幕間 後悔という言葉は、いつだって正しい
パトレイア国王はため息を吐く。
この数日で自分がどれほどため息を吐いているのかと思ったが、数えるだけ無駄である。
何よりこれは自業自得なのだと王としてよりは、親として思うのだ。
彼は平々凡々ながらに、王家に産まれ王となるべくして教育を受け、そしてそれを誇りとして生きてきた。
国民のために尽くし規範たれという言葉を胸に、民の前に立ったものである。
(だがそれがどうしたことだ)
結局自身の過去を振り返ってみれば、それは砂上の楼閣のような幸せだったのだ。
何が民の規範であったのか、今となっては何を誇っていたのかすら彼にはわからない。
妻を娶り、子を成し、国はそれなりに平和で民が笑って暮らせているということが王にとって誇りだった。
自分は優れた王ではなくとも、良い王であると。
(何度悔いても悔やみきれぬ)
ため息を漏らしたところで、末娘との関係が修復されるものではないと彼もまた理解はしているのだ。
それでも、あれこれと忙しくして誤魔化しきれるものでもなく。
僅かでも考える余裕が生まれると、そこには後悔の念ばかりが生じるのだ。
(……ヘレナ)
その名をつけたのは、自分だったか妻だったか。
今となってはそれすら思い出せないのだからそれもまた悔やむところだ。
王が反省するのと同時に、王妃は嘆き暮らしている。
そんなつもりではなかった、愛していたと繰り返しむせび泣く妻の姿に苛立ちを覚えたが、パトレイア王はそれを責めることができる立場にないことも自覚していた。
嘆くばかりで反省をしているのかどうかもわからないが、パトレイア王は妻もまた、自分の犠牲者なのだろうと悔いるばかりだ。
(余は悔いてばかりだな)
思えば、長女が生まれた時は良かったのだろう。
次女が生まれた時も。
よくよく考えれば、三女が嫁ぐ際はやけに急いで婚儀の話を進めていた。
サマンサは何かを知っていたのだろうか、いいや知っていたからこそ夫を通じてマリウスに連絡を取ったに違いない。
王として信頼されず、父として頼られることもなかった。
それが現在の事態を招いているのだ。
(……どうして、気づけなかったのだろうな)
マリウスも、
大きすぎる重圧に、母親からの過干渉に、ヘレナとはまた違う形で自我を押し殺し従っていたのであろう息子を思うとため息しか出ない。
「父上」
「……マリウスか。ユルヨの足取りは掴めたか?」
「いいえ。ただ、当時ユルヨと同時期にヘレナの教育に携わっていた教師でいくつか不穏な話が出て参りました」
「なんだと!?」
王として、その子供たちは将来この国を背負う者、あるいは支えゆく者として十分な教育を与えるのが親としての愛情だと彼は信じていた。
だがその教師たちが、子供に横暴な振る舞いをしていたと把握していなかった。
まさか、ヘレナには
弱い毒で苦しむ様を、言葉で嬲られる様を、子供たちを導くはずの者たちが鬱憤晴らしの対象としていただなどとどうして思えただろうか。
それでも、普段から末娘と関係を築いていればもっと早い段階で気づけたであろうし、またヘレナが教師を変えてほしいと願い出た時にも異変に気づくことはできたはずなのだ。
そういう意味で、確かに周囲が言うように王も、王妃も親としての責任を果たしていなかった。
子に対して興味を持たず、無関心であったと言われても弁解のしようも無い。
むしろヘレナにとって、加害者でしかないのだと王は認めざるを得ないのだ。
(ああ、なんということだ)
愛されていないと子に思わせるほど、無関心であったのだという事実は王の心を蝕んでいく。
後悔の念に蝕まれ、実年齢よりも老けていくその姿を見て息子がまたため息を吐く。
そしてその姿にまた己の不甲斐なさを突きつけられて、王はため息を吐くのだった。
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