幕間 残りものには……
(まったく、厄介だな)
マリウスは王の間を後にしてため息を吐く。
おそらくはもっと早くから着手していれば免れた苦労であることがわかっているだけに、どうしようもない無力感に苛まれるのだ。
調べれば調べるほど、妹が置かれていた環境の劣悪さに反吐が出る。
それに表面上だけでも気づいたあの時に僅かでも行動を起こしていたら、きっと結果は違っていたのだ。
(王族なら、毒に耐性があっていいなんて
かつて妹に地質学を教えていた男は、自分の教育にも携わっていたことをマリウスはよく覚えている。
人当たりが良く、いつも笑顔で、鉱石についていくらでも語れると目を輝かせていた壮年の男だった。
あくまでそれはマリウスにとって、だった話だ。
当時の彼は他の教師たちから妹のヘレナの話題で自分と比較して彼女を下げるような物言いをする教師のことは嫌いだった。
だが、何も言わないことがそのままヘレナを悪く思っていないということには繋がっていないのだと、その当時のマリウスにはわからなかったのだ。
地質学を教えていた男は、シンナ・バァルといった。
当時のパトレイア王国内では新進気鋭の地質学者として名を馳せ、新しい鉱石を見つけたことや新たな地層を見つけるなど、華々しい活躍をしていたことをマリウスも覚えている。
王家の子供たちを教える立場としてはまだ若いという声もあがっていたが、同時に研究者として広告塔のような存在でも合ったのだろう。
彼が次代の王を育てたのだという実績と、若く功績もある研究者ということで以降便宜を図ってもらうためでもあったのだとマリウスは考えている。
その考え自体を否定することはない。
優秀な学者がいて、それが信頼に値するとわかっているならば予算をそちらに割こうと思うのは人としてよくある話だと思うからだ。
だがにこやかに接してきていたその男が、その裏で自分の双子の妹を虐げ、鬱憤を晴らすように毒を与えて苦しむ姿を見て嗤っていただなんて事実を見せつけられてはたまったものではない。
調査の途中でそこに行き着き、捕らえて話をさせたところでシンナ・バァルは『あれは放置されていた姫に毒耐性をつけさせるための特訓だった』『善意だった』などと供述したのだ。
(そんな馬鹿な話があるか!)
マリウスも王太子になる前に、確かに毒に対して対応ができるよう学ぶことはあった。
だがそれも毒の匂い、味、そういったものを知っておくことで毒味役をすり抜けた者に対しても対処ができるようにというものであったし、弱い毒に慣すにしたってきちんと医師が傍にいて行われるべきものであったことを彼は知っているのだ。
だからシンナ・バァルのその言葉が、詭弁を弄しているとしか思えず嫌悪感が募るばかりだ。
挙げ句の果てには『王太子は自分の可愛い教え子だ、彼に面会を求める』などと厚顔無恥にも言い放っているらしい。
「……はあ」
マリウスは沈鬱な気持ちを抑えきれずにため息を零す。
もっと前から、声を上げていたら。
国王とはまた別の意味で彼も後悔に苛まれるのだ。
マリウスにとっては、もう逃げ場はない。
一の姫も二の姫も、嫁いで臣下となった。
三の姫に至っては、他国に嫁いでいる。
被害者である四の姫も他国に嫁ぎ、今は幸せだというからそこだけは救われる気持ちだけれども。
(僕には、逃げ場がない)
最初からマリウスは、パトレイア王国しか残されていない。
恐ろしいからと逃げることも、何も知らなかった振りをし続けることも許されない。
残りものには福があるとどこか遠い国では言うらしいが、では自分はどうだろうかと考えてマリウスは歪んだ笑みを浮かべるしかできなかった。
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