5-2.俺と美空さんはイチャつくカップルのフリをする
「なになに?
暗がりに私を連れていって、薄い本みたいなことをするつもり?」
美空さんは愉快そうな口調で、胸元を隠す。
事情を知らないから危機感がなく、ふざけているようだ。
「後で説明するからとりあえずこっち」
コンビニの正面は駐車場だから、隠れる場所はない。
俺は美空さんを連れてコンビニの側面に行くが、それが失敗だった。
側面には自転車置き場があり、一台のバイクが斜めに止まっている。
それは、週刊少年マガゾンのヤンキー漫画でしか見ないような、大きな背もたれがついた、赤色のバイク。
ナンバープレートが曲がって上を向いているから、俺は色々と察した。
パイ先は後ろを走るパトカーにナンバーを知られたら困るような走り方をする人というわけ。
改造バイクに乗るような男は、自身に見合った派手な女と付きあえばいいのに、なんで美空に気があることを理由にして俺に絡んできたんだ?
うげっ。パイ先が誰かと会話しながら、だんだん近づいてくる。
「パイ先がこっち来る」
「パイ線って、肩掛けバッグの紐が胸に作る斜めの谷間?」
「そういう冗談は後で」
美空さんは全然焦った様子がなく、楽しんでいるようにも見える。
声はますます近づいてくる。
折角来たけど一旦立ち去るかと俺が考えていると、美空さんが俺の腰に手を回して密着してきた。
「漫画で定番のアレ。やってみよ」
えっ?! と思う間もなくお腹は隙間なく完全に密着。
服越しだから分からないけど美空さんの胸も俺の鳩尾当たりに当たっている気がする。
これでは、もう逃げられない。
美空さんが鼻先で俺の顎をツンと突いてきた。
「果たして、イチャついてるカップルのフリをすれば気付かれないシーンは本当なのか……」
「ちょっと、いくらなんでも」
「ほら。私の腰に腕を回して。ひー君、棒立ちだと不自然だよ」
「でも……」
抗議したかったけどパイ先が自転車置き場まで来ているから、もう俺は声を出せない。
ええい、なるようになれ!
俺は美空さんの腰に手を回し、ギリギリ触れない位置で固定する。
「あれっ。高橋さん。
あのイチャついてるカップル、中橋と愛沢じゃないっすか?」
「んー?」
一瞬でバレたじゃねえか! どうすんだよ!
(顔を見られないように、もっと密着する?)
(もっと密着って……)
ボクシングなら俺達はとっくにレフェリーから、離れるように注意されているであろう密着っぷりだ。これ以上の密着は柔道の寝技とかプロレスの関節技とかになってしまう。
(ほら。顎引いて。キスすればもっと密着できるよ?)
いやいや、したいけど、ちょっと待って。
俺達まだ高校生だし……。あ、美空さんは大学生か。
でも、俺、ファーストキスは美空と……って今抱き合っている人も美空だけど。
あれ? キスしても問題ない?
俺は美空とキスしたいし、美空さんはオッケーらしいし。
それに俺とキスしたら元の時代に戻れるんだよな?
だったら、キスすべき?
むしろキスしない理由がない?!
ああっ、駄目だ。
美空さんと密着しているせいで、俺の思考がおかしなことになってる。
喉がじんわりと熱い。
多分、美空さんが吐いた息が俺の首に当たっているからだろうけど、湿り気を帯びていて、なんだか首筋にキスされているような気がする。
というか、俺の首筋に美空さんの唇、触れてない?
「ほら、やっぱり愛沢っすよ」
「馬鹿言うんじゃねえよ、石森。
俺が惚れた女が、こんな所で男とイチャついているわけねえだろ。
それに髪の色がチゲえだろ。愛沢がアホ女みたいに脱色するわけねーっつうの」
「それもそうっすね、高橋さん」
よ。良かった。
漫画定番の、いちゃつくカップリのフリをすれば見つからないシーンは本当だったんだ――。
「で、中橋。
テメエ、気付かれねえとでも思ってんのか」
うーわ。
美空さんは別人だと思われたっぽいけど、俺はバレてた。
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