2-3.本当に全員が美空なのか、見比べる

 俺はお茶を飲みながら、五人の美空を見比べる。


 高校生の美空は毎日見ている顔だ。うちでは毎朝一緒に朝食を取るため、必ず毎日一度は見る顔だ。


 大学生の美空さんは、美空の髪を少し脱色して着替えただけのようにしか見えない。外見はコピペで、表情や仕草も瓜二つ。

 僅かに愛嬌が増しているのか、俺と目が合うと首を傾げて微笑んだ。


 社会人の美空さんはスーツ姿で、五人の中で最も髪が短く眼鏡を掛けている。お化粧をしているらしく、美人度が跳ね上がっている。


 小学生の美空とは初対面だけど、幼い頃の美空だと言われれば納得できる顔だ。ただ、歳が十近くも離れているだけあって、親戚の子供のようでもある。


 中学生の美空は背を向けたまま。他の美空達がショートからミドルくらいの長さなんだけど、一人だけ腰まで届くロングストレート。髪型のせいもあるのか、五人の中で一番体の線が細く見える。

 まるで氷細工の花のように、触れただけで壊れそうなほど繊細で華奢な印象を受ける。


 見れば見るほど、本当に五人とも美空に思えてくる。


 でも、タイムスリップしてきたなんて言われても、直ぐには信じられない。


「タイムスリップって『リターントゥー・ザ・フューチャー』とか『時を駆ける少年』的なのですか?」


 俺は先程タイムスリップしたと発言していた社会人の美空さんに尋ねる。


「畏まった喋り方しなくていいよ。いつもみたいに話して」


「そうは言われても……」


 大人相手に普段の口調はハードルが高いから、丁寧に話すしかない。


「美空さんは、どうやって過去に来たんですか?」


「分からないよ。

 気付いたらここに居たの。

 あと、美空さんはやめようよ。すっごい、距離を感じる」


「善処します」


 美人と目が合うと、やはり緊張する。数回言葉を交わしただけでは慣れそうにもない。


 それに、大人の美空さんからは、花の衣を纏っているかのような、いい香りが漂ってくるので、なんだか変な気分になってしまう。


 俺は逃げるように、大学生の美空さんに視線を送る。


 こう言っちゃ失礼だけど、こっちの美空は見慣れた顔だし緊張せずに話せそう。


「なんて呼べばいいのか分からないけど、大学生の美空さんは?」


「私も気付いたらここ。

 未来のことはあまり言わないってお姉と決めたから詳しく言えないけど、普通の生活をしていたら、いきなりここに来ちゃった」


「成る程」


「もう大学生だって口を滑らせちゃったから手遅れかもしれないけど、ちゃんと受験勉強してよ。

 絶対に受かるって油断したら未来が変わっちゃうかもよ?」


 美空さんが美空にもたれかかり頬ずりをしだす。今の美空なら絶対にしない行動だ。


 現に美空は、未来の自分に密着されて照れたように少し身を引いている。

 五人の中で、この高校生と大学生の二人が特に仲が良いようだ。学生のノリなのかな。


 次に俺は、背中を向けたままの中学生を飛ばして、小学生の美空に視線を送る。


 美空ちゃんはさっきからずっとアルバムを見ている。

 多分、美空の小学校卒業時のものだろう。


 美空ちゃんは俺の視線に気付いたのか、一度顔をあげると、ニコッと笑うだけで特に何も言わない。

 まだ小学校低学年だし、会話について来れないのだろう。


 しかし、大変なことになった。


 社会人や大学生を名乗る美空さん達は単なるそっくりさんの可能性はある。


 けど、中学生の美空は間違いなく、俺が知る美空だ。


 横顔が少し見えただけなのに、俺は確信している。


 変な表現になるが、俺は彼女と会ったことがあるし、ずっと一緒に暮らしている。夕飯では彼女の前に座っている。


 それに、見間違えるはずがないんだよ。初恋の相手なんだから。


 タイムスリップというのは、本当なのかもしれない。


 ――タイムスリップ!


 それは時間移動のことだ。過去や未来へ移動することを意味する。

 物語においては、過去に戻って両親の恋愛を成就させたり異星人の侵略から地球を護ったり、歴史を改編するために行われる。

 高校生の美空に、タイムスリップした記憶がないことから、おそらく今回のこの不思議な現象は、過去の事実が改変されるタイプではないだろう。現時点で未来が五つに分岐し――。


「あっ、ひー君が変な顔してる!

 黙考中の顔だ。激おこぷんぷん丸!」


「ほんとだ、懐かしい!

 昔の私、よくこれ見て怖がらなかったよね。

 生命が根源的恐怖を抱く顔だよ、これ!」


「きゃっ。なんでお兄ちゃん怖い顔しているの……?」


「……」


 未来と過去の美空が俺の顔について何か言っている。中学生の美空ちゃんは背を向けたままだが興味を引かれたのか、僅かに首を動かしてこっちを見ようとした。


 ……ん?

 大学生の美空さんが俺をディスりつつ「懐かしい」と言ったけど、どういうことだ?


 俺には全く自覚がないのだが、深く考え事をすると目つきが悪くなる癖があるらしい。


 三年後の美空さんは「懐かしい」と感じるほど、俺の癖を見ていないのか?


 俺は美空と同じ大学に進学しようと思っているのに、何故大学生の美空さんに「懐かしい」と言われる?

 まさか、俺、同じ大学に行けないのか?


 それとも俺の癖がなくなるのか?


 ――ピンポーン。


 玄関から聞こえた呼び鈴が俺の思考を遮る。


 タイミング的に伊吹だろう。自転車を取りに来たんだ。


 美空が腰をあげるのを制し、俺は先に立ち上がる。


「多分、伊吹だから。俺が出る」


「うん。分かった」


 腰を下ろした美空とは裏腹に、大人の美空さんが目を見開いて腰を浮かせる。


「伊吹君?!」


「う、うん。自転車借りたから」


 なんで伊吹の名前を聞いて驚くんだ?


 俺は不思議に思ったが特に追及はせず、借りた自転車の鍵がポケットの中にあることを確かめつつ、居間から出る。


 玄関戸の曇りガラス部分から透けて見える巨体が、来訪者の正体を告げている。


「助かったよ」


 ガラガラガラ……。


 俺が声を掛けると玄関戸が開き、伊吹が現れる。巨漢は猫背になって頭を低くし、我が家の玄関にヌッと侵入してきた。


「おう。結局、なんだったん?」


 美空が五人に増えた……なんて言えるはずがない。


「あー。ちょっと親戚が何人か来ててさ」


 答えた直後に、気付いた。


 玄関にある靴は俺と美空のだけ。親戚が履いてきた靴がないのは不自然だ。


 足下に気付くなよと不安になっていると、何やら居間が騒がしい。


「待って。二人とも駄目だけど、特に大学生は駄目。行かないで」


「えーなんで」


 あいつら、伊吹が来ているのに何を揉めているんだ。


「げ」


 振り返ったら、居間から大人の美空さんが出てくるところ。


 人に見られたら拙いことになるかもしれないのに、何を考えているんだ?!

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