7-6.みーちゃんがエアー遊具に興味を持つ
俺は両手いっぱいの買い物袋をロッカーに預けると、みーちゃんと一緒に縦長なショッピングモールの端から端までを適当にぶらつくことにした。
店内放送の愉快な楽曲に負けじと、周囲から家族連れの笑い声が聞こえてくる。
移動の妨げになるほどの人出ではないが、油断するとみーちゃんとはぐれてしまうかもしれない。あまり目は放せない。
暫くすると、広い通路の中央に鎮座する黄色くてデカい物が、遠くから目に飛びこんできた。
「お兄ちゃん、あれ!」
みーちゃんが駆けだすから、はぐれないように俺も早歩きで追いかける。
みーちゃんは小さい体で器用に他の買い物客を避けて走る。みーちゃんが興味を抱いているのは、子供が中に入って飛び跳ねて遊ぶエアー遊具だ。
「これ!」
エアー遊具の間近に到達したみーちゃんが振り返って、俺を急かす。
さっきは大人ぶってバスの遊具をディスっていたくせに、今は目がキラキラだ。
エアー遊具の内部はプロレスのリングくらいの広さで、数名の小さい子が無邪気に体を動かしている。
正直、遊びたくなる気持ちは分かる。俺も大人用のがあったら、童心に返って飛び跳ねまくりたい。全力で跳んで、お尻で跳ねて、肩から落ちたりバク転したり、普段やらない動きを試したい。
おそらく数百円だろうし、みーちゃんを遊ばせてあげるか。
俺はエアー遊具の入り口付近に在る受け付けに近づき、料金が書かれた紙を見る。
なるほど。300円で、時間単位の入れ替え制だ。
今のターンが終わるまで、中の様子を窺いながら待ってみるか。
「あっ……」
遊具の中で見知らぬ幼女がパンツを丸出しにしている。
四方がエアークッションに囲まれた状況で全身を投げだしていれば、当然、パンツくらい出るだろう。
俺は、傍らでエアー遊具の中を見ているみーちゃんの格好を確かめる。
みーちゃんは美空のシャツをピンで留めただけだ。遊具で遊べば、パンツ丸出しは免れない。小学校低学年ならパンツを見られることに抵抗がないのだろうか。
「駄目だ……」
「何が?」
何がって……。パンツを見られることだけど……。
穿いているのは美空のパンツだ。美空のパンツだから、見られたくない?
美空の幼い頃だから、見られたくない?
どっちでもいい。とにかく、そこらの糞ガキや通行人に見られたくない。
みーちゃんは既に遊具で遊ぶ気満々だ。右手をパーにして俺の方に「お金ちょうだい」と突きだしている。興味を他の何かに移させないと……。
周囲に何か女児の気を惹く物がないか、俺は素早く見渡す。
雑貨屋、服屋、眼鏡屋、また服屋、携帯ショップ、よく分からない店……。どれだ。どれが女児の興味を惹く……。
あった! あれだ!
「みーちゃん、あそこの行列。見て。アイスだよ」
「アイス?」
「あれ、食べたいなあ」
「食べれば?」
めっちゃ素っ気ない……。
「わたし一人で遊ぶから、お兄ちゃんはアイス食べてきていいよ」
みーちゃんが「ん」と手を出してくる。お金を寄越してお前は居なくなれの合図だ。
「俺一人だと迷子になるかもしれないし。みーちゃんと一緒に食べたいなあ」
「でも……。……ふわふわ」
ふわふわ?
この遊具の名前?
「あのアイス、冷たい鉄板の上に塗った液体や、イチゴとかリンゴとかを凍らせて、ヘラで削ってカップに入れるやつだよ」
「……?」
正式名称が分からないけど、確かタイか何処かで流行っているという形式のアイスだ。最近のブームだから、みーちゃんがあまり興味を持ってくれない……!
タピオカミルクティーなら興味を持ってくれたかもしれないけど、もう、ないんだよ……!
レインボー綿菓子も、派手なドーナツも、マリトッツォも、もうない。
頼む。アイスに興味を持ってくれ……!
「見ると絶対に楽しいよ。溶けてるアイスが固まって、アイスになるんだよ?
今、若い女の子に大人気なんだよ?」
「え?」
みーちゃんはチラリと視線をアイスの店に送った。興味を持ったようだが、遊具で遊びたい思いも強いらしく、葛藤しているようだ。
「アイスの行列は女の人ばかりだし、俺、一人だと並ぶの恥ずかしいなあ」
「……」
「今、一番頼りになるのはみーちゃんなんだけどなあ。
みーちゃんが一緒に並んでくれると嬉しいなあ」
「……分かった。しょうがないなあ、お兄ちゃんは。
大人のわたしは頼りないし、わたしが付きあってあげる」
やった。思惑通りだ。
みーちゃんは俺の手をガシッと掴むと、頼もしい足取りでお店の方へと歩きだした。
そこそこ行列もあるし並んで時間を潰して、買った後はゆっくり食べて、集合時間まで過ごそう。
何かと入り用になるだろうから、また来る機会も訪れるだろうし、
エアー遊具で遊ぶのはパンツが見えない服装の時でいい。
そう。
俺は、当たり前のように、また来ると思っていた。
不思議なことに、みんなと会ってからまだ三日目なのに、俺は五人の美空と過ごす日々が当たり前のようにいつまでも続くと思いこんでいたのだ。
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