、手元にある物の中で一番大事なスマホを差しだす。
「もし嘘を吐いたら、これを道路に投げ捨ててくれればいいから」
みーちゃんは首を左右に振って、スマホの受けとりを拒否。左手で俺の右手を押し戻す。
とても小さい手だった。
みーちゃんは今日のために、昨日この小さな手でずっと百円玉を握りしめていたんだ。
「少しだけ信じる……」
「ありがとう。じゃ、行こうか」
「うん」
俺達は美空の生家に向かって歩きだす。
目の前の横断歩道を渡り始めて直ぐに、俺達がみーちゃんに追いつけた理由が分かった。
幾らみーちゃんの歩幅が短いからって、三十分も前の電車に乗っていたんだから俺達がこうも簡単に追いつけるはずがない。
みーちゃんはゆっくり足を出しては、顔をしかめて、泣きそうになりながら一歩ずつ歩く。
昨日はサイズの合わない靴を無理やり履き、今日は買ったばかりの靴を履いているから、靴擦れして足を怪我していたのだ。
歩行者信号が点滅しだした。
「みーちゃん。ストップ。じっとしてて」
俺はみーちゃんを背後から抱きかかえて、横断歩道を渡った。
「ひー君。少し休憩にしよ」
「うん」
目の前にコンビニがあったので、イートインで休憩アンド治療タイムとなった。
美空がみーちゃんの足に絆創膏を貼っている間、俺は店の外に出て愛沢さんにみーちゃん発見の報告をTEL。
伊吹にも捜索終了のメッセージを送っておいた。
伊吹は俺達と別れた後、パイ先にもみーちゃんの捜索を協力してもらったらしい。パイ先は俺に対する当たりがキツいだけで、意外といいやつだったのかもしれない。
もしかして以前伊吹が指摘したように、俺の目つきが悪いせいで、怒らせていたのか?
自覚症状のない癖なんだし、気にしないでおこう。
気を取り直して、義母さんに電話し、みーちゃん発見と、徒歩で美空の生家に行くことを伝える。
「義母さん。あのさ。俺達、これから美空が暮らしていた家に歩いて行くよ」
『場所を言え。迎えに行く』
「いいよ。みーちゃんに自分の足で歩かせたい。
いや、俺がおんぶしていくんだけどさ。
なんていうか、車で送ってあげるんじゃ達成感がないというか……」
『そうか。苦労しなければ果実は手に入らないからな。
いいだろう。お前達は歩け。
私達は近くで買い物してから、迎えに行く。
これから、何かと入り用になるだろうからな』
「うん」
通話を終えた俺はコンビニ店内に戻り、自分用のお茶を購入(美空に奢ってもらった)。みーちゃんとプリンを食べながら小休止タイムだ。
十分か二十分してから店を出て、みーちゃんをおんぶして再び歩きだす。
途中で美空がみーちゃんをおんぶしたいと言いだした。幼い頃の自分を背負ってみたいらしい。けど、小学一年生とはいえ明らかに十キログラムの米より重いんだから、単なる興味本位の美空は直ぐに音をあげた。
俺は美空からみーちゃんを受けとりながら、妄想する。
『そんな体力じゃ、赤ちゃんを産んだ時、大変だな』
『その時は、ひー君がおんぶしてくれるでしょ。子育ては二人でやるんだよ』
『もちろん』
『……赤ちゃんを産むためには、することあるよね……。する?』
『う、うん……』
俺達まだ高校生だぜ。そいうことは――。
「ねえ、ひー君。変な顔をしてるよ。
考え事している時のしかめっ面は、ギリギリ許容できるけど、今のそれは厳しいよ?」
「え? 俺、変な顔をしてた?」
「うん。テレビで急にエッチなシーンが始まった時みたいな顔していた」
「ああ、気まずい時の顔か」
「……え? エッチなこと考えている顔でしょ?」
「……違います」
「見たい。わたしも変な顔、見たい」
「してないから、見れないよ」
「ぶー」
こうして歩いていると子育て中の夫婦みたいなんだけど。いやいや、また変な顔になるかもしれないから、あまり妄想しないでおこう。
それに……。
目的地が近づいている。いつまでも楽しい気分じゃいられない。
たとえ、みーちゃんの本当の家に着いても、そこに両親が居るはずはないのだ。
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