第50話

 それからの日々は、忙しいながらに充実していた。


 初めは『領主の妻』である私に対して遠巻きにしていた人々も子供たちを通じて私と話をしてくれるようになった。

 子供たちだけではなく、以前視察で出会った畑仕事をしていた老夫婦や神父様も私を紹介してくれたおかげだと思う。


 人に見られるのは、苦手だった。

 今も、だと思う。


 私の容姿が、顔立ちが、生意気だ陰気だと言われ続けてきた記憶はそう簡単には消えて無くならない。

 乗り越えようと思ったところで、恐怖を思い出してしまう。


 アレン様もアンナもそれは当たり前のことだと言って咎めたりなんてしないし、イザヤは辛いのであればいつでも視察の日程をずらせるし取りやめもできると言ってくれた。


(ああ、私は恵まれているのだわ)


 何度となく、神に祈った。

 私はどうしてこの世に存在しているのだろうかと。

 けれどこうして誰かに……いいえ、アレンデール様に出会って愛されるということを知り、愛するということを知って理解した。


 私は、恵まれていたのだ。

 物理的な話でも、おそらく両親にそのつもりがなくとも虐待を受けていたとしても、私は他の誰よりも大切に・・・飼育されていた愛玩動物のようなものだったのだろう。

 見世物小屋の動物よりも大切に、死んでは困る憂さ晴らしの対象だったのだろう。


 アレン様は見なくてもいいと仰ったが、私は自分の過去を客観的に記された、私の報告書に目を通してそう思ったのだ。


「おくがたさま!」


「おくがたさま!」


「あら、どうしたの?」


「わたしたちもおいのり、するー!」


 子供たちは可愛い。

 初めの頃は私が触れてもいいのだろうかと戸惑ったものだけれど、彼らは私を……貴族を恐れたりなんてせず、ただ純粋に自分に好意を向けてくれる存在かどうかを確かめて愛情をぶつけてきてくれる。


 私の恐れなんて飛び越えて、私という存在に対して甘えてくれる。

 親御さんたちは気が気じゃなかっただろうけれど、これがどれほどまでに私の胸を打ったのか、それは筆舌に尽くしがたい。


「お祈り、上手になったわね」


「ほんとー!?」


「ええ、本当よ。姿勢も綺麗になったし、シスターたちも褒めていたでしょう?」


 私がここに通うようになって、祈りは必ず捧げている。

 それは個人的に、私がここでの出会いに感謝をしているから。

 この感謝を忘れないように……その気持ちを込めて祈っていたのだけれど、それがどうやら知らず知らず子供たちに影響を与えていたようだ。

 私の祈る姿が綺麗だったと言ってくれた女の子から始まり、子供たちは口々に親からも礼拝に参加しろと言われる、でも祈り方が上手じゃないと叱られる……という話を聞いて、なんと微笑ましいことかと思ったものだ。


 どうして綺麗な祈りの作法なんてものがあるのかと問われて、私も困ってしまった。


『怖い言い方をされるよりも、丁寧で綺麗なお辞儀をしてくれた方が、嬉しいでしょう……?』


 そんな言い方で伝わるだろうか?

 恐る恐る、それでも私が〝自分がされていやだったこと〟と〝されて嬉しかったこと〟を比べて感じたことを重ね、言葉にしてみたところ子供たちもなんとなく理解したようだった。


 子供たちの人数が多くて、手が回らないのだろう。

 学べ、礼儀を守れと言われてもそれが何故なのか、どうしてなのか……子供たちは納得ができずにいたのだ。


 それも歳を重ねればそのうちわかるものではあるが、それでも今この瞬間に教えてもらいたい子供たちにとっては不満の種だったに違いない。


(でも働いている大人たちに、これ以上協力を仰ぐのは難しいでしょうし……教会も、人手不足だものね)


 決して予算が潤沢にあるわけではない。

 それでも飢えもなければ人々は協力的で、金銭という面では厳しくても笑顔が溢れる教会だ。


 王都には、貴族たちからの献金で立派な聖堂が建つこともある。

 でもこの石壁の小さな教会だって、人々にとっては立派な教会で。


(難しいわ……)


 もっと私がまつりごとに明るくて、社交的な性格であったなら。

 支援者を募ることも、アレン様のお役に立つこともできただろうにと思った。


 でもだからといって、できることとできないことで今更嘆いても仕方がないと理解はできているので、私は精一杯、ここの子供たちとの触れ合いで『学ぶこと』に嫌な気持ちを持たないでもらえるようにするだけだ。


(こんなに充実した日々を送っていて、いいのかしら……)


 アレン様はそのまま視察で崖崩れがあったというところまで行くというので、私は危険だからと家に一人で帰された。

 私ばかり幸せで、その幸せから暴走して空回りしていないか心配で、でも何かしていないと落ち着かないだなんて、まるで子供のようだ。


 そんなことを考えながら帰宅すると執事さんが私たちを出迎えてくれた。


「お帰りなさいませ、奥方様。モゴネル様がお待ちでございます」


「まあ! アンナ、すぐに着替えを……あら? でも先生の到着は明日ではなかったの?」


「はい、モゴネル様に同行者がおられまして……その方を奥方様に会わせたいとのことで急がれたご様子です」


「……?」


 誰かしら。

 そう首を傾げながら、私はアンナの手を借りて手早く来客向けの室内着に着替えて先生が待つというサロンに足を踏み入れた。


「おお、姫様久しいのお!」


「まあ! 先生……!!」


 そこには、思いも寄らぬ人がいて私は目を丸くしてしまったのだった。

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