2-2.美空が五人も居る
「ひー君、どうしよう、こんなことになっちゃった……」
後から来た美空が不安そうに眉をひそめている。
見慣れた制服を着ているし、今朝、俺と一緒に登校した美空だよな……?
え?
じゃあ、すぐ手前にいる、私服を着たもうひとりの美空は誰だ?
俺は制服の美空に尋ねる。
「美空って双子だったの?」
「違うよ」
「違うよ」
質問には、美空と、美空そっくりの人が同時に応えた。
タイミングも、声の重なり具合も完全一致。
同じチャンネルをつけたテレビの間に立った時みたいだ。
さらに。
「違うよ」
ワンテンポだけ遅れて美人さんが二人の声真似……というには似すぎているが、やや大人びた声を出しながら二人の横に移動する。
「え?」
並んでみると三人の身長は同じくらいで、美人さんも二人の美空によく似ている。
美空の髪型を変えてお化粧をして、眼鏡を掛けたら……この美人さんになる?
困惑している俺の様子が楽しいのか、美人さんと美空のそっくりさんは目元と口元を緩めている。
「……?
美空、この人、お姉さん?」
「それが……。
私なんだけど、私じゃなくて……」
「はあ?」
美空は何か言いあぐねているようだ。
隣の二人の様子を気にしている。
すると、そっくりさんが唇に指を当てて、首を傾げる。
「ひー君の反応、意外と淡泊だったなあ。
ま、いっか。初めまして?
なのかなあ。愛沢美空、二十歳。大学生だよ」
「ん?」
美空のそっくりさんが、美空の名前を名乗った。
親族なのに名前が被ってしまったのか?
手を出してきたから、握手に応じる。
そっくりさんは柔らかな手でぎゅっと握ってから、笑顔を向けてきた。
美空そっくりとはいえ、異性の手に触れるのはちょっと照れるな。
俺の顔、照れて赤くなってないよな?
そっくりさんが下がると、美人さんが代わりに一歩出てくる。
「じゃ。次は私。
愛沢美空、二十四歳。
何をしている人かは、秘密」
「え?
愛沢……美空さん?」
「ん。イエース」
美人さんまで名前が一緒?
美人さんは握手ではなく、ハグの要求みたいな感じで腕を開いてきた。
素直になるなら、美人さんと抱き合いたい。さっき柔らかかったし良い匂いだったから。
けど、義妹が見ている前で、異性とハグなんてできるわけがない。
というか、人目の有無に拘らず、恥ずかしいから無理。
俺は軽く会釈し、やんわりとハグを断った。
それにしても、美空という名前のそっくりさんが三人も集まるとは、いったいどういうことだ。
「同姓同名で顔がそっくりって、凄い偶然があるんだな……」
あっ……。
美空と、大学生の美空さんがスマホを取りだして、何か操作している。
「困惑しつつも、目の前の状況を受け入れる……と」
「成る程。偶然、同姓同名の人が集まったと思う……と」
何事かを呟きながらスマホを弄る仕草が、同じすぎる……。
「ん?」
視界の片隅で何かが動いたから目を向ければ、美空達が出てきたドアの陰から小さい女の子が顔を出している。
幼いながらも将来は美人になるであろうことが窺える、整った顔立ちだ。
大きな瞳でパチパチと瞬きするあの顔、何処かで見たような気が……。
もしかして……。
少女がペコッと頭を下げると、おっきな額の上で前髪が泳ぐみたいに揺れた。
「愛沢美空、九歳、です」
やはり美空。二重瞼の大きな瞳が、他の美空達に似ている。
「あ、分かった。テレビだ」
同姓同名の人間、奇跡の大集合! みたいな。
靴箱の上に隠しカメラでもないかと見てみたが、電話と、義父さんお手製の木彫りの鳳凰があるだけだ。
「同姓同名のそっくりさんが集まる企画じゃないの?」
俺は、答えを求める視線を制服姿の美空に送る。
「えっと……。居間にもう一人居て……」
どうやらそっくりさんは四人で、合計五人の美空が居るらしい。
「全員、私らしいの……」
「……ん?」
聞き間違いとは思えないが、ぜんいんわたし、とは?
「どういうこと?」
「えっと……」
美空は言葉に詰まり、他の美空さん達に視線を送る。
すると大学生の美空さんが高校生の美空の肩を抱いて、顔を直ぐ横に並べる。
「ほら。よく見てよ。そっくりさんでも、ここまで似ないでしょ?
私は三年後の美空だよ。
といっても、私からしたら、ひー君が三年前のひー君で、こっちの私が三年前の美空なんだけどね」
「三年後の美空?」
美空を挟んで、そっくりさんの反対側に美人さんが顔を並べる。
「そっくりだけど、私、二人より美人でしょー?
私が七年後の美空で、小っちゃいのは十年前。
居間に居るのが三年前。
私を含めて、四人の美空がこの時代にタイムスリップしたみたい」
「タイムスリップって、過去や未来から移動してくるっていう、あの?
冗談でしょ?」
俺が視線で美空に問いかけると、美空は無言で首を横に振り、踵を返して居間へ向かう。
「いやいや、マジで?」
俺も三人の美空を追って居間に行ったら、成る程、中には確かにもう一人美空が居た。
後ろ姿でも見間違えるはずがない。
俺が初めて会った頃の美空だ。
腰まで届く黒髪も、拒絶の意志を示すために背中を向けてくるところも鮮明に記憶している。
絨毯の上に円を描くように五つの座布団が置いてある。
美空達がそれぞれ、先程まで座っていたであろう場所に戻る。
俺はどうしようかと所在なく立ち尽くしていたら、大人の美空さんが大学生の美空の方に寄り、空いたスペースに座布団を一枚追加してくれた。
俺、大人の美空さん、大学生の美空さん、高校生の美空、中学生の美空、小学生の美空という順で輪になる。
輪の中央にお盆が置いてあり、ペットボトルのお茶と紙コップがあったから喉を潤そうかなと思ったら、大人の美空さんがお茶を用意して俺に手渡してくれた。
「はい、どうぞ」
「あ、ありがとうございます」
指先が軽く触れただけなのに、声がうわずってしまった。
本当にこの気遣い上手な超絶美人が、未来の美空なの?
全員、美空なの?
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます