10-4.駅に向かったら、運悪くパイ先と遭遇する

「ひー君? 考え事?

 怖い顔になっているから、とりあえず、川の方を見て考えて」


 みーちゃんの昨日の行動を思いだすんだ……。


 みーちゃんはお金を手に入れることが出来たのか?


 朝は全員でご飯を食べた。

 その後、美空達の誰かが美空のシャツに着替えさせた。シャツにはポケットがないから、出発時点でお金を隠し持っていた可能性は低い。


 駅まで歩いて、切符を買って……。俺が千円を渡して……。

 みーちゃんが券売機に千円札を入れた。

 切符を券売機から取ったのはみーちゃんだけど、お釣りは俺が回収した。


 切符と券売機が同じ場所に出てくるタイプではなく、別の場所に出てくるタイプの券売機だから、あの時みーちゃんがお釣りを手にした可能性は低い。


 一緒に電車に乗って、ショッピングモールに到着。


 最初に行ったのはしまクロ。

 その後、俺はみーちゃん以外に五千円ずつ渡して別れた。みーちゃんに必要な物は俺が買うことになっていたから一緒に行動して……。


 エアー遊具で遊びたがっていたけど、それは諦めてもらって、ロールアイスの店に並んで、途中でパンツがずり落ちて……。ん?


「パンツ?」


「ひー君、凶悪な表情で不穏な独り言はやめよ?」 


 ……パンツが膝に引っかかる?


 あれ?

 あの時は俺も慌てていたから気にしなかったけど、変じゃないか?


「なあ美空」


「なに?」


「変なこと聞いていい?」


「うん」


「セクハラじゃないからな?」


「う、うん」


「あのさ。スカートを穿いている時に、突然パンツのゴムが切れたらどうする?」


「……え?」


「いや、マジで、教えて? パンツが下に落ちたらどうする?」


「先ず反射的に膝を閉じて落ちないようにすると思う。それから手で押さえる……かな?」


 美空は顔を赤らめながら実際に膝を閉じて、もじもじした。


「右手にアイスを持っていたとしたら?」


「左手は使えるんだよね? 左手だけで押さえる……かな?

 それか、慌ててアイスを落としちゃうかも」


「それから?」


「……手で下着をあげて穿き直す」


「みーちゃんだったら、どうする?」


「え? ……同じことすると思うよ」


「小学一年生だからパンツがずり落ちても平気ということは?」


「ない……と思う」


「……分かった。そういうことか。

 あの時点でみーちゃんは両手が使えなかったんだ」


 右手にアイス。左手に、お金!


「どういうこと?」


「後で説明する。ちょっと待って」


 俺はスマホを取りだし、鉄道の路線検索を表示する。


 だが、これじゃない。

 到着時間や目的地への最短経路を調べたいわけじゃない。


 300円で何処まで行けるかを知りたいんだ。


 ああ、くそ。調べにくい……。


「美空、悪い。駅に戻ろう」


 駅なら路線図に、乗車駅からの運賃が書いてあるから、300円で何処まで行けるか分かるはず。


 俺は自転車の向きを変えて、こぎだす。


 俺は気が逸っていたが、美空を引き離さないように、ゆっくりめに漕ぐ。


 それから駐輪場に自転車を置き、駅へ向かう。


 しかし、駅の手前で不幸が起きた。


 バボボボボッ!


 像の屁みたいな音が断続的に鳴りながら近づいてきたと思ったら、赤くてダサいバイクが俺達の行く手を遮るように停まる。


「げ……」


「待てよ、中橋」


 パイ先だ。

 なんでこんなところで遭遇するんだよ。

 デイリーガチャで出現率大幅アップイベントでもやってんの?


 先日と同じく、石森と呼ばれていた男に運転させていて、パイ先は後ろに座っている。ダセえ。


「テメエ、二股かよ、こら。

 調子に乗んじゃねえって言ったよな?

 ええ?」


 夜に始まるソシャゲのアップデート並みに無粋なタイミングでの登場だ。


 みーちゃんのことが気になるからパイ先なんかと関わっている暇はないんだけど。


「ひー君……」


 美空が俺の後ろから服の裾を引っ張ってくる。


 柄の悪い男に行く手を阻まれて怯えているようだ。


 んー。どうしよう。


 ぶっちゃけ、喧嘩になれば余裕で勝てると思う。

 俺はオリンピックの金メダリストにレスリングを習っていたんだから、そこらの不良二人に負けるはずはない。


 だけど、アスファルト舗装された路上で、素人を怪我させずに制圧するのは難しい。本気を出せば三十秒で二人とも倒せるけど、打ち所が悪いとパイ先を怪我させてしまう。


「愛沢ぁ、こんなビビりの玉なし野郎は放っておいて、俺と遊びに行かね?」


 俺だけでなく美空にまで絡むつもりか。


 ああ、糞、だんだんムカついてきた。急がないとみーちゃんが危ない目に遭うかもしれないんだぞ。


「先輩。俺達、急いでいるから邪魔しないでくれませんか?」


「あ? テメエ、誰に口聞いてんだ?」


 パイ先がバイクから降り、俺の方に進んでくる。


 ああ、タックルしたら簡単に倒せそうだけど、パイ先は受け身なんて取れないだろうし、頭を打つだろうなあ……。


 どうしようと困っていたら、不幸の揺り返しか、幸運が訪れた。


 もっとも、そいつもレアリティ1だから、現れて当然かもしれない。


「誰に口聞いてんだって言ったか?

 その言葉、そっくりそのまま返すぞ。

 ひー君はレスリングの高校生チャンピオンに喧嘩で勝った男だぞ」


 デッサンが狂ったかのように小さな自転車に乗った男が、背後からヌッと現れた。

 もちろん、自転車は標準サイズだ。

 乗っている伊吹が、巨漢なのだ。


 明らかにパイ先が怯んで、一歩後ずさる。

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