9-3.俺は義母さんに手も足も出ない

「私からは動かない。好きなだけ仕掛けてこい」


「……」


 こっちが尻込みしていることまで見抜かれているようだ。


 しょうがない。開き直って我武者羅に行くしかない。


 義母さんの左脚が前に出ている。


 明らかに誘われているな。


 だが、俺は敢えて誘い乗る。

 地を這うように姿勢を低くし、左脚へと突進。


 筋肉質な左脚に触れる寸前、俺の右肩に上から圧力。

 俺はマットに叩きつけられた。


 ここで終わっては駄目だ。俺は義母さんの脛に両腕を回す。


 しかし義母さんは一歩下がって、その下半身は俺の手が届かない位置へ。

 俺は直ぐに上体を起こし、立ち上がる動作の途中で義母さんの太ももへと飛びこむ。


 だが、指先が掠めただけだ。義母さんは軽い足取りで横へ体を滑らせて、マットの中央へ戻った。


「はぁはぁ……。

 くそっ。俺はもうガキじゃないんだ。

 いいようにやられていた頃とは違う。腕力もついているんだ。

 掴みさえすれば……。俺の方が強い!」


 わざとらしいと思いつつも、俺は義母さんが好みそうな挑発台詞を吐いた。


「ほう。いいだろう。

 次のタックルは避けないでやる。来い」


 まんまと挑発に乗ってくれた。久しぶりに息子とレスリングができて気分がいいのだろう。その油断につけ込む!


 俺は棒立ちしている義母さんの膝裏を両腕で抱える。義母さんの膝を俺の方に引きつつ、俺は上半身全体で義母さんの下半身を前方に押す。


 こうすれば簡単に人は倒れる。そう義母さんに習った。


「ぐ、ぬ……」


「なんだ。デカくなったのは体だけか?」


 おかしい。全然、倒れない。


 義母さんは俺より身長が十センチ小さく、体重が十キロ軽いはずなのに、まるで電柱にでも抱きついたかのような錯覚さえする。


「た、お、れ、ろ……」


「腕力で解決しようとするな。全身で前へ進め」


「ぬ、あああっ!」


 俺は腹の底から声を出し、渾身の力で一歩前へ進む。


 義母さんの上半身が後ろへ倒れていく。


 倒せる!


 ――そう思った刹那、俺は畳に顔から落ちた。


 義母さんの上半身が俺の上半身に乗ってる。


 おそらく、義母さんは膝が崩れた瞬間、背後へ下がっていたんだ。

 俺はうつ伏せで上から押さえこまれている。


「ぐ……」


「私の腰か太ももに手を回せ。引いて、逆に返せ」


「ぐっ……!」


 どっちか分からないけど、義母さんの腕が俺の首に回されていて、締まっている。息が苦しい。こんな状態から、どうやって返せっていうんだよ。


 息が……。あ……。


 意識が飛びかけた瞬間、首が楽になる。


 だが、義母さんが俺の上で体を入れ替え、さらに俺を仰向けに回す。

 一瞬のことで何も対処できない間に、義母さんは俺の頭を右腋に抱えて、両脚で胴を絞めてきた。


「っ……!」


 駄目だ。手も足も出ない。


 多分、スリーパーホールドされてる。

 その名の如く、このままじゃ俺は眠るようにして意識を失うだろう。


 俺の方が体も大きくなったし腕力もあるだろうから、ワンチャンいけると思ったけど、とてもじゃない。


「降参するか?」


「っ……!」


 技を外すために全身に力を入れるが、びくともしない。


 俺の目と鼻の辺りが義母さんの右上腕二頭筋に、後頭部が右前腕にガッチリとホールドされて、仰け反らされてる。


 駄目だ。返せない……!


 だが、諦めない。


「まだ。まだ……」


「そうか。なら仕切り直しだ」


 義母さんは俺を解放し、すっと立ち上がる。


「はぁはぁ……」


 体力を大きく消耗した俺は、息も絶え絶えにゆっくりと体を起こす。


 おそらく一分も経っていない攻防なのに、長距離走の授業が終わった時よりも疲労している。


 早くも『レスリングで勝てば義母さんが無茶な頼みでも聞いてくれるに違いない作戦』が、暗礁に乗り上げてしまった……。


 だが、諦めないぞ!

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