3-4.俺は年少組の面倒を見る

「ここ本当に未来なの?

 わたし、お家に帰れないの……?」


「それは……」


 気まずさを覚えつつも、俺は無性に感心していた。


 美空ちゃんは未来という概念を理解しているようだし、泣き叫ぶわけでもなく現実を受け入れようとしているように見える。


「さっきの人達、本当に未来のわたしなの?」


 未来の美空達は幼い美空ちゃんをかつての自分だと認識できただろう。過去の自分なんだから何度も鏡や写真で見ている。


 しかし、最も年下の美空ちゃんは、他の美空を知らない。


 未来の写真を見せられたからといって、信じることは難しいのだろう。


 美空ちゃんはトテトテッと歩き、中学生の美空の前に回りこむ。

 幼いが故の無遠慮さで、間近から中学生の顔を見ているようだ。


 中学生の美空ちゃんは過去の自分を邪険にすることもできないのか、無視を決めこむ。


 色んな角度で数年後の自分を確認し終えた美空ちゃんは俺の所へ来て耳元で囁く。


(あのお姉ちゃん、アルバムに写っているわたしより性格が暗そうだよ?

 どうして?)


 両親が亡くなったからだよ、なんて言えるわけがない。


「……そうだ。

 美空ちゃんを今すぐ家に帰してあげる方法は分からないけど、ここが未来だって証拠なら見せられる」


「本当に?」


「うん。その写真よりも未来っぽい物があるよ。

 俺の部屋に来て」


「うん」


 美空ちゃんは来てくれるようだ。

 俺が立ち上がると美空ちゃんも立ち上がった。


 俺は中学生の美空にも声を掛ける。


「えっと、なんて呼べばいいかな。

 中学生の美空も、来て」


「……。……いい」


 無視されたかな、と思う程の沈黙の後に、短い拒絶があった。


 居間に一人残しておくのは気がひけるけど、台所から三人の賑やかな声が聞こえてくるから、気は紛れるか。


 三年前の美空は一人を好んでいたし……。


「当たり前のことだけど、ここ、美空の家だからテレビとか好きにしていいから。

 あっ……」


 言ってから気付いた。

 俺も他の美空も、日付を確認するために先ずテレビをつけろよ。


 さすがに朝じゃないんだからテレビで今日の年や日付を連呼したりはしないだろうけど、未来から来た二人ならニュースの内容でここが過去だと確信できただろうに……。


 俺が思っていた以上にみんなも混乱しているのか。


「過去の二人には、ここが未来だって一目で分かる物が俺の部屋にあるから」


 一応、遠回しにではあるが、中学生の美空ちゃんに向けてもう一度声を掛けた。


 返事はない。


 俺は諦めて小学生の美空ちゃんと居間を後にする。


 居間を出ると廊下を挟んだ正面が俺の部屋だ。俺は美空ちゃんを自室に連れていく。


 同じ年齢の美空が部屋に入る時は事前に色々と掃除したり隠したりする必要があるから難しいけど、美空ちゃんのことはなんの抵抗もなく招き入れられた。


「ほら、これ見て」


「え……?

 えっ。なんで」


 美空ちゃんは本棚に駆け寄ると、背伸びをして漫画『卑劣の刃』を手に取る。


 日本中でブームを起こし、小学生の間でも人気爆発した漫画だ。その続刊があるならここが未来だと信じてくれるだろう。


「どうして『卑劣』の二十巻があるの?」


「隣もよく見て。二十巻以降もあるよ」


「え? え? なんで?! どうして?!」


 疑問ではなく、嬉しい現実を処理しきれていないのだろう。美空ちゃんは目をキラキラさせながら背伸びして次々と卑劣を手にする。


「ここ、本当に未来なんだ!」


「そうだよ。だから直ぐにはお家に帰れないかもしれないけど……」


「うん。ママが迎えに来てくれるまで我慢する。『お姉ちゃん達は未来の私だから優しくしてくれる』ってママも言っていたし。

 わたしが元気にしていたら迎えに来てくれるって」


「うん。直ぐにママが迎えに……。

 え? ママが言ってた?」


 いつ?

 美空ちゃんはその言葉を、いつ聞いたんだ?

 タイムスリップ直前に美空の母親が、そんなことを言った?


 俺が問いただすよりも早く、美空ちゃんはベッドにダイブすると、漫画を一心不乱に読み始めた。


「ママってどういうこと?」


「……」


 返事がない。漫画に没頭しているようだ。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る