3-5.ひとりだけ居ない夕食

「ねえ、少しだけお話いいかな」


「後で」


 肩を揺さぶってみたが、にべもない対応。


 それにしても、腑に落ちない。


 美空ちゃんの発言はどう考えてもおかしい。


 美空の両親は三年前に亡くなっているから、美空ちゃんが言うママとは十年前の母親のことだろう。


 しかし、何故十年前の美空ちゃんのママが、今の俺達の状況を知っているかのような発言をしたのだろうか。


「ねえ、お願いだから少しだけ」


「やーだ。邪魔しないで」


 肩をぽんぽんと軽く叩いてみたが、美空ちゃんは無言のまま肘で這って逃げた。漫画に集中したいらしい。


 まあ、あとで聞くか。

 俺に話してくれないなら、他の美空に頼めば良いし……。


 仕方ないから俺は勉強机の椅子に座ってスマホをチェック。


 ん?


 ホーム画面に見知らぬ、ハート型のアイコンがある。

 なんだこれ?


 まさか、学校帰りに起動していたやつ?


 タップしてみると、みそら、美空ちゃん、美空、美空さん、愛沢美空の名前の横に灰色の唇マークが表示された画面が現れた。


 灰色の唇……。

 もしかして、これキスマーク?

 キスしたらピンク色になるの?


 タイムスリップしてきた美空達を元の時代に戻すには、キスする必要があるの?!


「いや、まさか、いくらなんでも、そんなことはないよな……?

 消すか」


 俺は不審なアプリを閉じホーム画面を表示する。


 だが、削除しようとした指がアイコンに触れる寸前で止まってしまう。


 別にただのアプリなんだから気にせず消せばいいんだけど、何故か、胸騒ぎがして落ちつかない。


「……大事な手がかりかもしれないし、残しておくか」


 下手に触ってスマホが壊れるのも怖いから、一旦、そのまま放置。


 なんとなくスマホを弄る気分が削がれてしまったので、俺は勉強を始める。


 俺と美空は近所の公立だからという理由で九重高校に通っているだけで、学力には大きな差がある。

 美空は成績優秀者だ。ガリ勉しているわけでもないのに、試験ではいつも上位の成績を収める。

 とにかく、たくさん本を読んでいるから、思考の柔軟性とか理解力とかが優れているんだと思う。


 同じ大学へ進学するためには、学力の差を埋めなければならない。


 現国の問題集を数ページ進めたところで、部屋の外から誰かにドアをノックされた。

 家は古い日本家屋だから屋内の出入り口は襖が多いが、俺と美空の部屋は洋室に改装してあるからドアだ。


「ひー君、ご飯できたよ。

 小さい頃の私、そこに居る?」


「居るよ。漫画を読んでる。

 直ぐに行く」


「キッチンだと椅子が足りないから、居間に用意しておいたからね」


「おう。聞こえた?

 ご飯だから、行こう」


「えー」


「ほら。行くよ」


 俺は漫画から手を放さない美空ちゃんを強引に抱きかかえて居間へ向かう。


 何処にあったのか、いつの間にか長机が置いてあった。


 俺達は一人足りない五人で夕食を取った。

 中学生の美空ちゃんは美空の部屋に閉じ籠もってしまい、出てこなかったのだ。


 俺は無理やりにでも連れだそうと提案したが、高校生、大学生、社会人の美空達は、一人にしてあげてほしいと言った。


 可哀相な気もするが、未来の本人が口を揃えるのだから、それが正解なのだろう。


「あのお姉ちゃんは引きこもりなの?」


 ぐーで握ったフォークをくるくる回してパスタを絡めながら、小学生の美空ちゃんが無邪気な疑問を口にした。


 どう答えれば良いのか分からないから、適当に誤魔化す。


「粉チーズかける?」


「うん!」


 粉チーズはしけっていたのか、容器をトントンと叩いても、なかなか簡単には出てこなかった。


「粉チーズも引きこもりなの?」


「そんなことないよ。すぐに出てくるよ」


「ほんとかなー」

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