6-3.健全な青少年の俺は、部屋から出ていけなくなる
「あ、あの……」
「本当に許したから。ほら、いつまでもここに居ていいの?
他の私に見つかったら誤解されちゃうよ?」
「はい……でも……あの……」
「もしかして私が背を向けているから怒っていると思ってる?
えっとね、大人の女は寝起きの顔を人には見せないの」
「はい……」
愛沢さんの事情は分かる。しかし、俺にも直ぐに部屋を出ていけない事情がある。
高校生男子として当然の生理現象が起きており、体の一部が滾っているから、立ち上がれないのだ。
けど、そんなこと愛沢さんには言えない。
なんとか誤魔化して、もう少しこの場に留まらないと……。
と、俺が言い訳を考えていると――。
「……あ。ひー君。そういうこと……。
男の子だもん。しょうがないよね。
私、部屋から出た方がいい?」
「ちっ、違います。俺、低血圧だから。直ぐには立てなくて」
「ふーん。そうなんだ。そうなんだぁ。
低血圧だったんだ。知らなかったぁ」
悪戯っぽい口調は、バレてる証拠!
「いやいや、ほんと、そういうのじゃないんで……!」
「良かったねえ。
胸を触って、そうなっちゃったっなんて知られたら、高校生の私なら、一ヶ月は口を利いてくれなくなるよ」
「うぐ……。ごめんなさい……」
「中学生の私だったら、もっと大変だよ」
「容易に想像できます……」
叩かれて罵られて、一年くらい無視される。
俺はベッドからは出たが、部屋から出ていくわけにはいかない。
ベッドの愛沢さんに背を向け、ドアの方を見て立つ。
「もう、しょうがないなあ……」
エッチな漫画なら「お姉さんがスッキリさせてあげる」なんて展開になるのだが、そんなことはない。
「落ちついたら出ていくんだよ」
「はい……」
返事はしたものの、エッチな妄想のせいで、出ていけるようになるまでの時間は延びてしまった。
平静を取り戻そうと試みるが、ベッドに愛沢さんがいることをどうしても意識してしまう。
時計を見ると六時だ。美空が起きるのは六時半だから、他の美空達もまだ寝ているだろう。時間的猶予はある。
だから俺は、二人きりでしかできない話をする。
「あの、愛沢さん……」
「……あ、そうだ。胸を触ったことを許すから、一つ、お願い聞いて」
機先を制されてしまった。
「なんでしょう」
「二人きりの時は、美空って呼んで」
「はい……。でも年上の女性を名前で呼ぶのは……」
「私にとっては、ひー君は同じ歳だから。急に他人行儀になって、寂しいし……」
「分かりました。み、美空……」
「ん。それでよし」
七年後でも俺は美空のことを美空って呼んでいるようだ。しかも、「急に他人行儀」という言葉から察するに、七年後でも俺達は交流があること確定!
「話を遮っちゃったけど、何?」
「みーちゃんがお母さんを見たって言うんです。
あ、俺達の義母さんじゃなくて、みーちゃんのお母さんのことです」
「……どういうこと?」
「他の美空達と違って、みーちゃんはまだ子供だし両親が健在なのに、見知らぬ家に来たんですよね。
でも、大人しかったじゃないですか。
もっと、パパとママに会いたいって騒いでも良さそうなのに」
「んー。あれでいて私、小さい頃からけっこう大人だったけど……。
それで?」
「子供の話だから要領を得ないんですけど、ママが『そこに居るのは未来の自分だから信じて大丈夫』とか『元気にしていたら迎えに行く』みたいなことを言ったそうなんです」
「……他には?」
「他は特に……。
いつ何処で言われたのかすら不明です」
「確かに気になるかも。
私達は気付いたらこの家に居たから、誰かに何かを言われたなんてことはないけど……」
「じゃあ、みーちゃんだけ?」
「不思議ね。
分かった。それとなく何か聞き出せるか試してみるから、みーちゃんのことは私に任せて」
「お願いします。相談できて良かったです。俺と美空だけだと不安だし……。
あ、今のは高校生の美空のことです。
えっと、ややこしいな、とにかく、大人の美空に頼りたくて」
「もう。大人扱いや敬語も止めてほしいな……。
年齢差、実感しちゃうでしょ……」
「ご、ごめん」
もしかして愛沢さんは外見と違って内面はあまり変わっていない?
体の方は成長したのに……と寝起き直後のよこしまなことを思いだしてしまった。
このままではいつまで経っても部屋から出られなくなってしまう。それもこれも、大人の美空が一晩寝て、部屋に花のような甘い匂いが充満しているからだ。
俺の部屋なのに良い匂いがするから調子が狂っちゃう。
俺は雑念を振り払うために、腕立て伏せを始めた。昨晩できなかった分の日課を今、取り戻す。
腕もだけど、特にお腹に負荷がかかっていることを意識しながら、ゆっくりあげて、ゆっくり降ろす。肘はしっかり垂直に曲げる。
「はぁはぁ……」
こうして俺が運動をしていると――。
「え。ひー君、後ろで何しているの?
なんか息が荒くなっているし。
ね、ねえ、私がここに居ること忘れてない?!
そういうことは一人の時にしよ?!」
愛沢さんが慌てている。いったいどうしたんだ。
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