5-3.美空さんは顔を真っ赤にして照れた

「愛沢と同棲して調子に乗ってるくせに、別の女とイチャついているのかよ。ええ?」


 ……ああ、もうしょうがない。一発殴られてくるか。


(美空さん、絶対に振り向かないでね?)


 俺は美空さんから放れて、パイ先と向き合う。


 うーん。

 うちの高校はブレザーなのに、パイ先は白い長ランを着ている。

 今時、こんな服、売ってんのかよ。


「……どうも」


「何がどうもだよ。テメエ舐めてんのか?」


 ……いや、じゃあ、なんて言えばいいんだよ。

 俺、お前に掛ける言葉なんて何もないぞ。


「舐めてません。

 彼女と一緒に居るところを見られて、マズったなと思っているというか……」


「テメエ、彼女がいるのに学校で愛沢とイチャついてんのか。

 どうやら殴られ足りなかったようだな。おい」


 うーん。会話が成立しない。

 スマホの人工知能の方が、まだマシな回答を寄越すぞ。


 どうしようかなと考えていると、分別に失敗したゴミのように混ざった高い音と低い音が、遠くから近づいてくる。


 パッパッ、パパッ、パーッ。カンカンカンッ!


 ドドドドッ……。


 暴走族がやってくる音だ。

 いかにもなバイクに乗っているパイ先のお仲間だろうか。


 拙いな。パイ先とその連れくらいなら喧嘩になっても勝てる気がするけど、さすがに十人とか二十人は厳しい。


 二人しか居ないうちに美空さんだけでも逃がすかと様子を窺っていると、事態は好転する。


 パイ先の連れが、そわそわとしだす。


「高橋さん、ケンタ君達っすよ。急がないとヤバイっすよ」


「ちっ。合流すっぞ」


「うっす」


 ……やった。パイ先達は俺に関わっている時間はないようだ。

 パイ先達が慌ただしくバイクに乗る。


 だせえっ、態度がデカいくせに、パイ先が後ろかよ。


「おい中橋、テメエいつまでも調子に乗ってんじゃねえぞ。

 いつか俺のケツを舐めさせてやる。覚悟しておけ、こら」


 ブオンブオンッ、ヴァヴァヴァヴァッ。


 像のおならみたいな爆音をまき散らしてバイクは去っていく。

 パイ先の捨て台詞は殆ど聞こえなかった。


「……はあ、良かった。行ってくれた……」


「怖かったねえ」


 美空さんは言葉の割に怯えた様子は全くない。大学生からしてみれば、高校生ヤンキーは怖くないのか?


「本当に? 平気そうですけど?」


「それは、ひー君と一緒だから安心していたんだよ。

 絶対に護ってくれるって信じてたもん」


「そ、それは……」


「ひー君は、私と密着したことにドキドキしてたでしょ?」


「そ、そんなことないし」


「うわ。顔真っ赤……」


 位置関係の都合上、俺の顔はコンビニの灯りに照らされているから、美空さんから見えてしまう。逆に俺からは美空さんの顔色は分からない。


「しょうがないだろ……」


「なんで? 義妹に抱きつかれて照れちゃうの?

 あ。今は私がお姉さんか。可愛い弟め」


「……いいから、さっさと買い物するぞ」


 俺はやや乱暴な口調で言い、コンビニの入り口へと向かう。


 しかし、美空さんは暗がりに残ったまま。


「美空さん? どうかした?」


「えっと……」


「明日の朝ご飯を買わないと」


「……や。ごめ……。

 実は……私も真っ赤で恥ずいから……」


「え?

 もしかして俺をからかうために無理してたの?」


「言葉にされると辛いから言わないで……」


「さっき『キスする?』とか言っちゃったの、もしかして滅茶苦茶無理してたの?!」


「うう……意地悪……」


 やった。言い合いで三年後の美空に勝った。

 普段、だいたい、俺が言い負けるのに、勝った!

 美空には悪いが、気分がいいな!


 しかし、いつまでも勝利の余韻に浸れなかった。

 いや、むしろ勝ってなかったらしい。


 これこそが、三年成長した美空さんならではの巧妙な罠だった。


「帰ったらみんなに言お……」


「え?」


「コンビニでひー君と抱き合ったこととか、キスしそうになったこととか、その後虐められたこととか」


「いやいや、全部嘘……じゃないけど、違うだろ?」


「私が腰に手を回してって言ったら、躊躇なく触ってきた」


「いや、だって、あれは状況的にしょうがないし、ギリギリ触れてなかったはず」


「ハーゲンザックでいいよ」


 拗ねた時にゴリゴリ君を要求する義妹は三年で、お値段が何倍もするアイスを請求するようになっていた……。


「私だけだとみんなに悪いから五人分ね!」


「いやいや、せめてゴリゴリ君にしてよ」


「ん。じゃ、それで」


 暗がりから出てきた美空さんは、してやったりという笑顔。恥ずかしさで紅潮している様子はない。

 顔真っ赤が嘘だったのか、今の短い時間で落ちついたのかは分からない。

 どちらにせよ、俺は上手いこと言い負かされて、ゴリゴリ君を五個買うハメになってしまった。


 ところで、もし俺が美空さんに「俺とキスしたら元の時代に帰れる」と伝えていたら、美空さんはなんて答えただろう。分からないし、俺には聞く勇気がない。


 そんなことより、家に帰って玄関に辿り着いたところで――。


「あ。そだ」


「ん?」


「ひー君の首筋に、口紅着いちゃったから、入る前に拭き取っておいてね?」


「え?」


 ガラガラッ。


 美空さんは俺の手から買い物袋を取ると、靴を脱いで家に入っていった。


 えっと……。

 首筋に口紅着いちゃったったって……。

 さっき、抱き合ったとき、やっぱり唇が触れていたの?!

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