8-4.愛沢さん達はホテルに宿泊する
四人の泊まる場所を工面できないまま、俺達は地元駅に帰ってきてしまった。
夕日が伸ばした影ですら緩慢な動きで、俺達の足取りが朝より重いことを教えてくれる。
俺達は「念のため」という愛沢さんの提案で、普段使う出口とは逆側から出て駅の周囲を歩く。
そして幸運にも、それが功を奏す。
「あ……」
ビジネスホテルの看板を前にし、愛沢さんが声を漏らす。
「見に来て良かった……。
ここ、過去だし田舎だからホテル安いんだ。
シングル一泊15,000円を想定していた……」
隅の塗装がはげた看板には「シングル一泊4,000円~」「ダブル一泊6,000円~」「ツイン一泊8,000円~」と書かれている。
「残金は七千円ですよ。ダブルって四人泊まれるんですか?
それに、そもそもこれって最低料金ですよね?」
「んー。みんな、ちょっと待ってて」
愛沢さんは買い物袋を美空さんに渡し――俺は既に両手が塞がっている――ビジネスホテルに入っていった。
この辺りは割と有名な海水浴場が近いのでホテルや民宿はけっこう多い。少し離れた位置では陶芸が盛んで、俺も遠足や体験学習で何度か窯を訪れたことがある。
地元民からしてみれば、わざわざ宿泊してまで遊びに来るような観光地とは思えなくても、それなりに人が集まる。
あと、空港が近いからビジネス客も多いのかもしれない。
みーちゃんが退屈しないくらいの時間だから、割と直ぐに愛沢さんがホテルから出てきた。落胆したように俯いているから、値引き交渉でも失敗したのだろうか。
そして愛沢さんは俺達の前まで来ると顔をあげ、両手で頭の上に大きな輪っかを作った。
「テッテレー」
「お姉、古い……。……え?
たった四年で、私こんな寒いことするようになっちゃうの?
氷河期到来人類滅亡の予兆?」
愛沢さんはテレビで芸能人がお店の取材交渉をして許可をもらえた時の動きを真似したのだろう。あまりテレビを見ない俺ですら元ネタを知っているということは、愛沢さんや美空さんの時代ではとっくに廃れているはず。
「え? 古い?
今最も人気の動画なんだけど。ブームって一周するんだ」
嘘だろうなあ。愛沢さんの目が泳いでる。
「とりあえずホテル、オッケーだから。
私達は今日、ここに泊まるよ」
「いや、何がオッケーなのか分かんないし」
美空さんがぞんざいな口調でツッコミ。一日歩き回った疲労にテッテレーショックが重なり、愛沢さんへの対応が雑になっている。
愛沢さんはそんなこと気にした様子もなく、やや早口で嬉しげに言う。
「ダブル3,000円で、二部屋取った。
しかも朝食つきの……チェックアウト十一時!」
退室時間が十一時ということの魅力は俺には分からないが、愛沢さんの口ぶりからすると、朝食つきよりも嬉しいことらしい。
俺は看板の値段を再確認。ダブルは一泊6,000円ってなってる。
「ここに6,000円からって書いてありますよ?」
「今五時でしょ。ビジホって、お客が見込めない時は安くなるのよ。
誰も泊めないと売り上げはゼロ。だったら格安でもいいから部屋を埋めるの」
「そういうものなんですか」
「そういうものなんです」
さすが社会人。人生経験が長いだけある。スーパーのお惣菜が夕方に安くなるのと同じで、ホテルも値引きするのか。
こうして四人の美空は駅近のビジネスホテルに宿泊決定。俺は財布と買い物した衣類を愛沢さんに渡して一人で帰路についた。
明日の夕食を取ったら義母さんは、義父さんが泊まっている京都の月極め賃貸アパートへと帰る。そのことは愛沢さん達にも伝えてあるし、記憶があるから知っているはずだ。
だから、明日はチェックアウトした後、適当に時間を潰してもらってから夜に家へ戻ってきてもらうつもりだ。
これで、なんとか今週の土日は乗り切れそうだ。
けど、来週はもうお金がない。
「しょうがない……」
義母さんが家に居る間に事情を説明して、みんなが一緒に暮らせるよう、頼もう。
義母さん達に内緒にしておいても、なんとかなると思っていたけど、考えは浅はかだと、たった一日で痛感した。
愛沢さんの貯金に俺のお年玉五万円を足せば一ヶ月くらい生活できると思ったんだけど、見通しが甘いにも程がある。
仮にお金があったとしても半永久的なホテル暮らしなんて不可能なんだから、結局、両親を説得するしかないのだ。
帰路の途中、次第に足が重くなり、俺は立ち止まって川を眺めた。
群からはぐれた鴨がぽつんと一羽泳いでいる。
義母さんに打ち明けるのは確定だ。
けど、美空が五人に増えたから同居する許可をくれなんて、どうやって切りだせばいいんだ……。
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