第49話

 神父さまと相談した上で、アレンさまにもお話をさせてもらった。

 先生がこちらに到着して生活に馴染むまでの間、館にある子供向けの本をいくつか持って教会を定期的に訪ねること。

 学びに来ている幼い子供たちに、私が持つ本で読み聞かせをしてあげたいと願い出たのだ。


 神父様や協力してくれる大人たちも勿論これまでそういった活動はしていたようだけれど、やはり人手が足りているとは言い切れないのでとても助かると言われた。


「良い試みだよな! 俺も一緒に行くよ」


「まあ、でもアレン様にはお仕事が……」


「……イザヤがいるし、ちゃんとやる」


「でも……」


「ヘレナを一人で行かせられない!」


 アールシュ様たちは今回の視察でこのモレル領についてわかったし、アレンデール様の人柄もあるし、食事の面でも特に違和感はなく生活できそうだからということでまずは地質学の学者をこちらに招いてはどうかと教えていただいた。


『勿論、こちらの土地にいる学者のことも頼りにしている。だがよその国の土地に関しては知識があっても実際に目にした者同士で連携をとってもらって、この土地で育てやすい薬草などを選別……それと、交配を重ねて質の良い薬草を育てることも視野に入れてもいいかなと俺は考えているんだ』


『植物の交配となりますと、地質学だけではなく植物学の専門家も必要になりますね』


『そうだな。バッドゥーラの植物学の専門家が俺の知り合いにはいないので、そちらに関しては国元に戻って他の兄弟たちに相談してみてからにしようと思うんだ。兄の人脈があればそこまで待たせないと思うんだけど……それでも先にまず地質学の専門家を送るから、そいつと共に土地の研究をさせておいてもらいたいんだ』


『かしこまりました』


 アレン様が領主として目指すところは、この辺境と呼ばれる地で暮らす人々の生活を向上させること。

 勿論、辺境というのが田舎というわけではなく、開拓すれば開拓するほど領地としても資源が潤沢に得られるし、そうなれば領の運営も楽になる将来性のある土地だ。


 ただ同時に、隣国と接する場所でもあるために移民や人の流れ、そしていさかいが耐えないのも事実で、その分格差が生まれやすい土地でもある。

 仕事を求めてきた人々に開拓を託すだけでなく、薬草畑も任せられるかもしれない。


 始めのうちはどれだけの収穫が見込めるのか、その効能はどうかを調べるために時間を費やすだろうから領主の研究用の畑として雇用になるだろうし、それが拡大していけるようであれば別途雇用を拡大もしていけるだろう。


(いずれにしても予算を組んで、学校の件も併せて考えると……なかなか先が長い話ね)


 学者を招いて適した土地、あるいは土地に適した薬草を育て、その効能を調べ、安定供給できるよう生産性を高め、その後は加工・流通などで商人たちともやりとりが必須で……。


 確か経済的にも公共事業があると雇用も増えるので良いことではあると学んだけれど。


(そうすると相乗効果でその地域も発展するんだったかしら?)


 ただそれが成功すればの話なのだろうけれど。

 いずれにせよ、今のところ医師に診てもらうことは領民にとって経済的負担で、それを軽減するために薬を安価に提供できたら……ということなのだから。


「そういえば、以前このお話は医師や薬師たちから声があがっていたとお話しくださいましたがその医師たちにもご挨拶をしたいわ」


「ああ、そうか。ヘレナにはまだ会わせていなかったね。……小競り合いが多い土地なので医師はそれなりに数がいるんだけど、そうだなあ、代表格数人に来てもらおうかな。アールシュたちのことも紹介したいし」


 忙しいのに呼びつけるのはと少し気が引けたけれど、アールシュ様たちは賓客だ。

 あまり連れ回すことは本人たちが許してくれても、周辺領地の貴族たちはよく思わないかもしれない。


(そういう意味でも、本当は社交ができたら良いのだろうけれど)


 異国の王女、本来ならば価値ある存在だというのに私は『悪辣姫』として名を馳せているからそれも難しい。

 知識だけでは足りない、経験というものを考えて近いうちにアレン様の叔母様が来てくださるということだから……。


(茶会、からなら……)


 周辺の領主夫人とまではさすがに行かなくとも、友好的な貴族夫人が増えれば、少しずつ良くなるのでは?


(ああ、そうだわ……植物学の専門家が来たら、相談してみようかしら)


 薬草を育てる合間に、少しだけ。

 私も自分が触れていいと言われている離れの花壇で、花を育ててみようと思った。

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