6-4.美空が、昨晩の会話が聞こえていたか、と尋ねてくる

 朝食は昨晩コンビニで買ったパンとおにぎりとサラダだ。全部、美空さんに選んでもらった。美空が五人だからといって、同じ物を五人分買いはしなかった。その時々によって味の好みが変化するから、別のものをチョイス。


 テーブルの上に、鮭おにぎり、ツナマヨおにぎり、五目ライスおにぎり、クリームパン、メロンパン、カレーパン、ドーナツ、玉子サンド、レタスサンドが大きなお皿に盛り付けられ、さらに冷凍パスタ、卵焼き、サラダ、ヨーグルトが並び、ちょっとしたバイキングみたいで壮観だ。


 みーちゃんは目をキラキラさせているから気に入ってくれたようだ。

 しかし、残念なことに、中学生の美空ちゃんは部屋に閉じこもったまま。


 俺達と一緒に食事を取る気はないらしい。


 朝食の時に、美空ちゃんのことは話題にしない。

 もし話題にしたら、どうしても両親の死について触れることになる。それは、まだ両親が健在の時代からタイムスリップしてきたみーちゃんに聞かせるわけにはいかない。


 みーちゃんはドーナツとメロンパンを食べた。小学生らしく、甘いものが好きなのは分かりやすい。


 愛沢さんはサラダとヨーグルト。最年長なのに、いや、最年長だからからか、最も小食だ。


 美空と美空さんは同じパンを半分こして食べている。


 俺はおにぎりを食べた。


 朝食を取り終えると、留守は愛沢さんに任せて、俺と美空は家を出た。家のことは気になるが、美空が五人に増えたなんていう理由で学校を休むわけにはいかない。


 幸い、美空さんのスマホが使用可能だったので、何か問題が起これば連絡が来るだろう。愛沢さんが掛けている眼鏡には電話機能もあるそうだが、契約か機器の都合か、何かしらの理由で通話は不可能らしい。むしろ、美空さんのスマホが使えることが幸運だ。


 ただ、同じ番号だからだろうけど、美空と美空さんのスマホでは通話ができないようだ。


 なんにせよ、家には大人と大学生が居るのだから、留守番は問題ないはずだ。

 俺と美空は普段どおり高校へ行く。


 朝から生憎の雨模様だから、俺達は傘を差して並ぶ。


「朝食の初手で全員、別の物に手を伸ばしたの、面白かったな」


「うん。ちゃんと美空さんが考えて、選んでくれたんだね」


「大勢居ると、少しずつ分けっこして食べれるのが良いよな」


「うん。……ねえ、ところで昨日の夜、私達の会話、聞こえてた?」


「ん? 美空と美空さんの会話?」


「うん」


「なんか聞こえてきた気がするけど、眠かったからあまり覚えていない」


「本当に?」


「うん」


「キスのことなんだけど……」


 俺達の横を車が通り過ぎ、浅い水を跳ねるタイヤの音が、美空の声を呑みこんだ。


「え? なんだって?」


「うわ……。

 鈍感主人公台詞をリアルで聞くことになるなんて思わなかった。

 これは、とても怪しい……。とぼけている可能性、大だよ」


「なんのこと?

 雨が降っているし車が来ていたからマジで聞こえなかったんだけど」


「とにかく、美空さんにあげてないからね。

 ちゃんとひー君のためにとっておいたから……」


「ん?」


 美空さんにあげてない? とっておいた? 俺に? 何を?


 心当たりがない。なんの話だ?


 美空と美空さんの会話なら、二人の風呂あがりだよな?


 俺がソシャゲのメンテ明け無料ガチャで爆死して、うとうとしていた時だ。


 ……分かった!


 美空さんにあげていなくて、俺にとっておいたなら、アイスだ!


 昨日コンビニで五つ買ったゴリゴリ君を、俺にくれるってことだな。


「ああ。うん。今日の夜にでも頂くよ」


「えっ?! 今日の夜に頂くの?!」


 バーチャルウーチューバーみたいにモーション大きく美空が仰け反った。そんな派手な動きをすると、雨で濡れるぞ。


「うん。お風呂あがりに頂くよ」


「おふろあがりに」


 なんだ?

 録音した音声を再生する玩具みたいな反応だ。


「どうせなら、お風呂あがりだろ?」


「だって、お風呂あがりだと一般的にはその先のことまで……。

 い、いつかあげることになるかもって思ってたけど……。

 今日はいくらなんでも早すぎる……」


 何を驚いているんだ?

 一緒に暮らす人数が増えたんだから、早めに食べないと誰のアイスか分からなくなるだろ?


 まあ、アイスなら――。


「賞味期限は長いだろうし、急がなくてもいいのかもしれないけど」


「賞味期限?!」


「お、おう。賞味期限、長いだろ?」


「そ、そうかな……。急がずに待ってくれるんだ……」


「おう。俺のなら、急ぐ必要ないだろ?

 で、なんで今日は駄目なんだ?」


「だって、みんなが居るんだよ」


「ああ。確かに。みんなが欲しがって奪い合いになるか」


「奪い合いにはならないよ?!

 特に下の二人は欲しがらないよ?!」


「そうか?

 美空ちゃんは『欲しい』って口にしないだけで、本当は欲しがると思う」


「それだけは絶対にないよ?!」


「お、おう……」


 女子はアイス欲しがっていると思われるのNGなのか?

 体重を気にしているのか?


「分かった。みんなが見ていない時に頂くよ」


「みんながみていないときに」


「何故棒読み……。なんかさっきから話がかみ合っていない気がする……」


「んー。……白。

 ひー君、鼻も動かさず涼しい顔してる……。

 とぼけている可能性ゼロ。本当に昨日の会話、聞こえていなかったんだ」


「え。待って。何か試したの?」


「ん。んー。なんでもない」


「なんだよそれ。気になる」


「気にしないで。あ、ほら、信号。急ご」


「お、おう」


 十メートル程手前の信号が青になった。この位置からだと横断歩道の途中で黄色に変わるから、軽く駆け足をしないといけない。


 俺は美空に合わせて加速した。俺の方が足は速いけど、けして追い越さずに並走する。美空だけを横断歩道に取り残すわけにもいかないし。


 横断歩道を渡り終えると、先の会話を蒸し返しづらかったので話題が途切れた。


 それから俺達は暫く無言で歩く。

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