5-4.隣の部屋から賑やかな声がするが、眠すぎて聞き取れない
俺は手で念入りに首をこすってから家に入った。
その後、自室を掃除した。
特にベッドは念入りに丁寧に、毛一本落ちていないように何度も何度も確認した。何故なら今晩は愛沢さんが俺の部屋で寝るからだ。
愛沢さんは「気を遣わなくても良いよ」と言ってくれたが、俺が気にするのだ。
ちょっとエッチなシーンがある漫画は本棚の奥に配置。手前の空きスペースに、俺が趣味で作ったプラモデルや爪楊枝で組んだミニチュアの屋敷を並べる。
愛沢さんは、模型を迂闊に触って壊すことを恐れるだろうから、本棚には触れないはずだ。
掃除が終わったら俺は部屋を愛沢さんに明け渡し、両親の寝室から義父さんの布団を隣の客間に移動させた。
これで後は客間で過ごす。
お風呂が空いたら愛沢さんが声をかけてくれるので、それまで布団に転がってスマホでゲームだ。多分、長風呂の美空が増えたから、俺はかなり待たされる。
何はともあれ一段落だ。
しかし、いきなりタイムスリップの同居人が四人も増えたのに、すんなりと受け入れられたな。みんな美空だったせいか、一緒に暮らすのが当たり前のように感じられて、何の抵抗もなかったのは、自分でも驚く。
掛け持ちしているソシャゲの全てでスタミナを使い果たし、欠伸が何度も出るようになった頃、隣の部屋から何やら会話が漏れ聞こえてきた。隣の寝室は、美空と美空さんが居るはずだ。
部屋の仕切りが襖だし、その上部は欄間――木に彫刻がしてあり、隙間が開いている――だから音は筒抜け。
つまり、天井付近に穴が空いているから、防音は全く期待できない。
とはいえ、普段から早寝早起きしている俺は眠くてうとうととしていたから、隣室の会話はなんとなく耳に入ってくるだけで、何を言っているのかまでは聞き取れない。
「……。よし、キスしよっか」
「え? なんだって?」
「自分が二人になったら、やっぱ、キスしておくべきでしょ」
「鈍感主人公風に耳が聞こえないフリしたんだから察してよ」
「えいっ。ほっぺにチューだ」
「もー。自分にキスされても嬉しくないよ」
「じゃあ誰にされたら胸キュンなの?」
「そういうことじゃないし。
どうせなら、もっと有意義なことしようよ。
ブレーンストーミングなんてどう?」
「ありあり。創作に役立つことなら、やっぱキスもしておこうよ。
キスシーンを書く時の参考になるし。
美空はファーストキスまだでしょ。私とならノーカンで初体験できるよ」
「自分自身だとノーカンなの?」
「自分の唇を舐めるようなものだし、自分の上唇と下唇が触れあっても、キスじゃないでしょ?」
「その理屈、変じゃない?」
「変じゃないよ。コップや箸に口をつけても、自分と間接キスしたことにはならないでしょ?」
「ねえ、なんで私、三年後の自分に意味不明な理論でキスを迫られないといけないの?」
「さっき、折角のチャンスをふいにしたから……じゃなくて、自分が二人になるなんて、そんな有り得ない奇跡が起きたんだから、色々やろうよ」
「なら、鏡のフリしたトリック映像を撮って、TokTakデビューする?」
「ありあり。それもあり。色んなことしようよ。
今の状況は絶対に将来の武器になる。
私、百合小説を書こうと思っているんだ……。
大人の女性向けのエッチなやつ」
「え? なんだって?」
声は聞こえているんだけど、眠すぎて意味が全く理解できない。
隣は、きゃいきゃい、賑やかだなあ……。
……。
「……君」
「……」
「ひー君、お風呂空いたよ」
「んー?」
なんか美空によく似た美人が居る……。凄くいい匂いが鼻をくすぐってきて、頭がぽやぽやする……。
「ねえ、寝ぼけてる? お、風、呂」
「んー。ああ……そうか。美空が増えたんだ……」
「ちゃんと声、掛けたからね? じゃあね、おやすみ」
「んー。おやすみなさい」
いつの間にか俺の部屋……じゃなくて客間に居た愛沢さんが、出ていった。
そうだ。
お風呂に入ろう。
お風呂に入らなかったら、五人も居る美空の、半分くらいは明日、不潔だって文句を言う……。
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