第8話 ショッピングモールで遊ぶ

8-1.みーちゃんのパンツがずり落ちる

 アイス屋に並ぶのは俺以外全員女性だ。少人数の女性グループが幾つかあり、きゃっきゃっと盛り上がっている。

 行列で待っていると、お店の人がやってきてメニューを渡してくれた。


 バニラやチョコ等、ベースになるアイスの味を選んでから、クッキーやイチゴやバナナ等のトッピングを選んで、さらに、メイプルシロップやキャラメルソース等のクリームも選ぶのか。俺は店員のオススメでいっか。


 メニューをみーちゃんに渡して、注文システムを簡単に説明した。


 みーちゃんは興味を持ったらしく、真剣に悩みだした。幸い、行列の進みは遅いので、迷う時間はたっぷりだ。


 しばらくして俺達の番になったので「私がお兄ちゃんの分も注文してあげる」という、みーちゃんの善意に甘えて、ストロベリーベースとチョコベースのアイスを注文してもらった。みーちゃんが、どっちも食べたいんだろうなあ。


 調理しているところを見たいというみーちゃんを肩車して、一緒に見学した。

 なるほど。見るのも楽しいな。

 鉄板の上に溶けたアイスを流すとすぐに凍って、薄アイスになる。それを、ヘラで削っていって、くるくるって丸める。


「可愛い」


 ――とみーちゃんが足をバタバタさせる。

 可愛いかどうかは分からないが、見ていて楽しい。


 アイスができたので俺はみーちゃんを下ろしてから、支払いをして商品を受けとった。


「みーちゃん、ストロベリーとチョコ、どっちから食べる?」


「ストロベリー!」


「はい、どうぞ」


 俺がみーちゃんにアイスを渡した瞬間――。


「ん?」


 パツンッ。


 何かの切れる音。そして――。


 パサッ。


 Tシャツをワンピース風に加工した服の、スカートに相当する箇所からパンツが落ち、膝に引っかかった。


 みーちゃんのパンツは、年長の誰かが工夫をしてサイズを調整していただけで、実際はサイズが合っていなかったのだ。


「みーちゃん、パンツ!」


 この時すべき行動を俺は盛大に間違えた。アイスを置き、パンツの側面を掴んで上げた。


「これ、どうやって留めてたの?」


「お姉ちゃんが縛ってくれた」


「どうしよう」


 俺がみーちゃんのスカートをめくって、パンツの側面を縛る?

 そんなことして良いのか?


 ざわざわ……。


 ん?

 周りが騒がしいな……。


「ねえ、あの人、何しているの」


「小さい子のスカートに手を入れてない? 変質者?」


「やばくない? お店の人、呼んだ方が良くない?」


 周囲のざわめきが闇夜の竹藪を風が撫でたかの如く、ざわざわと不気味に広がっていく。


 ……拙い。


 確かに俺は小学校一年生女児の前にしゃがんで、スカートに両手を突っこんでいる。何処からどう見ても変質者だ。


 みーちゃんが嫌がったり恥ずかしがったりしていないことだけが、唯一の救い。


 俺は小声でみーちゃんにお願いする。


「みーちゃん、ちょっと『お兄ちゃん大好き』って大声でアピールしてくれないかな……」


 しかし、みーちゃんは俺の意図を理解してくれなかった。


「どうしてお兄ちゃん大好きって言わないといけないの?」


「お願いだから、兄妹アピールして」


「私達、兄妹じゃないよ?」


「なんで?!

 今までお兄ちゃんって呼んでくれてたじゃん?!」


「え……?

 でも、兄妹じゃない……」


 事実だ!

 中学生の美空なら俺の義妹に相当するが、十年前から来たみーちゃんは完全に赤の他人だ。俺のことをお兄ちゃんと呼ぶのは家族という意味ではなく、単に年上の男という意味だったらしい。


 ……ざわざわ。


 ざわざわ……。


 周囲の女性達が俺から距離を取りつつも円を描いて、包囲する位置に移動していく。さながら兎を狩るメスラインの群!


「ねえ、警備員、呼んだ方がいいんじゃない」


「お兄ちゃんって呼べって強要してる……。変質者だよ」


「……最低」


「警察! 呼ぶなら警察でしょ」


 やべえ……!

 俺の人生、これまでか……?!


 ……ん?

 背筋が冷たい。


 周囲のざわめきに、聞き覚えのある絶対零度が含まれていた気が……。


 すっ……。


 背後に誰かが来たのが、影で分かる。


 首だけ振り返るとそこに、中学校の制服を着た黒髪の美少女が佇んでいた。

 周囲のモブを完全に俺の意識から消失させるほどの、圧倒的な神々しさを放っている。さながら、広い舞台で数十人のダンサーを背景にして、たった一人、前に出てスポットライトを浴びて輝くスターのような存在。


「美空ちゃん……」


「兄さん。何をしているんですか」


 その声は鼓動のように、俺の体の中心に響いてくる。


「美空の下着のゴムが切れたようですね。

 美空、直すから下着を手で押さえて、ついてきて」


 そうか。

 美空ちゃんはロールアイスブームの全盛期を知っているから、おそらく行列に並んでいたんだ。そして、人目が苦手なのにも拘わらず、俺の窮地を救うために出てきてくれたのだ。


「ありがとう。助かった」


「……ストロベリーベースにクリームチーズミックス、トッピングはチョコチップとバナナにチョコレートソース。間違えたら許さないから」


「え?」


「……兄さんの奢りです」


「わ、分かった」


 二人が去った後、気まずいから俺はその場を離れたかったけど、美空ちゃんから頼まれてしまっているので、並ぶしかない。というか、呪文のような言葉の羅列を早口で言われたので、ストロベリーベースだということしか、覚えていない。

 ヤバい。

 いや、待て、ベースのアイスがストロベリーだったのか、イチゴをトッピングするのか、ストロベリーソースをかけるのか、それすら分からなくなってきた。


 美空ちゃんから怒られる覚悟をしてうろ覚えの注文をしようとしたが、この手の店に慣れていそうな大学生風のお姉さんが俺達の会話を聞いて覚えてくれていたらしく、代わりに注文してくれた。

 なんとかなった。

 ありがとう、見知らぬお姉さん。

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