8-3.ファミレスで夜のことを相談する

 美空さんがスマホから顔をあげ、俺に口の端を吊り上げた笑みを向ける。


「ひー君は、義母さんに『一緒に寝たい』って言って、同じ部屋で義父さんのお布団を使ったら?」


「高校生にもなって義母さんと同じ部屋で寝るのは、恥ずかしいですって」


 小学生の頃は両親との距離感が掴めなかったし、中学生になった頃には既に恥ずかしかった。だから、

 家族旅行で旅館の同じ部屋に寝たという例外を除けば、養子になってから同じ部屋で寝たことはない。


「冗談冗談。

 美空の部屋に、人を駄目にするクッションがあるから、それ使ったら?」


「なんです、それ?」


「え、ひー君、知らないの?

 ビーズクッションがブームになったのって、今より少し前くらいでしょ?」


 美空さんが驚いた顔をしつつ、スマホを操作し始める。いつものスマホ操作か、俺にクッションを見せるために調べてくれているのかは分からない。


 すると愛沢さんが眼鏡を外し、俺に差しだす。


「Hey Luli 人駄目クッション見せて。はい。ひー君」


 未来眼鏡を俺に掛けろってこと?


 とりあえず受けとって掛けてみると、あっ。


 目の前からテーブルがなくなって、美空さんと美空ちゃんがデッカいクッションに身を沈めている。とても柔らかそうに全身が埋もれている。


 テレビかネットの動画で見たことあるぞ、これ。

 一度寝そべったら二度と立ち上がれなくなるとかいうやつだ。


「スゲえ、何これ。クッションが見える。未来技術半端ねえ……」


「んー。今でもARくらいあるでしょ?

 着替えなくてもお店の服を試着できたり、家具を家に配置したりできるでしょ?」


「お姉、駄目駄目。ひー君、そういうの疎いし。

 それに、お店にはあっても個人端末のフリーアプリでそういうことできるのは、まだじゃない?」


「あれ。そうだっけ?」


「空中投影ディスプレイも網膜投影ディスプレイも実現しているけど、民間ではあまり普及していないよ。今はまだ、これ」


 美空さんはそういうと、注文用のタッチパネル端末を、指先でトントンと叩く。


「今は空中タッチディスプレイが出始めたくらいだよ」


「そっか。じゃ、とりあえずひー君は人駄目クッションで」


 愛沢さんと美空さんはそれで納得のようだ。

 だが、美空ちゃんは反対らしい。


「……男の人と同じ部屋で寝るなんて、嫌です」


 我が儘を言わない美空ちゃんが意見を出してくれるのは喜ばしいことなんだけど、内容が悲しい……。


「んー。

 ひー君の部屋に持っていけばいいでしょ?」


「愛沢さんは平気なんですか?

 男の人と一緒に寝るなんて……」


「平気だよ。ひー君は家族だし、それに……。

 ね、美空ちゃんは、みーちゃんくらいの年齢の男の子を異性として意識する?」


「……しません」


「私とひー君の歳の差って、それくらいあるの」


「でも……」


 美空ちゃんは俯き、声を小さくする。


「……男の人と同じ部屋で寝るなんて、良くないです」


 美空ちゃんの隣で、美空さんが瞼を大きく開く。


「何この子、過去の自分と思えないくらい可愛い……。

 同性でしかも自分なのに、なんか私、体の中心で焚き火したみたいに、胸が温かくなったんですけど」


 愛沢さんも目を大きくしている。


「中学時代の私って、こんなに可愛かったんだ……。

 大人しかったのにモテるはずだ……」


 でしょ?

 冷たくされてても、時折垣間見られる隙にドキッと胸が鳴って、好きになっちゃうでしょ?


 美空ちゃんの可愛さを直視してしまった三人が悶えているせいで、テーブルの会話が途切れる。愛沢さんから一時的に借りたスマートグラスで、この姿、録画

できないだろうか。


 でも音声操作で「録画して」なんて言ったら絶対零度は確実……。


 ん?

 視界の右下に『MENU』って文字がある。そこを見つめていると『音楽』や『動画』や『ゲーム』や『ファイル』等、幾つものメニュー項目が浮かび上がってきた。

 目線で操作できるの?


 いやいや、駄目だ。美空ちゃんの姿を録画したら、後で愛沢さんに何か言われる。


 俺は眼鏡を外して愛沢さんに返した。


「これ。凄いですね。ネットには繋がるんですね」


「ん?

 あー。今、見せたのインストール済みの辞書だよ。

 仕事柄、辞書は直ぐにひきたいし」


 辞書をひきたい仕事ってなんだ、と聞こうかと思ったタイミングで、店員さんがケーキを持ってきた。


「俺、ドリンクバー取りに行くけど、愛沢さん、何か要ります?」


「んー。じゃあ、エスプレッソお願い」


「分かりました」


 奥の座席で立ちづらいだろうから愛沢さんに声を掛けたんだけど――。


「オレンジジュース」


 みーちゃんがぐーにした左手で、グラスを俺の方に移動させた。ぐーのままなんてお行儀悪いなあ。


「あ、じゃあ私メロンソーダ七割。オレンジ三割で」


 美空さんは言葉だけ。グラスを差しだしてもくれない。スマホ弄りが忙しいらしい。


 愛沢さんが失笑しながら二人のグラスを手にし、トレーに載せてくれた。


 ついでだし、美空ちゃんにも確認する。


「美空ちゃんも何か持ってくる?」


「……いい」


 いい子だなあ……。トレーにグラスを五個も載せたら危ないから遠慮してくれたんだろう。他の美空達も見習ってほしい。


 そして、俺はドリンクバーコーナーで、ジュースを注いでいる時に気付いた。


 もしかして美空ちゃんは、自分が口をつけたグラスを俺に渡したくなかったのでは。


 まさかとは思うけど、変なことしないか警戒された?!

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